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アルラのエルフ


 世界樹の根の中を移動し終えた少年の眼前に広がったのは、平伏するエルフ達であった。


 少年はエルフというものは初めて見たし、何故こんな姿勢なんだろうという不思議な気持ちでフレイを見た。


「出迎えご苦労。この子は先程生まれたばかりの我らが同胞きょうだいだ。頼めるか?」


 フレイの頼む内容は酷く大雑把ないいようだったが、エルフにとって精霊とは信仰する対象であり、異を唱える者など誰一人いなかった。


 エルフを代表し、一人の壮年の男が顔を上げた。他種族には皺を深くし厳しい表情を刻むが、相手が精霊となれば敬虔な信者も柔和に皺を深くする。


「このアルラの村が族長、サミエル・ダ・アルラが謹んで拝命致します」

「うむ。では我らが同胞きょうだいよ。彼らエルフに学ぶといい。また会う日を楽しみにしているぞ」

「えっと、ありがとう」


 もうお別れなのかと惜しむ少年の頭を一撫でし、フレイは早々と世界樹の中へと姿を消してしまった。


 残された少年にサミエルが恭しく歩み寄る。


「精霊様、これより我らアルラのエルフが御身の奉仕をつかまつります」

「よろしくお願いします?」


 どうやら彼らがお世話をしてくれるらしい。首を傾けながらも、世話になるならと敬意を示した。


 ただ、それに反応するのはエルフ全てだった。


「なんと、精霊様が我らに敬語を使うことなどありませぬぞ」


 サミエルは信仰する精霊に敬語を使われるのは二回目であった。尤も、それは世界樹などのように成熟した「母」「慈悲」というような役割を持つ精霊であり、まだ役割のない少年には当てはまらなかった。


「でもお世話になるなら……」

「我らエルフには不要なものです。それが何故なのかも、後に我々がお教え致しましょう」

「じゃあ、よろしく」

「それではこちらへと参りください」

「うん」


 きょろきょろと物珍しげに少年が見ているのは主に木である。ただの木ではなく、扉がついており木がそのまま成長して家になったかのような外見をしていた。


「これが我らエルフの住処です。苗木に祈りを捧げ育めば、木も我らに応え我らを住まわせてくれる。自然の恵みなくして我らは生きる術を持ちませぬ」


 いくぶんと誇らしげに語るサミエル。少年からしても世界樹の中ほどではないがマナは活き活きとしているし、心地良さを感じていた。


「およそ四百年前、以前住んでいたイファルの森を追われた我らがアルラの氏族を救ったのは、やはり偉大なる世界樹と精霊でした。当時族長になり間もない私がこの地に辿り着き、立て直したこの村が私の全てです」


 サミエルは感慨深そうに少年に村の紹介をする。少しばかり立ち止まり村の様子を眺めていたが、思い出したように少年へ視線を戻した。


「失敬、長話が過ぎました。あちらにある一際大きな木が私の家です」


 少年が現れた世界樹の根への道を守るようにいかめしく成る巨木。これはサミエルが苗木から育てたのだという。


 エルフは森の中で暮らす種族である。エルフが祈りを捧げ、育てた木が成長し、大きくなると何も手を加えずともエルフが中に入って住めるようになる。それはましく、木のほうから自らをはぐくんだエルフを歓迎しているのだろう。エルフが自然とともにあるとはそういうことである。


 その木が立派であれば優秀なエルフとして讃えられ、こうしてサミエルはアルラの族長を務めているということであった。


 サミエルの家の中は木製の家具や弓矢、剣、そして何かの儀式に使うような冠や杖が飾られていた。手入れは行き届いており、直ぐにでも使えそうだ。


「ささ、お越しかけください」


 族長のサミエルが自ら上座の椅子を引き、少年を座らせた。エルフにとって精霊への奉仕は非常に名誉あることなため、ただの村人のエルフが精霊の側つきになることはない。


「精霊様はまだ御身の在り方が定まらぬ様子。成したいこと、知りたいことがおありならば我々に申し付けください」


 大きなテーブルの下座に座ったサミエルがいう。


 エルフは精霊ほどではないが、千年以上を生きる種族なために考え方のスケールが大きい。そのため、少年が言ったことは少なくない衝撃をサミエルに与えた。


「人間のこと。この世界の、争いのことが知りたい。困っているヒトを、助けたい」


 それは少年の初めての自己発露であった。


「な、なんと……?! 世界の調停をする精霊様が、世界の争いに介入なされるおつもりですか……?!」

「サミエルたちは、住んでいた森を追われた」

「しかしそれは精霊様が憂慮されることではありませぬ」

「でも、ぼく(・・)の母は、世界樹はみんな仲良くして欲しいって、声が聞こえるんだ」

「し、しかし……」


 少年は初めて自らをぼくと言い表した。急速な自己の確立に、サミエルは危機感と焦燥と諦念を抱いた。少年に名を与えないのは、少年の自己を名で固定しないため。それは生まれたての精霊とは存在が移ろいやすいので、あえてそうしている。


 フレイのように火を司る性質が大きければ生まれた直後から自身の役割を自覚するのだが、少年は明らかに無自覚のままだった。


 未だ何の力も発現していない段階で、守りたいなどと。


 エルフの子供は成人するまでに百年余りを要する。言ってしまえば目の前の精霊は、様々な魔法を練習するエルフの子らと同じではないか、と。


 サミエルは葛藤する。おそらく、サミエルが少年をこの村に縛りつけるのは簡単だろう。村から出ようとするエルフの子らに、外は危険だからと禁ずるように。


 しかし、エルフと精霊は違う。精霊には大人や子供という概念は存在しない。そして、自らの使命は精霊の成したいことを助けることだ、と自問自答の末に答えをだした。


「だめかな?」


 エルフが精霊を縛ることはあってはならない。


「いえ、このサミエルが知りうる限り、全てにお答え致しましょう」


 苦渋の決断だった。

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