第4話 生贄の少女
「ほら、よく拭けよ」
ジェンセンは皆に一枚ずつタオルを投げつける。
怒りを一通り発散して落ち着いたのか、先程までと比べるとかなり冷静な面持ちだった。
「お前さんたちは客なんだから座ってくれ」
ジェンセンは4つしかない椅子をクリスたちに差し出す。
「いや、私は立っておこう」
「あっ、僕も」
レオンハルトとクリスは、椅子には座らずジャックと並んで壁にもたれかかった。
「おじちゃん! きたよー!」
甲高い声を出しながら、少女がドアを勢いよく開けて部屋へ入ってきた。
「おーよくきたなジェシカ。ここに来るまで濡れたろ。風邪ひかないようによく身体を拭くんだぞ」
ジェンセンは腰を落とすと猫撫で声を出しながらジェシカの頭を撫でた。
「おじちゃんふいてよ!」
ジェシカは撫でられている頭を突き出す。
栗毛色の髪は雨で束になっており、頬に張り付いた髪の毛から顎をつたって雫がぽたぽたと流れ落ちる。
大きな瞳は上目遣いでジェンセンを見上げており、期待の眼差しを注いでいる。
「ようし、行くぞーおら!」
ジェシカの髪の毛をタオルで包むと、勢いよく前後に擦り水分を拭い去る。
「きゃー!」
嬉しそうに、はしゃぎながらジェシカもタオルの裾で顔をゴシゴシと擦って雫を拭く。
「ほら、これでいいぞ」
髪の毛の水分はしっかりと吸収された。
代わりに肩ほどまである髪の毛はボサボサになっていた。
「おじちゃんありがとー」
ジェシカは右手をパーの形で掲げると、ジェンセンとハイタッチを交わす。
そして広角を大きく上げて、にっこりと笑顔を見せる。
歯は乳歯から永久歯へ生え変わる途中なのか、何本か抜けていた。
「お頭、遅くなりました」
ジェシカを連れてくるはずだった兄のジョンがようやく家へ入る。
「遅かったじゃねえか。ジェシカはとっくについてたぞ」
「そりゃお頭に会いたいって、走って行くんですもん。置いていかれましたよ」
「にいちゃん遅いもん!」
ビシッとジョンを指差すと、今度はあたりをキョロキョロと見回し始める。
「なんか今日人いっぱいだね」
ジェシカは物珍しそうにトワたちを見つめる。
「ジェシカちゃん、こんにちは」
エマが椅子から降りてジェシカと視線の高さを合わせながら挨拶をする。
「こんにちわー。あたしはジェシカです。おねえちゃんたちはだれ?」
「僕はエマって言うんだ。隣がトワで、あっちに立ってるのがクリスとレオンハルト。ジェシカちゃんのお兄ちゃんやおじちゃんのお友達だよ」
「エマおねえちゃん! よろしくおねがいします」
ジェシカは礼儀正しくペコリとお辞儀をする。
「かわいー。ジェシカちゃん、お姉ちゃんが髪の毛といてあげるから膝の上に座りなよ」
再び椅子に座ると、膝をポンと叩いて招く。
「やった! とうっ」
掛け声に合わせてジェシカは勢いよくエマの膝に飛び乗る。
あまりの勢いと想像以上の重量からエマは一瞬顔をしかめたが、すぐに笑顔に戻る。
エマはカバンから櫛を取り出すと、丁寧にジェシカの髪の毛をすき始める。
「ふんふんふーん」
ジェシカは頭を左右に揺らしてリズムを取りながら鼻歌を歌う。
エマは少しやりずらそうにしながらも、一緒になって鼻歌を歌う。
ジェンセンたちは楽しそうなジェシカの様子を暖かく見守りながら、この子を救う手立てを必死に考えていた。
次第にボサボサの髪は綺麗に整えられていき、気がついた時にはジェシカは眠ってしまっていた。
***
「よっと」
ジョンはジェシカをベッドの上に移動させるとそのまま横に座った。
「グスタフのやつ、直接ジェシカに生贄になれって言いやがったんですよ」
ジェシカの頭を撫でながらジョンは声を震わせながら呟く。
すうすうと寝息を立てるジェシカの表情は穏やかだった。
「ひどい! それでジェシカちゃんは何か言ってたの?」
「お兄ちゃんやお頭、村の人のためになるなら頑張るってさ。まだ小さいとはいえ死の意味くらいもう知ってる。それなのに……気丈に振る舞って……」
「こんなのやっぱり間違ってるよ」
クリスがぽつりと声を出した。
「ああ、なんとか助けてないとな」
「この件については私も見過ごせないな」
トワ、レオンハルトも賛同する。
「お前ら……ありがてぇ」
ジェンセンは涙を堪えながら感謝を口にした。
「じゃあここからはみんなで協力してジェシカちゃん救出だね! 気合入れていこー!」
エマは小さな声で右手を大きく掲げた。
それに釣られてバラバラと統一感なく、6本の手も掲げられた。
「それじゃあまずは自己紹介と行こうぜ。みんなにはまだ俺の仲間を紹介してなかったからな。こいつはジョンだ」
ジェンセンはベッドに腰をかけてジェシカを愛おしそうに見つめる男を指さした。
みんなの視線が自分に集まったことに気がつくと、ジョンはペコリと頭を下げた。
ジョンはジェンセンやジャックと比較してかなり若く、クリスたちと同世代に見えた。
ジェシカ同様の大きな瞳を持ち、鼻筋がすっと通っており、兄妹揃って美形である。
反面、身長が低く線も細いためシルエットからは少し頼りなさそうな印象を受ける。
いずれにせよ、盗賊団の一員としては不釣り合いな存在だった。
「先日はすみませんでした。恨まれても良いくらいなのに……ジェシカの力になってくれるなんて本当に感謝しきれないです」
「ジョンは一番若いが一番しっかりしてるんだ。両親が去年事故で亡くなって以来、ジェシカちゃんのために必死で働いている勤勉で根性のあるやつなんだよ」
ジェンセンの褒め言葉にジョンは照れて顔を赤くする。
「で、こっちがジャックだ。ジャックは俺との付き合いが一番長くてな、何も言わなくても色々気がついてくれる気配り上手なんだよ」
家についてからずっと壁にもたれかかっていたジャックは一歩前に出るとよろしく! と右手をあげた。
身長は180cmを超える高さで、かなり鍛えているのか筋骨隆々だ。
エマの投石で負った傷を抑えるように、頭には包帯が巻かれている。
「その……頭の傷ごめんなさい。痛いですよね」
痛々しく手当てされている姿を見て、エマが頭を下げる。
「いやいや、こっちが襲ったんだ。謝るのはこっちの方だぜ。まあ多少痛むけどバチが当たったと思えば気にするほどじゃないね。それにやっぱり俺たちに盗賊なんて向いてなかったんだ。おかげで目が覚めたよ。ありがとな」
エマはホッと胸を撫で下ろした。
「本当はあと1人、ジェームズっていう我らのムードメーカーがいるんだが、どうも様子が見当たらねえんだよな。一足先にジャックたちと戻ったんだろ?」
「はい。3人で村に戻って、各自家に帰ったんですがその後いなくなっちまって。どこに行ったんだか」
「けっこう気分屋なところもあるからな……まあ仕方ねえ。そのうち戻ってくるだろう。じゃあ今度はクリスたちも自己紹介してもらえるか」
ジェンセンに促されてクリスは自己紹介を始めた。
順にトワ、エマ、レオンハルトも名乗った後、本題に入る。
「僕たちは不死鳥の伝承を聞いてソネラにやってきたんです。でも不死鳥がソネラに降り立つのは来年だと聞いていたので、どうにも時期が違うなと」
確認するようにトワを見るとうんうんと頷いていた。
「そりゃこの村の風習だな」
「どう言うことですか?」
「さっきの村長みたいに、この村には余所者嫌いがわんさかいてな。そういう奴らは、不死鳥の降り立つ時期に観光気分の余所者が来ないようにって、あえて時期を遅らせて伝えているんだよ。つまり、どこの誰から聞いたか知らんが本来の時期から1年後の情報を摑まされてたわけだ。着いたときには不死鳥様は何処かへ。伝説なので時期が正確じゃなかったのは許してね。って寸法よ。小賢しいけど面白半分の人間で村が溢れかえるのを防いでると考えればまあ許せなくはねえかな」
「……なるほど」
話を聞いたトワの顔は曇っていた。
200年程前、親切に村を案内してくれて伝承についても教えてくれた老人が実際のところ、そのような嘘をついていたのかと思うと切ない気持ちになった。
裏を返すと、その時代に生きている人間は誰も200年後の不死鳥を見ることはできないにも関わらず、聞いた話が語り継がれることを恐れて嘘をついたということになる。
老人の徹底ぶりから、この村の不死鳥に対する執念が感じられた。
「では、本当の不死鳥伝説について教えてもらえないだろうか。ジェシカを救う直接のアイデアにはつながらないかもしれないが、生贄の存在が伝説にもあるのか、などは確認しておきたい」
「それについては俺から話します」
ジョンがベッドから立ち上がり、部屋の中央まで移動してきた。
「かなり長い話なのでかいつまんで話しますね。不死鳥の伝承、それは500年毎に不死鳥はこの村に降り立ち、7日間祭壇で羽を休めると再びどこかへ飛んでいくというものです。そして、不死鳥は7日間祭壇を利用したお礼にと、この村に豊穣をもたらすと伝えられています」
「つまりただ不死鳥が降り立つという話ではなく、一種の神的存在としてソネラでは信仰されているんだな」
「そうなります。この伝承は記録に残っている限りでは3500年前が最古となってまして、その当時から不死鳥に対して世話係という存在がいたようです。祭壇で過ごす7日間に何事もないように守護する存在です。その一族の生き残りが僕とジェシカで、ジェシカが生贄に選ばれたのには世話係の末裔という部分も影響しているんだと思います」
「世話係って7日間見守るだけなの?」
「その7日間は世話係の一族が交代で一時も目を離さずに見守るという風に伝えられてますね。それ以外の多くの期間は村の各所に不死鳥に対する感謝と祈りを込めた石碑があるので、それらの管理をしてます。かつてはそれで村からお金も出ていたみたいですが、ここ500年くらいはボランティアみたいなものですね」
「さんざん不死鳥をありがたがってるくせに、そういうところは血筋や役割が大切とか言って手伝いやしねえ。グスタフたちにはほとほと呆れるぜ」
「伝承の中では生贄という言葉や存在は示されていないのか?」
「それはないですね。不死鳥はどこからともなく降り立ち、7日間特に食べたり飲んだりもなく休んでまた飛び立つと言われてます」
「都合がわるくなると今回みたいに勝手な妄想で生贄だなんだと言い出しやがって、そんなに不死鳥が大事かよ」
ジェンセンはジェシカに気を遣って、小声で怒鳴った。
ジェンセンが村の風習を嫌っていることは4人もそれとなく察していたが、ここまでの話を聞く限り、それが正常な反応のように思えた。




