第11話 騎士の実力
「……一体どういうつもりだ」
レオンハルトの突然の宣言に、トワは退きながら周囲を確認する。
少しずつ薄れていたレオンハルトへの不信感は再び膨れ上がり、向ける視線も自然と鋭くなる。
「言葉の通りだ。武器はこれを使ってくれても良いし、自分のものがあるならそちらでも構わん」
「何が言葉の通りだ。意図を聞いているんだ!」
「この戦いで君たちが私に攻撃をかすらせることができれば、意図も教えよう」
纏っていたマントを外すと木刀を一振りして見せる。
かすらせるつもりは無いという自信をレオンハルトは放っていた。
「戦わないと言ったら?」
「捕らえるだけだ」
レオンハルトは冷たく睨みつける。
「勘違いしているようだから忠告しておく。先程から隠れた仲間の不意打ちを恐れているようだが、君たちを捕らえるくらい私1人で十分だ」
それは脅しでも威圧でもなく、本心からの言葉だった。
「話し合いじゃなかったんですか?」
クリスは、すがるようにレオンハルトを見つめた。
「来ないならこちらから行くぞ」
たんっと左足で地面を蹴り上げるとレオンハルトとクリスの距離は瞬く間に縮まった。
移動の勢いをそのまま体の回転に移し、レオンハルトは時計回りに剣を振るう。
慌てて足元の木刀を手に取ろうとしたクリスだったが、思った時には既に目の前まで木刀が迫っていた。
カンッと木と木がぶつかり合う心地よい音が響く。
エマが2人の間に割って入り、自らの木刀でレオンハルトの攻撃を凌いでいた。
「僕もいるのに、無視してくれちゃって。折角騎士団の人と手合わせできるんだから混ぜてよね」
エマの声はうわずっていた。
両手はプルプルと震えながらレオンハルトの木刀を押し返している。
呆気に取られていたクリスは今度こそ足元の木刀を拾い、エマの左から回り込んでレオンハルトの脇腹へ突きを入れる。
それとほぼ同時のタイミングで、トワが逆方向から音もなく飛びかかる。
トワの手には木刀ではなく、いつもベルトに下げている短剣が握られていた。
レオンハルトは力をほんの少し強める。
エマはよろけ、その隙に一足飛びで後方へ移動した。
クリスとトワの攻撃は不発に終わり、すぐさまレオンハルトへと向き直る。
「エマ、ありがとう」
「クリスがぼーっとしてたからね」
幼い頃から変わらぬ減らず口だが、今回ばかりは余裕が無い。
「あの人、騎士団の人間だけあってめちゃくちゃ強いよ」
「ああ、わかってる」
トワは2人に合図を送る。
それはもしもの時に一斉に逃げるというサインだった。
サインを受け取ると同時に3人はそれぞれ別の方向に逃げ出した。
「やる気になってくれたかと思ったが、そうきたか」
レオンハルトは3人の様子を一目確認すると、最初の標的をトワに決めた。
一息でトワの左後方に迫る。
するとトワは反時計回りに回転し、裏拳の要領で短剣をレオンハルトの顔面目掛けて振り抜く。
眼前に迫った短剣に対して、レオンハルトは軽くステップを踏み、トワと同様に反時計回りに回転しながらトワの背後にピッタリと回り込んだ。
そして回転の勢いで安定感を失っていたトワの足を爪先で軽く引っ掛けると、トワはぽすんと草むらに倒れた。
「こちらの勢いも併せた良い攻撃だが振りが大きい。それに攻撃の直前にこちらを確認したのでは検討がついてしまうぞ」
トワは何が起こったのかわからないという顔で空を見つめていた。
「トワ!」
クリスとエマは振り返るとトワの方に駆け寄る。
レオンハルトは次にエマの元へ飛び込んだ。
エマは再びレオンハルトと剣を交える。
「よく鍛錬しているようだな。反応も良い」
「それはどうも」
悠々と寸評するレオンハルトに対してエマには余裕がない。
カンカンカンと木刀同士が激しくぶつかり合う。
「しかし基礎が滅茶苦茶で無駄に筋力と体力を使っているようだ。我流は仕方ない部分もあるが、しっかりと基本を抑えることだな」
シュッとレオンハルトの振りが一段と素早く、重くなる。
エマは猛攻に耐えられずとうとう木刀を取り落としてしまった。
「くそぅ……」
最後にクリスの様子を伺うと、クリスはすでにトワの元へ駆け寄っていた。
「トワ、大丈夫?」
クリスはしゃがみ、手を差し伸べる。
「すまない……お互いに見捨てる約束だっただろう」
トワはその手を掴むとバツの悪そうな顔で呟く。
「やっぱり、見捨てるなんてできないよ」
「私の見立て通りだな」
トワとクリスの間合いから半歩退いた位置に立ってレオンハルトは頷いた。
「これで逃げられないことは分かっただろう。さあ、私と手合わせ願おう」
「今のがもう手合わせだろうに」
レオンハルトを見上げながら悪態をつく。
「クリスとはまだだからな」
レオンハルトと目が合う。
他に手立てはなく、クリスは木刀を構えてレオンハルトと向き合った。
もはやこの状況ではフロウ直伝の逃げ切るための戦い方は意味をなさないことは分かりきっていたが、クリスは他の闘い方を知らない。
あくまで構えたまま、レオンハルトが仕掛けてくるのを待つ。
「そちらから来ないなら、行くぞ」
クリスはレオンハルトの動きと木刀の軌道をよく観察した。
しかし避けようと思った時にはやはり木刀は目の前に迫っていた。
(ダメだ。避けられない)
咄嗟に防ごうと構えた木刀はレオンハルトの一振りで吹き飛ばされた。
「一番……いや、やめておこう」
弱い。
トワのように不意をつくことも、エマのように打ち合うこともなく一太刀で木刀を飛ばされてしまった。
その事実はクリスを少し惨めな気持ちにさせた。
「3人とも手合わせ頂き、感謝する」
レオンハルトは木刀を腰に収める。
「その上で問おう。アンダーソンを殺したのは君たちか?」
「違う!」
誰より早く、クリスが否定する。
「私もそう思う」
深く頷きながら、レオンハルトが肯定する。
「え?」
「少々手荒になってしまったが、今手合わせしてはっきりした。君たちではたとえ隙をついたとしても騎士団の団長は殺せない。もっと言えば団員の稽古相手さえままならないだろう」
「何だと!」
ようやくクリスとトワの元に辿り着いたエマが声を上げる。
「流石に稽古相手くらいにはなるでしょ」
「いいや、ならん。残念だがこれが現実だ」
「あっそ。どの道もっと強くなるつもりだから関係ないけどね。そのうち団長だって超えるんだから」
エマは不服そうに悪態をつきながらトワの横に座る。
レオンハルトは大して興味もなさそうに話を戻す。
「ではアンダーソンの死について君達が知っていることを教えてもらえないだろうか」
クリスは数日前にエマに話したのと同じように、アルフの山で起こった事の顛末を伝えた。
***
「にわかに信じがたいな」
アンダーソンの騎士道どころか人道にも反した行いに顔を顰める。
組織の腐敗は少なからず予想していたとはいえ、末端にここまでの悪人が潜んでいた事実に怒りが込み上げた。
レオンハルトは事細かに状況を伝えるクリスの話から、それらが真実であると受け入れていた。
しかし、トワが不老不死となった経緯については未だ半信半疑だった。
そして、右手を顎に当ててしばし思案する。
(300年以上前、しかも極秘の研究となると当然情報は残っていないだろう。アンダーソンの件と違って、ここで聞いた話を鵜呑みにするわけにはいかない。しかし冗談やその場凌ぎのようにも聞こえなかった……陛下はこの事実をご存知なのだろうか?)
『本件はレオンハルトの判断に任せる。期限は設けぬ故、状況をよく見て適切な判断を下すのだ。最終的に少女を儂の元まで無事に届けるように頼んだぞ』
不意に皇帝から命を受けたときの言葉が頭をよぎった。
(まさか陛下はこの状況まで想定していらっしゃったということなのか? だとしたら……)
「君たちの事情はわかった。概ね、信じるに値すると思う。その上で提案なのだが、君たちの旅に私も同行させてもらえないか?」
「断る」
トワは刹那の速さでレオンハルト言葉を否定した。
「言っている意味がわからない。騎士団は私を捕らえようとしているのに、その団員と旅なんかできるか」
「私のことは用心棒代わりにでも使ってくれて構わない。旅の方針には口出しはしない。ただ着いて行くからその姿を見せてほしい。もう少し、君たちの姿を見て見極めさせて欲しい。」
「私はお前を既に見極めたから結構だ」
「そうはいうが、今のまま旅をすれば近い将来盗賊に殺されかねないぞ。私1人いるだけでその可能性はグッと下がる。君としても仲間たちを危険に晒したくはないだろう」
確かに先ほどまでに披露されたレオンハルトの実力であれば、戦力としてこの上ない。
それでもトワは騎士団の人間が信用ならなかった。
「トワ、嫌なら断ろうよ。僕がもっと強くなるからさ、それで盗賊も倒してみせるよ」
嫌がるトワの顔を見てエマが立ちあがり、強気に振る舞う。
「僕も今は全然だけど、みんなで逃げ切れるように特訓するから」
エマに続いてクリスもトワの意思を尊重しようとする。
(2人とも私を見捨てなかった。それに今だって私のことを思ってくれている。この2人の危険が少しでも減るなら……)
「わかった。なら用心棒をしてくれ。その代わり、賃金は出せないからタダ働きになるぞ」
2人がトワのために行動してくれたように、トワも2人のために譲歩することにした。
「それについては問題ない。騎士に二言は無い。しっかりと3人の命は守ってみせよう」
すたすたと座っているトワに近づくとレオンハルトは笑顔を見せながら右手を差し出す。
「交渉成立だな」
「ふん……」
不満そうに顔を逸らしながらトワはその右手を掴んだ。




