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1話:誕生

 彼は世界を象徴する大きな樹の洞の中で仰向けに眠っていた。天を仰ぎ見ても頂きが見えぬほどの、大きな樹。見た目は二十になる前のような少年で、純朴な顔立ちである。


 白い貫頭衣に身を包まれ、不思議な暖かさと柔らかさに浸る少年は、母に抱かれた赤子のように安らかだ。

 

 誰にも起こされなければともすれば一生眠っていられるのではないかという少年を覚醒させたのは、その温もりを与えている本人、即ち世界樹であった。


『目覚めてください、私の子』


 耳朶をうつ音の震えは母性に溢れ、自然と少年は緩やかに目蓋を開いた。


「ここは……?」


 ゆるゆると立ち上がり、辺りを見渡すも見えるのは明るい乳白色のような床と壁ばかり。大きな空間に一人でいるのみ。


 いや、正確には一人ではない。マナという生命力に溢れた場所だ。小さな光が跳ねるように踊り、唄うように流れる様は実に神秘的だった。


 とはいえ、それらは少年を祝福すれど、語りかけてはいない。


 はて、誰かに呼ばれたようなと少年が疑問に思えばまた世界樹は少年に語りかけた。


『起きたのですね、私の子』

「ど、どこにいるんですか……?」

『私は世界樹。あなたのいる場所が私です』

「ここが……? 世界樹……?」

『つい先程、あなたは私の中に生まれたのです』

「生まれた……?」


 端的に言い表すと、少年と世界樹とでは会話になっていなかった。


 そもそも自分は誰なんだろう、と少年が考えた時、様々な記憶が頭を駆け巡った。ここにはいない自分。自分ではないいつかの自分。それはある姿では少年でもあり、青年でもあり、老人でもあり、また女性でもあった。


 知識はあり、知らないことを何故か知っている。しかし、自らのことはわからない。


 ふらふらと立っていることすらおぼつかない少年は、ぐるぐると頭が回されているようだった。


「イッ……?!」


 その情報量の大きさに耐えきれず、少年は小さく鋭い悲鳴をあげて倒れてしまった。


『あらあら……。あの子を呼びましょうか』


 後には世界樹の困ったような呟きだけが残っていた。






 少年が目覚めたのは同じ場所だった。違うのは、赤い長身の女性がいること。


 女性は目を覚ました少年を一瞥し、少年の起き抜けにいきなり話し始める。強い意思を感じる目だった。


「お前を歓迎しよう、同じ母を持つ同胞きょうだいよ」

「あなたは……?」

「我が名はフレイ。炎を司る精霊だ。我らが母に呼ばれ参上した」

「自分は……?!」

「無理に自分を思い出そうとするな。どうやらお前は忘れるはずの以前の記録を保持したまま形を為したようだ。精霊の在り方はその存在を構成するマナの記録に依って変わるからな」

「精霊……?」

「そうだ。私も、お前もな」


 精霊だと言われた少年は一先ずはそれで落ち着いたのか、痛みを覚えなくなった。


「お前が不完全なまま生まれたのは、やはり世界のバランスが崩れているからだろう」


 憎々しげに知的な美貌を歪ませ、フレイはさらに言葉を続けた。


「人間め……」

「にんげん……」


 その言葉を聞き、少年の胸には深く切ない痛みが広がった。つぅ、と頬を流れるものを指でなぞり、それが涙であると知る。


「大丈夫か? おそらく、お前の中はかつて人間だった頃の記録すら残っているのだろうな……。いいか? お前はかつて何者かであったが、今は違う。その記録を捨てることはないが、決して引き摺るな。私との約束だ。守れるな?」

「……うん、守るよ」


 約束は守らないといけない、という使命感と微かな記憶とともに、少年は頷いた。


「良い子だ」


 フレイは微笑み、少年の頭を撫でた。


「さて、お前には教えなければいけないことがたくさんあるのだが……。私は我らが母よりは説明は出来るのだが、得意ではない。どうにも我ら精霊というのは、そういうものを伝えるのが不得手でな……。得意な者たちの場所へ移動しよう」


 行くぞ、とフレイは少年の手を掴み、先導する。


「ここは我らが母の中だ。根を伝えば遥か遠い場所にも移動できる。覚えておけ。手は離すなよ?」

「うん、離さない」

「よし、行くぞ」


 門のような分岐路に立つフレイ。少年が手を引かれるままにその先へと身を投じれば、二人は世界樹の根の中を泳ぐように運ばれていった。


 水中のようではあるが、違う。世界樹が循環させているマナの中を二人は移動している。二人は息苦しいという表情もなく、声も出せるようだ。


「我らが母の手が届かぬところはない。我らは母のもとに生まれ、消え、また生まれ循環する。……それを自ら破壊しているのが人間だ」

「……」


 フレイが語る人間とは、それほどに悪いものなのだろうか。少年はじんわりと痛む胸に俯き、何も言えないでいた。




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