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短編

幻蝶の夢

 Le Rêve du papillon fantomatique


 ()()()()()()()()()()()、自分が誰か解りますか。

 フワリと体が浮き、なんだか体の様子が変でしょう。背中に奇妙な感覚がありませんか?

 振り返って確認して下さい。大きな四枚の翅がついているのが判りますか?

 黒色を基調に黄色の線が幾何学的な模様を創り出しているでしょう。とても美しく魅力的な翅です。その四枚の翅は、あなたが意識しなくても、空の匂いを捕らえてくれます。そのおかげで、軽々と空を翔ぶことができるのです。

 カフカの主人公が変身したのは芋虫ですが、あなたは蝶に変身しています。

 空を翔ぶ感覚はとても不思議ではありませんか?

 でも空を翔ぶを憧れていたのでしょう?


 ()()()()()()()()()()()()()()は、その世界を無縁なものに見えるでしょう。しかし眼下を注意深く観察して下さい。

 判りませんか?

 そこにあるのはあなたが住んでいる町です。あの白い建物は、あなたが通った小学校。そしてあの高い建物は、あなたが生まれた時に建てられた高層マンションです。全てあなたの世界にあるものばかりです。

 視点が変わっていたので、すぐに気がつかなかったかもしれませんね。


 ()()()()()()()は、自分の家を目指します。そこがあなたにとって、安息の場所だからです。

 マッチ箱ような家並の中に、目指す建物はあります。大きな通りを右に曲がり、酒屋の角で右に、路地を突き当たった左。そこが目的地。

 難無く、あなたは辿り着きました。あなたの部屋は二階にあります。翅を少し強く羽ばたかせ、二階の窓へ向かいます。運よく拳ひとつ分窓が開いていて、そのまま滑るように、あなたは部屋の中に入り込みました。

 その部屋の様子は、机も、本棚も、ベッドのシーツの色も、あなたの知っている通りですね。

 疲れましたか?

 それでも、空を翔ぶのは楽しかったでしょう?

 あなたはゆっくりとベッドの枕の上に舞い降りていきます。枕は心地よい弾力をあなたの首筋に返してくれませんが、その感触は思い出させてくれるでしょう。

 その時、

「アゲハチョウだ」

 と言う声と共に翅を掴まれ、そしてそのまま黄緑色の虫篭の中へ、あなたは放り込まれたのです。


 ()()()()()()()()()()()()()()は、物珍しそうな目でアゲハチョウをじっと眺め、せっせと世話をしていました。しかし、すぐにアゲハチョウを世話をすることが面倒くさくなって、日々の生活を言い訳に全く世話をしなくなったのです。それから二度とアゲハチョウの事を思い出しもしません。アゲハチョウは餌も与えられないまま、餓え、孤独に死んでしまいました。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()は、夢の影響でしょうか、すぐに虫籠を見ました。

「あっ。折角捕まえたのに、もう死んでる」

 あなたは要らなくなった玩具を捨てるように、窓からアゲハチョウの死骸を投げ捨てました。そして日常に埋もれ、またすぐにアゲハチョウの事は忘れてしまったのです。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、全てを失いました。それだけでなく、全てを失った事にさえ気づくことは、あなたには出来ませんでした。

 その蝶こそがあなた自身、魂の依り代だったのです。

 あなたは自らの手で、あなた自身に言い訳をして、自分自身を、未来を、夢を捨てていたのです。もう二度と空を翔ぶことは叶いません。 


  了

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― 新着の感想 ―
[一言]  読んだ後とても不安になりました。自分はどうなのだろうかと思ったからです。自分にとっての蝶は一体何になるのだろうかと、今探せば間に合うのか、それとももう手遅れになってしまっているのか。何気な…
[良い点] なかなかお目にかかれない二人称小説で、催眠術にかけられているような不思議な感覚を味わいました。現代風、胡蝶の夢というか、リライトなのかな?と感じましたがとても面白かったです。 [一言] 夢…
[良い点] まるで催眠術の中でアゲハチョウになったような感覚ですね。 珍しい手法だと感じました。 企画参加ありがとうございます!
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