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第23話 最後のページ

「フレッドさんの師匠ってどんな人だったんですか?」

弟子入りしてから数日経ち、珍しく穏やかな午後を過ごしていたクリスはフレッドの師匠について尋ねた。

「いきなりどうしたんだ?」

「最近、師匠さんの本読ませてもらってるじゃないですか。どんな人が書いたのか気になって」

それを聞くとフレッドは豪快に笑い出した。

「あの本、ちょっと変わってるよな?」


フレッドもまた、あの本が持つ異常情報量とそれを探求し続けた師匠のモチベーションについて思うところはあったらしい。

「そうだな……師匠は普段おっとりした人だったよ。ただ、とにかく頑固でこの街から一切出ようとしないのに、世界各地の植物を研究するとか訳のわからないこと言ってたな」

「よっぽどこの街が好きだったんですね」

フレッドは師匠から街を任せたといった旨の遺言を託されたと言っていた。


街から離れようとしない程の愛着とは一体どこから出てきたのだろうか。

生まれ育った場所に対する愛着はクリスにもあるが、それでもその土地と人を置いて旅に出たクリスには師匠の頑なさがどこからくるか気になった。

窓から覗く景色はお世辞にも美しいとは言えない。

戦いに傷つき、荒れた街並みを見て師匠はどう思っていたのだろうか。

あるいは荒廃する前の街並みは素晴らしく、それを取り戻そうと師匠もフレッドも奮闘していたのではないだろうか。


「あの人はこの街大好きだったのに変わりはないけど、それだけじゃなかったんだよ。なんか人がくるかもしれないって。入れ違いになりたくないからって言っててさ。結局、その尋ね人が来たことなくて誰だったのかわかんねえんだけど、ありゃ不思議でたまらなかったわ」

「不思議と言えば本の内容ですよね」

「そうなんだよ。みんな知ってる当たり前のようなことでも自分の目で確かめなきゃ気が済まないって感じでとにかく実験しまくってて、色々とこだわりが強いというか執念深いというか。何かに取り憑かれたみたいな人だったな」


フレッドは懐かしむように窓の外を眺めた。

フレッドには窓の外の街の景色は一体どう映っているのだろうか。

まだ高い位置にある太陽が路地裏を照らしている。

1日のほとんどが陰となり、薄暗いこの場所も今だけは明るい陽だまりの中だった。


「それはそうと、明日お前のとこの嬢ちゃん連れてこいよ」

「えっ?」

クリスは咄嗟に話が飲み込めず首を傾けた。

「あの、トワ?って子だ。クリスの宣言通り、最近はお前さんが手伝ってくれるから少し暇ができた。今なら見てやる時間もあるって思ってな」

「いいんですか!」

クリスは机に手をつくと前のめりになってフレッドを見つめた。


「良いも悪いも元々お前はそういう腹で俺のところきたんだろ。だったら俺の気が変わらねえうちに素直に診てもらっとけ」

「ありがとうございます!」

クリスは笑顔のまま何度も頭を下げた。

「鬱陶しいからあんまり暴れるなよ。今日はどうせもうやることないし、帰っていいぞ」

「わかりました!」

「明日の朝イチに診る。遅刻したら診てやらんからな。寝坊すんなよ!」

「はい!」


クリスは勢いよく扉を開けてトワの元へと向かった。




その日の午後は穏やかなものだった。

トワに明日見てもらえることを伝えると大層喜んでいたし、クリス自身もフレッドに認めてもらえたような気がして嬉しかった。

余った時間は最近クリスの興味を独占している師匠の本に充てることにした。


「それ、面白いのか?」

部屋の扉が開かれ、トワがコーヒーを持って入ってくる。

「とってもね。こっちにきてから知らないことだらけだったから本当に面白いしありがたいよ」

クリスの表情はとてもにこやかで、好奇心と知的欲求に満ちていた。

だからこそ、トワは罪悪感を抱いてしまう。


この街に来て思い出した悲しい別れ。

同じことを繰り返すくらいならいっそ良好な関係のまま別れる方が良いのではないか。

ここ数日のトワはそんなことばかり考えていた。

そこにきてクリスはフレッドの元で新たな知識を蓄え、医者としての技術を磨いている。


「帝国側の知識に加えて連邦の知識まで身につけたら、クリスの知らないことなんてなくなるんじゃないか?」

軽口を叩いてみるが心はざわついている。

テーブルの上にクリスの分のコーヒーを置く。

カップはトワの想像よりもかなり大きな音を立てた。

「そうだと良いんだけどね。それにまだまだ、フレッドさんを見てると知識だけじゃダメだなって思うし」

クリスはありがとうと告げるとコーヒーを一口飲む。

トワの様子には気がついていないようだった。


「だとしても、このままフレッドの元で修行すれば帝国にも連邦にもいない唯一無二の医者になれるだろ」

クリスを別れやすくするために選んだ言葉は、トワ自身を苦しめた。

しかし、ここで別れないことはもっと苦しい結末に繋がるとトワは信じて疑っていない。

「そうかもね。でもトワを診てもらって結果がわかったらこの街からも出ていくだろうし、その間目一杯勉強するよ。できればここでトワの不老不死を直す方法が見つかれば良いんだけどね」

「そうだな」


どうせそんな上手くいくはずがない。

今までもそうだった。

それはきっとこれからもだ。

結果が出て、旅が終わらなければクリスに話そう。

苦しいが、そうしないともっと苦しくなるから。


「邪魔して悪かったな。勉強頑張れよ」

ハリボテの笑顔でトワはクリスの部屋を後にした。




クリスは食事の時間以外は本を読むことに没頭していた。

読めども読めども終わらないその本はクリスの好奇心を満たし続けた。

しかし、それだけではない。

トワを診て貰えばきっとこの街を去ることになる。

そうなれば、この本を最後まで読めないことは明白だった。

限られた時間の中で寸暇を惜しんでクリスは知を蓄えた。


目を通したページはまだ三割ほどで読了には大きく及ばない。

読み進める中でクリスはこの本は後ろに進むほど珍しい植物が記載されていることに気がついた。

師匠が調査し、実験して継ぎ足していったからこそ、後半は入手方法が困難だったり取引しないと手に入らないほど遠方にあったり、あるいは新種だったりと、珍しい植物が並んでいるようだった。


すぐに使える知識は本の前半に集まっている。

しかし後半にはこの本でしか得られないような珍しい情報が記載されているかもしれない。

例えば不老不死を治すなんて夢物語を叶えてくれるような、そんな植物も記載されているのではないか。

クリスは一度手を止めて、裏表紙から逆向きに読み進めることにした。


開いた最後の一ページ。

そこにはフレッドの師匠が友に、おそらく尋ね人に書いたであろう遺書が残されていた。

最初の一文だけ読んだところでクリスは目を逸らす。

きっとこの本もその友に宛てたものなのだろう。

それを盗み見ることは憚られた。


不慮の事故とはいえ、生まれてしまった罪悪感から逃れるようにクリスは本を閉じた。

明日は遅刻できない。

頭まで布団をかぶって何も考えないようにした。

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