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第4話 怪しい旅人

 翌朝、クリスは市場へ買い出しに来ていた。

 マスターから受け取ったメモを確認しながら、食材を選定する。

 メモには買う食材に加え、それぞれの鮮度を見分ける方法が書かれていた。

 記載された内容と手に持っている野菜を交互に見比べる。

 初めての買い出しということもあり、じっくりと確認してベストなチョイスをしようとクリスは意気込んでいた。


 しかしクリスがその場に立ち止まることは許されなかった。

 後方からは邪魔と言わんばかりに他の客が押し寄せており、店内は絶えず人波で流れができていた。

「ちょっ、ちょっとまだ見てるんですけど」

 声は喧騒(けんそう)にかき消され、人波はクリスを巻き込みながら流れていく。


 クリスは結局ろくに鮮度の確認ができないまま、何とか目的の野菜を買い集めて店を後にした。

 慣れない人混みに疲労感をあらわにしながら通りを歩く。

「ちょっとそこの少年、助けてくれねえか」

 ぼーっとしていたため、突然かけられた声が自分宛のものだとクリスは気がつかなかった。

「少年! ちょっと無視しないでよー」

 そこまで声をかけられてふと立ち止まり振り返る。


 声の主はボサボサの短髪に無精髭(ぶしょうひげ)を生やした怪しい男だった。

「えっと……何の用ですか?」

 その風貌にクリスはたじろぐ。

「いやー俺、旅してるんだけどさ、無一文で腹ペコなのよ。だから手に持ってる大量の食材、ちょびっとだけ分けてくれない?」


 男の軽薄な依頼にクリスは不信感を(あら)わにする。

「すみません、これはお店のものなのでお渡しすることはできません」

「そっかぁ。そうだよなぁ。突然こんな怪しいおっさんに声かけられても困らせちゃうよな。ごめんよ。他を当たることにする」

 男は年甲斐もなくしょんぼりとした表情でクリスに背中を向けた。


 クリスはこういう情を(あお)る仕草に弱い。

「あっ、待ってください。この食べ物はお渡しできませんが、お金別であるのでそこの露店で饅頭食べましょう」

「えっ! 本当にいいの? ありがとう! やっぱり君に頼んで正解だったよ」

 男はすぐさまクリスの方へ向き直り、満面の笑みを浮かべた。


「俺フロウって言うんだ。絶対この恩は返すから。俺は受けた恩は忘れない男なんだよ。ガハハハハ」

 大きな声で笑いながらフロウは肩を組んできた。

「そんな大袈裟な」

 途端に元気を取り戻した現金なフロウに対して、クリスは若干後悔する。

 しかし、そんな気持ちを押し殺すように喜んでくれたならそれで良いと思うことにした。



***



「はい、これ饅頭です」

「おおお、ありがてぇや。いただきます」

 フロウは饅頭を受け取ると一度手を合わせ、一気に頬張った。

「くーうめえ! 生き返るぜ!」


「これもどうぞ」

 クリスはお茶を渡した。

「そうそう、甘い饅頭の後は熱いお茶に限るなぁ。少年は気が利くな」

「あ、僕クリスって言います」

「おぉそうだったのか、失礼失礼」


「フロウさんはずっと旅をされてるんですか?」

「その通り、一匹狼の風来坊よ。風の吹くまま気の向くまま、このヴェスティガッセを縦横無尽に飛び回り、流れ着いた土地土地でその日暮らしよ」

「想像もつかないですけど、見知らぬ土地に行くのは楽しそうですね」

 クリス自身、初めて村を出ることになったこの旅は楽しいことも多かった。

 アルフには今お世話になっている酒場も無ければ、押し流されるほどの人混みもない。

 この町での暮らしは新鮮なものに溢れている。


「まーな。旅してれば知らない土地にも行けるし、知らない人にも出会える。クリスみたいに親切な人との出会いもまた、旅の醍醐味(だいごみ)ということよ」

 フロウの褒め言葉にクリスははにかむ。


「この町には長く滞在するんですか?」

「それはわからん! 風が吹いたらまたふらっとどこかに流れるだろうし、もしかしたらこのままずっとこの町にいるかもしれんな」

「なんだかかっこいいですね」

「おっクリスは話がわかるやつだな。気に入ったぜ」

 フロウはクリスの背中をバンバンと叩いた。

 一挙手一投足が大きく、激しく、豪快だ。


「ところでフロウさんは一文無しなんですよね? 働き口とか決まってるんですか?」

「うーん。そこは流れかなぁ。明日いなくなるともしれない男を雇う店もそうそうないし。クリスはこの辺詳しいの? よかったら短時間で楽してがっぽり(もう)かる話知らない?」

「あいにく、僕もこの町の人間じゃないから詳しくないんですよね」


 ほー、とフロウは顎に手を当ててクリスを見つめる。

「じゃあクリスも旅してるのかい?」

「うーん、まあそんなところですね」

 話をややこしくしたくないので、お茶を(にご)す。


「まっ言いたくないなら言わなくていいよ。旅してる身の人間なんて半分くらいは人に言えない事情抱えてるんだよ」

「じゃあフロウさんも?」

「お前なぁ、俺がせっかく気を利かせてお前さんのことを聞かないようにしてたのに、そりゃないぜ」

 大袈裟に額に手を当てて悩ましげな仕草をとる。


「すみません、そんなつもりじゃ。あっ、そうなんです。僕、路銀集めのためにこの先の酒場で働かせてもらってるんです」

 クリスは慌てて話題を元に戻した。

「短時間でがっぽりとはいかないですけど、結構日当も良くしてくれて、いいマスターなんですよ。突然町に押しかけた僕たちにも優しくしてくれたし」

「僕たち? 連れがいるのか?」

 せっかく話題を変えたのに結局墓穴(ぼけつ)を掘った形となった。


 クリスは設定を忠実に守るように、トワとの偽りの関係を答える。

「あっ、ええ、妹が」

「そうかいそうかい、兄妹仲良く2人旅か。1人と違って退屈しなさそうでいいや」

「フロウさんも働き口探してるんでしたらマスターに相談してみましょうか?」


「……いや、やめておこう」

 フロウの顔は唐突に笑顔を失う。

「どうしてですか?」

「そのマスターは、直近でお前さんを新たに雇ったんだろ? そこに更にもう1人雇うってのは難しい話じゃないか? それに、クリスの話を聞く限り、マスターは頼まれたら断れない性分らしい。こんな小汚いおっさんでも面倒見てくれるってのはありがたいが、好意に甘えて苦労かけるのは趣味じゃないんでね」

「そうですか……」


「なぁクリス。お前さんは俺に親切心から今の話をしてくれたんだろう。それは重々承知してる。でもな、自分以外の人にも迷惑かけてしまう話は簡単にしないほうがいいぞ」

「……そうですね。すみません」

「っと、そんなに落ち込むことじゃねぇよ。歳とると説教臭くなっちまっていかんな。本当にクリスの優しさには感謝してるんだぜ」


 落ち込むクリスの頭をポンっと叩くとフロウは立ち上がった。

「だいぶ時間取らせちまったな。マスターが待ってるんだろ? お礼に荷物半分持ってってやるから、行こうぜ」

 フロウはからっとした笑みを見せながらクリスに手を差し伸べた。

「ありがとうございます」

 フロウの手をとってクリスは立ち上がると、2人は酒場まで歩き始めた。



***



「あっ」

 クリスは前方から歩いてくる女性に目を止めた。

 酒場でよく見かける金髪の女性だ。

 店で見かける時と同じサングラスをかけており、相変わらずどこを見ているかはわからないが、クリスがすれ違い様にペコリとお辞儀をすると片手を上げて手をふり返してきた。

 その姿はやはり上品で、この雑然とした町並みには不釣り合いに映った。



***



「よう、おかえり、随分遅かったじゃねぇか」

 マスターは待ちくたびれたのか店の前でタバコをくゆらせていた。

「すみません、俺が時間取らせちまったんすよ」

 フロウがズイッとマスターの前に出る。


「お前さんは? ここらじゃ見かけない顔だな」

「さっすが、酒場のマスターだけあって顔が広いんですね。俺はフロウってもんでして、今朝この町に来たばかりなんですよ。それでクリス君にこの辺のことを教えてもらってたんです」

「なるほどな。しかしあまり旅人も来ない辺鄙(へんぴ)な町なのに、クリスにフロウと連続して旅人が来るなんて、珍しいこともあったもんだな」


「いつまで滞在するかは分かりませんが、ここでも酒を頂くことになると思うんで、お見知り置きを」

「おう! いつでもこいよ」

 話終わるとマスターはタバコの火を消し、フロウの持っていた荷物を受け取った。

「こうしてクリスも世話になった見てえだし、サービスするぜ」

「マジっすか。じゃあ落ち着いたら通わせてもらいますね。そいじゃ、クリスも仕事頑張れよ。」

 身軽になったフロウはどこへともなく、ふらふらと歩いて人混みに消えていった。



***



「で、少年の様子はどうだった?」

 人気のない路地裏には金髪の女性とフロウが立っていた。

「害はなさそうだな。聞いてた通りのお人好しらしい。けど想像以上に子供だよ。この先が思いやられる」

「随分辛口なのね」

 女性はわずかに笑みを浮かべる。


「ダリアこそ、酒場では少女の方も見てるんだろ?」

「ええ、小さくってとっても可愛いわ」

 今度ははっきりとわかる笑顔を浮かべた。


「お前なあ、これ任務なんだぞ。大体、そんな派手な格好して目立つだろう。この町見て改めて思ったけど、こんな(きら)びやかな格好したやつお前くらいだぞ」

「こういう時は案外、目立つくらいでいいのよ。それくらいの方が情報ってのは寄ってくるの。あんまり溶け込みすぎちゃうと町の一部になっちゃって日常しか手に入らないのよ。それをいうならフロウこそ、溶け込むつもりなら、もうちょっとまともな格好しなさいよね」


 実際、フロウの格好は旅する一文無しとしては完璧な姿ではあるものの町を歩くにはボロボロすぎた。

「俺は自分が動くのにちょうど良さそうな役に収まってるだけだ。少年くらいの年頃は、こういう一見ちゃらんぽらんながらもロマン溢れる男に憧れるってもんよ」

「あっそ、好きにして」

 ダリアは呆れたように呟いた。

「じゃあ今後は一旦静観ということで監視は継続。何かあれば都度サインを送り合おう。それじゃ」

 ダリアの返事を待たずして、フロウは路地から消えていった。

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