第24話 あとがき
トワは私のことを許さないだろう。
70年前、私は秘密を告白してくれた親友の前から逃げてしまったのだから。
だからこれは私の自己満足でしかない贖罪で、きっと伝わることの無い願い。
私がまだ少女で、トワと仲良く過ごしていた頃だ。
トワが自らを不老不死だと告白し、左腕を切り付けた。
ドクドクと滝の様に流れ落ちて止まらない血は私がこれまで目にしたことのない光景で、脳みそが理解を拒んだ。
それなのに何事もないように語りかけてくるトワが私にはやっぱり理解できず、途端に彼女が恐ろしくなった。
だから無心で逃げ出した。
走り出した時から心臓はバクバク言ってて、すぐに息が切れてしまった。
指先は酸素が回ってないからか、あるいは恐怖からかぷるぷると震えていた。
走ったせいで身体中ほてってるのに冷や汗が止まらなかった。
トワは追いかけてこなかったけど、それが嬉しいと思った。
その日は結局怖いままで、トワの元には戻れなかった。
夜寝る時にあの光景を思い出して恐ろしくなってしまい、忙しいお母さんに無理言って一緒に寝てもらった。
「モネ、今日はどうしたの?トワちゃんも連れてこなかったみたいだし」
お母さんは不思議そうにでもしっかりと私を心配してくれた。
ただ、トワの名前が出るとやっぱりあの血溜まりが恐ろしくなって、お母さんにぎゅっとしがみついた。
「言いたくないなら大丈夫だけど、お母さんはあなたの味方だから。言いたくなったら、いつでもなんでも言ってね。寝ると嫌なこととか不安なことが軽くなるから、今日はゆっくりおやすみなさい」
お母さんの声は優しく私を包み込んでくれて、だからいつの間にかぐっすり眠れてた。
お母さんの言う通り、翌朝になると不安は半分くらいに減って、その分昨日のそれ以外の部分が見える様になってきた。
トワは自分のことを不老不死だって言ってた。
だからきっとあの怪我も治るってそう言いたかったのかもしれない。
「もう大丈夫なの?」
お母さんの声はやっぱり優しい。
「大丈夫!ちょっと出かけてくるね!」
昨日トワから逃げた、2人のいつもの路地裏には大きな血溜まりの痕が残っていた。
私はやっぱり恐ろしくなって思わず逃げ出したくなる。
でもそうじゃない。
トワに会わなきゃ。
血痕はその血溜まりだけで、他にはどこにも伸びていなかった。
あれだけの怪我で歩き回れば多少血の滴が跡を残すはずなのに。
やっぱりトワはすぐ良くなるって話をしたかったんだ。
私はトワとよく過ごした場所を何度も何度も回った。
でもどこにも姿は無くて、結局トワを見つけるより先に太陽が沈んでしまった。
「モネ!こんなに遅くまでどこに行ってたの!」
昨日の今日で門限を破った私をお母さんは変わらず優しい声で叱ってくれた。
「あのね、お母さん。聞いてほしいことがあるの」
私はトワが教えてくれた不老不死の秘密を話した。
そしてトワがいなくなったことも。
「だから、お母さんも一緒にトワを探してほしいの」
お母さんは何も言わず私の頭を撫で続けてくれた。
「今の話は本当なのね」
私は頷く。
「わかったわ。トワのことは忘れなさい」
お母さんの声は冷たく、撫でてくれていた手はまるで私を押さえつけているかの様だった。
後から知った話だけど、この世界には『祝福』という概念があるらしい。
それで私が育った街は『祝福』の存在を認めながらも共存を拒む、そんな人たちが集まって作られたそうだ。
国境付近に街を作ったのは、この考え方が限りなく帝国に近いからで、連邦と帝国の考え方のちょうど中間だかららしい。
存在そのものを認めない帝国と、共存を求める連邦。
そんな2国の真ん中みたいな考え方のせいで、2国の争いのど真ん中に私たちの街は置かれて、争いはいつだってこの街が舞台になっていた。
そんなもんだから、余計に『祝福』を排斥したくなるらしい。
お母さんは私の思いとは裏腹に、街の偉い人に話してトワを血眼になって探し始めた。
私も先を越されないようにトワを探そうとしたけど、お母さんに家から出ることを禁じられてしまった。
結局、私も街の偉い人たちもトワを見つけられず、結論としてはトワはもう街を去ったということになってしまった。
歳を取れば取るほど、私があの時とった愚かな行動を悔やむ。
だけどそれだけじゃない。
トワのことを思い出すたびに、彼女が不老不死を理解してほしかった理由を考えた。
初めて会った時の人を避ける様な振る舞いや最後に会った日の期待の眼差し。
きっとそれまでも拒まれて、誰かからの理解を求めていたんだ。
そう思うとなおのこと私は私を殴りたくなる。
彼女のことをもし理解できていたら、今も笑って暮らせていただろうか。
きっと無理だ。
姿形が変わらない彼女をやっぱり世界は受け入れなかった。
だから彼女を救うには、不老不死から解き放つしかないんだ。
これは勝手な憶測、思い込み。
それでも何かしないと気が狂いそうになる。
彼女が不老不死なら、もしかするといつかまたこの街にやってくるかもしれない。
その時ちゃんと謝れるように、あれから一度もあなたのことを忘れたことは無かったと伝えるために、正しくても間違ってても、せめて彼女のために何かを残そう。
何の情報もないから手探りで非効率だけど、できることから始めよう。
そうして私は不老不死を消滅させる薬をあるいは毒を探すことにした。
それらをまとめたものは一冊の本になり、私の人生そのものになった。
だからこの本の最後に私は後悔も悲しみも無念もありったけの感謝も込めて最後のページに遺書を記した。




