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1.雑用係の追放


天幕には、男が二人いた。

その雰囲気は重苦しいものだった。


一方の男が、ゆっくりと口を開く。


「お前はもう、うちには必要ない。クビだ。」



「そんな⋯⋯ 。なぜですか。今まで必死に頑張ってきました。どんなことだってやりました。パーティにおいてください。」


「お前の実力はもうこれからの戦いにはついてこれないんだよ。お前を守らなきゃいけない俺たちの手間が増えるんだ。」


 あくまで厳しく、ローブを着た男は言う。


「⋯⋯ 。わかりました。お暇させていただきます。」


 苦労性が服を着たような青年は、今にも泣きそうな顔で、そう言った。


「ああ。他のパーティーメンバーには俺から言っておく。これは手切れ金だ。しばらくは暮らしていけるはずだ。」


「⋯⋯ 。受け取っておきます。」


 葛藤の末に、青年はそれを受け取り、天幕から出て行く。




 男は、それを確認してため息をついた。


「もちろんお前が抜けた穴は大きいさ。だけど、俺はもうお前を危険に晒したくはないんだよ。」


 彼が努力をしてきたことは知っている。

 だが、彼の才能は、これからより厳しい戦いに向かわないといけないパーティにとって、お荷物でしかなかった。


 炊事洗濯、交渉ごと。彼が担っていた部分は大きい。


 もちろん知っている。


 それでも、それをすべてひっくるめても。


「リヒト⋯⋯ 。お前が生きてくれさえすれば、それでいい。」


 その声は、厳しいことを言って彼をパーティから追い出した先ほどの声とは180度変わった慈愛に満ちたものだった。


「ようし。切り替えるぞ。あいつがいなくなったぶんを埋めるのは俺だ。」


 男は自分のほおを叩いた。

 彼は、Sランクパーティー「天外の理」のリーダー、ガルドス。

 アークメイジとして、パーティの主戦力を担っている。


 今は外出しているが、他のメンバーは剣士リンクル、拳法家ミラノ、僧侶クリスがいる。

 そして先ほど追い出した雑用係のリヒトを加えた五人パーティだった。

 今では四人である。

 ちなみに、彼を追い出したのはガルドスの独断だ。


 仲間たちに言えば情を見せてしまう。そうしたら、追い出すことなどできない。


 非情な決断をするのは自分一人で十分だ。



 仲間たちが、狩りを行なっている間、数人が拠点を守る。

 魔物の領域に隣接するこのロンメンと言う街は、それをしないことには危なくてやっていけない。


 魔物だけでなく盗賊が金目のもの目当てにやってくることもある。


 拠点番は必要だった。


 もちろん様々な雑事もある。

 狩りで汚れた服の洗濯、外に出たメンバーのために作る料理。


 武器の手入れなどもしなくてはいけない。


 それまではリヒトがすべてやっていたが、追い出した今は、もう自分でやるしかない。


「まずは、洗濯、か。」


 ガルドスはそうひとりごちた。

 雑用係をやる気は十分だった。



「どうするんだ⋯⋯ ?」


 ガルドスは汚れた服が積み上がった場所の前で首をひねっていた。


 彼はもともと貴族であり、Sランク冒険者となっても、こう行った雑事はすべてリヒトに任せていた。

 彼の雑用経験値はゼロである。


「いやいやいや。こんなところでつまづいてちゃ話にならない。」


「あいつは簡単そうにやってただろ。確か、水で洗って、干すんだったな。」


 曖昧すぎる記憶。

 だが、自分でリヒトを追い出した手前、できないとは言えない。


「水、水⋯⋯ 。水だな。よし。」


「天を逆巻く暴風よ。ここに来たりて、雨を成せ。水天神!」


 天井に向かって杖を掲げる。

 それは彼の知る最上級魔法が一。

 天候を変える雨魔法。


「とりあえず水をかければいいんだろ。どうせなら派手にやろうじゃないか。」


 ガルドスは機嫌よくカゴを担いで天幕を抜ける。


 外では、にわかに空がかき曇り、雨の気配が濃厚だった。


 同業者たちが顔を見合わせて、不思議がっている。


「どうしたんだ⋯⋯ ?」


「さっきまで晴れていたのに、急に雲が現れたように見えたんだが。」


 ざわざわとした声を気にもとめずにガルドスはすべきことを成した。


「水天神よ。来たりて降れ。」



 溜まった雨を一気に地上へ引きおろす。鉄砲水が如き勢いで、天の水が突き刺さる。


 普段は魔物相手に使っている大技。それをガルドスは、あろうことか洗濯物にぶっ放した。


「そうそう。確かこんな感じだったな。」


 満足そうにつぶやいている。


 リヒトがここにいたら、その間違いを指摘せずにはいられなかっただろう。


 カゴに強化魔法を張っているので、カゴが壊れることはなかったが、衣服は激流に翻弄されるままだった。



「ようし。こんなもんか。⋯⋯ 。何か足りないような気がするな。リヒトのやつは、他に何か入れていたような⋯⋯ 。」


「ああ。洗剤か。」


 程なく思い出した彼は天幕の中にとって返した。


 水天神はあいも変わらず洗濯物カゴに向かって轟音を響かせている。


 それを全く気にしていないのは、さすがは国一のアークメイジと呼ばれるだけはあるガルドスだった。



「ようし、じゃあこいつを丸々入れてしまえばいいんだな。」


 分量という概念がお留守のようで、彼は見つけてきた洗剤丸々一本ぶん投げた。

 ちなみに適量はその20分の1である。


 水天神の勢いですぐに洗い流されてしまうので、もしかしたら正しいのかもしれない。


「そろそろいいか。じゃあ、次は干さないとな。」


 基本だけは出来ているのである。

 ただ、その方法が大雑把すぎるのだ。


「ふむ。」


 水天神の魔法は、一旦構築が完了してしまえば、空にとどまり続ける。


「晴らすか。」


 術者と言えども、水天神を解除しただけでは、制御が効かない雨雲が生まれるだけで、元の状態にすることなどできない。


「空よ 先へ進め 空進計」


 大気中の一定の高度の歩みを早める魔法。

 加速した時間の中で風に吹かれて、雲は四散する。


 時間魔法に片足を突っ込んだ大魔法である。

 まかり違っても、洗濯で使用するものではない。


 陽の光が差し込んできた。

 元どおりの天候だ。


 しかしこれだけでは終わらない。


 干し方がわからなくなったガルドスは呟く。


「空に浮かべておけば良いか。」


 そのまま、洗濯物をすべて空に浮かして固定した。


 空間を断面と見立てて、そこに貼りついたものを接着させるという魔法のようだが、もう何が何だかわからない。


「あはははは。やればできるじゃないか。さすが俺だ。リヒトなんかいなくてもやっていけるさ。」


 ガルドスの高笑いが、野営地に響いていく。


 そう。これは、雑用係を全力でやり抜く、一人の魔法使いのお話である。









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