第3話 囚われた村
村は緩やかな傾斜地で、中心部が窪んでいるお椀型の地形だった。
そして、最も低い位置にある家は既に半分が浸水していた。
「こんなに酷いなんて……」
クリスが思わず呟く。
「このまま雨が止まなきゃいつか村は雨に沈んじまう」
ジェンセンは半ば諦めた表情で変わり果てた故郷の姿を見つめる。
「だったら、ベルイストとかに避難しなきゃ」
「俺もそうするべきだと思う。ただ、この村を捨てられない人間はお前が思っている以上に多いんだよ」
「何か理由があるんですか?」
クリスにはこの異常な光景を前に避難しない人たちが存在することが信じられなかった。
「お前らもこの時期にソネラに来たってことは知ってるんだろ? 不死鳥の伝承を。この村に固執する奴らはみんなその伝承に囚われてるんだよ」
ジェンセンは伏し目がちになり、歯を食いしばる。
「不死鳥が来るのは来年じゃないのか? 少し避難するくらいなら問題ないだろう?」
トワはクリスの後ろからひょっこりと顔を出して尋ねる。
「どこで情報得たのか知らねえが、不死鳥が舞い降りると言われているのは今年だ。もっと言えば、もうとっくに不死鳥はここに現れても良いはずの時期なんだよ。それなのに、律儀に居もしない存在を待ち続けて村と共に沈もうとしてやがる。見てらんねえよ」
怒りをぶつけるように拳を近くの木にぶつける。
木は大きく揺れ、葉からは雫がぼたぼたと頭に降りかかる。
しかしこの豪雨の前では葉に溜まった水滴など誤差でしかなかった。
トワは黙り込んで顔をしかめている。
(伝承はこのソネラという村に住む老人から聞いたものだった。ここまで伝承に固執するのであれば、その老人もまた不死鳥が現れる年を間違えるはずはないだろう。記憶に誤りはないと確信を持って言える。ならば伝承の方が200年の中で誤って伝わってしまったのか?)
いずれにせよ、このまま訪れない不死鳥を待っていつ止むとも知れない雨の中、村と運命を共にするなど馬鹿げているように思えた。
目的の不死鳥は現れないと聞いて4人は行く先を見失っていた。
「雨の中立っていてもどうしようもないな。まずは4人で今後の方針を話さないか」
トワはクリスを見て提案した。
クリスもどうやら同じ考えのようで、ジェンセンに話しかける。
「こんな状況で申し訳ないんですけど、どこか雨を凌げる場所ってありませんか?」
「……ん、ああ、うち使っていいぜ。と言っても俺の家なんか怪しくて使えねえよな」
天候に呼応するように、ジェンセンの覇気は失われており、冗談めかした言葉もただの自嘲にしか聞こえなかった。
「ここまで無事に辿り着けた時点でジェンセンのことは信じている。すまないが家まで案内してくれないか」
トワはジェンセンの腰をポンっと叩いて笑顔を向けた。
***
抜けてきた林から程近い高台にジェンセンの家はあった。
「狭いところですまねえが、座ってくれ」
一同は招かれるがまま家に入る。
ジェンセンの家は本当に狭かった。
家そのものはそれなりの大きさだが、物で溢れており足の踏み場が少なかった。
部屋の中央には丸いテーブルがあり、その周囲にはピッタリ4つの椅子がある。
足元に散らばった木材や石ころ、工具を避けながら4人は椅子に腰掛ける。
テーブルの上も当然、山のように物が積み上げられていた。
「俺はジャックたちのところに顔出してくるから適当にくつろいでてくれ。1時間くらいで戻る」
ジェンセンが扉に手をかけたその瞬間、外からジャックが雪崩れ込んできた。
「お頭! 帰ってたんですね。よかった。早くジョンの家に来てください」
ジャックは全身ずぶ濡れでひどく慌てていた。
「おい、一体何があったんだ!」
「ジョンの家で説明するんで、とにかく早く! 行きましょう!」
ジャックは濡れた手でジェンセンを引っ張ると、騒々しく家を後にした。
残された4人は呆気に取られたが、空いていた扉を閉めるためにクリスが立ち上がる。
村は無風で、雨が垂直に降っているため、部屋の中へ振り込むことはなかった。
椅子に座ると同時にクリスが沈黙を破った。
「不死鳥、もうきてもいい時期だってジェンセンさんは言ってたね」
「そうだな。不死鳥の伝承が1年ズレていたのは気になるが……所詮はただの言い伝えだったのだろう。そうとなればこの村に滞在する理由もないな」
トワにとってはこの程度の空振りは幾度となく経験したもので、精神的ダメージはあまりなかった。
一方でクリスとエマは残念そうに口を閉ざしている。
レオンハルトは目を閉じ、腕を組み、自分はあくまで用心棒であり旅の方針には関与しないという雰囲気を醸し出している。
「なんとか村の人を避難させられないかな? このままじゃ不味いよ。ただでさえ街道は土砂崩れって話だし、今回の道もこのままだと木が崩れて通れなくなるかも。それまでに何とかしなきゃ」
再び口火を切ったのはクリスだった。
「私も同感だ。……ただ、私たちでできることはあるのだろうか?」
「確かに、ジェンセンの話だと村の人たち相当頑固そうだし、僕たちが何言ってもダメそうだよね」
どんよりとした天候につられてか、3人の会話もどこか重苦しい。
見かねて沈黙を貫いていたレオンハルトが声を上げる。
「兎にも角にも村人からもっと話を聞く必要があるのではないか?」
「そうかも……僕たち勝手に話を進めちゃってたけど、まずは事情とか状況聞かないといけないかもね」
「そうだな。それに合わせて不死鳥の伝承が1年ズレていた理由も聞き出せたら最高だね!」
そうと決まれば早速行動とばかりにエマは玄関の扉へ手をかけた。
すると先刻と同様に外から扉が開かれ、今度はジェンセンが雪崩れ込んできた。
「ジョン! ジャック! ほら、これ持てや」
ジェンセンは床に散らばっていた棍棒を2人に投げつける。
「一体どうしたの?」
ジェンセンを咄嗟に避けて、玄関の隅に体を張り付けていたエマが尋ねる。
「どうもこうもねえ! 村長の家に殴り込みだ! ったく、こんな時にジェームズはどこ行ったんだよ」
そう言い残すと台風のようにジェンセンは去っていった。
「殴り込みとは穏やかではないな」
レオンハルトは騎士としての性分か、争い事の気配を見過ごすことができなかった。
「武器も持ってたし、止めに行こう」
「そうだな。村長の家もわかるし一石二鳥になるかもしれない」
4人は急いで雨ガッパを着込むとジェンセンを追いかけた。
***
「オラ! 出てこいグスタフのジジイ! ジョンの妹を生贄に捧げるたあ、どう言うことだ!」
ジェンセンは村長の家のドアを拳で力任せに叩きつける。
グスタフと呼ばれる村長の家はジェンセンの家からちょうど向かいの高台に位置しており、2人の家は村の端と端にある格好だった。
高台にあるため、やはり浸水の被害からは免れていた。
代わりに、足場は一部が崩れており、いつ崩落してもおかしくない状態だった。
「貴様、ジェンセンか。懲りずに出て行ったかと思えばまた戻って来おって。村の恥さらしめ」
しわがれた声と共にドアが開かれた。
中からは白髪の杖をついた老人が出てきた。
「恥はお前だろクソジジイが。ジェシカちゃんが生贄ってどう言うことだよ」
村長の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らす。
「不死鳥様に捧げてこの雨を止めてもらうのだ。既にジェシカの承諾は得ておる」
「不死鳥なんて与太話まだ信じてるのかよ! それにジェシカちゃんが断れねえのわかっててそう言うこと言ってんだろ。このクズが」
掴んだ手を離すと村長を突き飛ばす。
村長は大きくよろけるが、2本の足と杖でしっかり踏ん張るとジェンセンを見上げる。
「貴様こそ現実を見ろ。既に3割の家が浸水している。作物はこの水害で全滅。貴様もそのせいで山賊なんぞを性懲りも無くまた始めおったのだろう。うちやお前の家だって、高台で浸水こそしていないもののいつ足場が崩れてもおかしくない。もはや他に手はないのだ」
村長とジェンセンは睨み合う。
「だったら、ベルイストへ一時避難するのはどうでしょう?」
物陰で様子を窺っていたクリスは思わず2人の前に姿を現し、提案する。
「貴様は何者だ! 他所者が勝手に村に入りおって。そうやって不死鳥様に釣られて神聖な我らの土地を侵す者がおるから、このような祟りが起こったのだ。その上、この土地から出ていけだと! 話にならん! 出ていけ! 今すぐ村から出ていけ!」
グスタフは唾を撒き散らしながら叫び、クリスを威嚇するように杖を振り回すと、家に戻ってしまった。
「おい! 出てこい!」
閉じられたドアを再び叩きつけるも、もはや返事はなかった。
「お前さんもなんでこんなところにいるんだよ。グスタフのジジイは他所者嫌いで有名なのに」
「すみません……」
クリスは自身の軽率な行動を悔いて顔を伏せた。
前髪からは雨粒が滝のように流れ落ちる。
「まあ、クリスの言ってることは正しい。だから気にするこたあねえよ。信憑性もない伝説のために生贄を捧げるなんてどうかしてやがる。ジョン、ジャック、一度うちへ戻るぞ。作戦会議だ。ジェシカちゃんも連れてきな」
ジェンセンは仲間に声をかけると連れ立って家に帰ろうとする。
「何してんだ、クリス。早く戻らねえと風邪ひいちまうぞ」
相変わらず落ち込んでいるクリスにジェンセンはぶっきらぼうながらも優しく言葉をかけた。




