第9話 トワのおしゃれ
「この服なんてエマに似合うんじゃないか?」
出発の前日、トワとエマは2人で服屋を訪れていた。
エマは家でしっかりと準備してから旅立ったため服の替えがいくつかあったため主にトワの服を新調する目的だったが、トワたっての希望でエマも服を選んでいた。
「僕スカートってあまり履かないからなんか違和感すごいなぁ」
膝丈ほどのスカートを腰に当てて鏡の前に立ったエマは、気恥ずかしそうに呟く。
「それに、2人が頑張って稼いだお金で僕まで服買ってもらうなんて悪いよ」
「それは言いっこなしだ。アルフで探してもらったお礼だと思って気兼ねなく選んでくれ。……こんなのはどうだ?」
トワはいつになくはしゃぎながらエマを見上げる。
「これは……色が派手すぎない?」
差し出された極彩色のブラウスを一応、体にあててみる。
一体どこの誰がこんなセンスの服作ったのかと素朴な疑問が湧いた。
が、それを選んだ張本人の前で口にするのは憚られ、苦笑いをしながら服を戻す。
「まったく。エマは注文が多いな」
苦言を呈しながらも、トワの顔は明るい。
エマを使った着せ替えをこの上なく楽しんでいるのは一目瞭然だ。
「そんなこと言ったってこういう服は着たことないんだもん。トワはかわいいからフリフリの服も似合うだろうけどさ」
「か、かわいいだと!?」
慌てて持っていたハンガーを取り落としそうになる。
確かに、300年前に成長が止まったトワの体は全体的に幼さを残しており、子どもに向ける『かわいい』がよく似合う容姿だった。
一方で大きくぱっちりとした真紅の瞳やサラサラと流れる銀色の長髪、透き通る白い肌は将来的にこの少女の形容が『かわいい』から『美しい』に変貌することを予感させた。
服装については、全体的に目立った装飾は無く黒を基調とした落ち着きに満ちている反面、袖口等にレースがほどこされておりスカートはふわりと柔らかさをたもっていた。
「それを言ったら私だって、エマのように明るい感じは似合わないだろうな」
照れた顔を見られまいと、そっぽを向くように別の棚へ移動しながら平静を装ってエマを褒める。
「いやー、僕の格好ってなんか子どもっぽいでしょ。恥ずかしいよ」
わしゃわしゃと頭をかきながら、露骨に照れる。
エマは17歳ということもあり同年代の中では小柄ながらも、トワと比べると身長も高く大人びている。
日頃から鍛えていることもあって体には程よく筋肉がついており、少し日焼けした肌と相まって健康的に映る。
服装も白地の半袖シャツにはワッペンがあしらわれており、短パンから伸びる絆創膏が貼られた生足も合わせて活発さや無邪気さが感じられる。
「これなんかはトワに似合うんじゃない?」
反撃するようにエマも服を選んでトワにあてがう。
「いやー、これは私にはどうだろうか……色が派手すぎないか?」
「さっきの僕とおんなじこと言ってるじゃん。トワには黒が似合ってるけど、こういう暖かい色も似合うと思うんだよね」
残念そうに棚に淡いピンクの服を戻す。
「私は常に逃げているから、闇に紛れやすい黒が良いんだよ」
ガサゴソとかけられた服を漁りながら黒い服を着ている理由を話す。
「そんなこと言っちゃって、しっかりスカート履いてるじゃん」
エマが指摘した通り、トワの足は膝丈ほどの高さのスカートに覆われている。
逃げることだけを考えるのであればエマのようにズボンタイプの方が動きやすいにも関わらず、あえてトワはスカートを履いている。
「これは……その……」
トワは答えに窮する。
「実は……おしゃれ自体は嫌いじゃないというか……でもこういう派手な色は私には似合わないから……」
トワは伏し目がちに呟く。
「じゃあさ、トワが僕の服を選んでくれるお礼に、僕がトワの服を選んであげるよ。それでお互いのことを信じてその服を着よう。あっスカートだけは勘弁してね」
閃いたとばかりにパチンと両手を合わせて提案した。
***
「結局、いつも通りの服に落ち着いちゃったね」
2人が手に持つ袋にはそれぞれがこれまで好んできていた様な色合い、形の服が入っていた。
「お互い注文が多すぎたな」
「そうだね。イメチェンはまた今度だ」
顔を見合わせるとどちらからともなく笑顔が溢れた。
「……今日はありがとう。今までこうやって誰かと服を選ぶなんて叶わない夢だと思っていたよ。エマのおかげで夢が叶った」
背後から照らす夕日がトワの顔を赤く染める。
「やめてよ照れくさいな。……次の町でもまた買い物行こうよ。それでいつか不老不死が解決して追われなくなったら、何も気にせず好きな色の服着ようよ」
その言葉を受けて、トワは不意に立ち止まる。
「トワ?」
動きを止めた影に釣られて振り向く。
「……そうだな……きっと行こうな」
優しい返事は影を伝ってエマに届く。
沈む夕日の眩しさに、トワの表情は見えなかった。
しばしの静寂が2人の間に流れる。
「ところでさ……クッキー食べたのってトワだよね?」
沈黙を嫌ってエマが冗談めかして話題を変えた。
「あっ……その通りだ。エマ、済まなかった。クリスはお腹を空かせて倒れていた私を助けるためにクッキーを渡してくれたんだ。だからクリスを責めないでくれ」
慌てて駆け寄ってきたトワの顔からは焦りが滲み出ていた。
「そんな責めるつもりなんかなくてさ、ただ美味しかったのかなって」
その言葉を聞いて胸を撫でおろす。
「ああ、とても美味しかったよ。塩味が効いてて疲れた体に染みた」
「そっか、ならよかった」
それから再び並んで、ゆっくりとたわいもない話をしながら家へ帰った。
***
「両親、見つかるといいな。落ち着いたら家族みんなでまたこの町に来てくれよ」
ウィルは2人と握手を交わす。
「短い間でしたが、本当にお世話になりました」
この町で買った大きなリュックを背負って2人はペコリと頭を下げる。
「それじゃあ……元気でな」
大粒の涙を拭い、マスターが2人を見送ろうとした時、聞き覚えのある女性の声がした。
「よかった。間に合ったみたいね」
この店の常連・ダリアが小走りで駆け寄ってくる。
「2人がこの町を出るって小耳に挟んじゃって、私もお世話になったからお見送りしたかったのよ」
肩で息をするダリアはポーチをゴソゴソと漁っている。
「それでこれ、はい、トワちゃんにプレゼント。私のお古で悪いんだけど、お守りみたいなものよ。よかったら受け取って」
取り出されたのは銀色のブレスレットだった。
細く、シンプルなデザインのそれを解く両端をそれぞれの手に持って差し出す。
「いいんですか?」
突然の贈り物に驚きを隠せないトワだったが、おずおずと左手を差し出す。
「これでよし。うん、似合ってるわ」
ダリアがブレスレットを留めると、トワは左手をかざす。
「綺麗……ありがとうございます」
「トワ、いいもんもらったじゃねえか。俺からもありがとうございます」
マスターも一緒になってダリアに頭を下げている。
「いいんですよ。トワちゃん、大切にしてね」
「はい!」
トワはこそばゆい気分で、左手首を右手でこねまわす。
「それじゃあ、今度こそ行きますね。本当に今までありがとうございました」
「おう、元気でな」
「こういう時はいってきますっていうんだよ」
「体に気をつけてね」
三者三様の言葉を受けて、2人の顔はほころぶ。
「「いってきます」」
3人の姿が見えなくなるまで手を振りながらお店を後にした。
***
「遅いよー」
離れた場所で待っていたエマは立ち上がると、積み上げていた石ころを蹴り倒す。
「ごめん、遅くなって」
「まあしばらくお世話になったわけだし仕方ないか。それじゃあ北の広場へレッツゴー」
エマに釣られて2人も手を掲げる。
トワの左手にはブレスレットが光っていた。




