4.巣立ち-2
*
ざああああ バタバタバタバタ
頭上で鳴る、雨の音。この商店街には屋根がある。だから、商店街の中にいる間は安全だった。
「そうなの。蝶さん、今年も調子悪いんだねぇ」
「でも、ここのお漬物ならたくさん食べてくれるから……」
「コトリちゃんは優しいねえ」
漬物屋のおばちゃんこそ優しい顔で笑って、次々お漬物を袋に詰めていく。
「えらい子にはご褒美だ。コトリちゃんは、お漬物は何が好き?」
「えっと、おこうこ……」
「じゃあおこうこ、おまけにたくさん入れとこうね」
おばちゃんは、ためらいなく山盛りのおこうこを詰めてくれた。
「あ……ありがとうございます」
私は、慌ててぺこりと頭を下げた。嬉しい。
「いいよいいよ。蝶さん、早く調子が良くなるといいね」
おばちゃんからお漬物を受け取って、お金を渡す。ちょうどあったのも、嬉しい。
幸先がいい、というやつかも知れない。
「あら、コトリちゃん。おつかい? えらいねぇ」
「こんにちはっ」
商店街を歩くと、『かおなじみ』になったお店の人が声をかけてくれる。
「おいでおいで。これ、おまけにあげる」
煎餅屋のお姉さんが、お煎餅をくれた。お豆さんのたくさん入った、ベビーカステラの色をした甘いお煎餅。
「でも……」
「いいのいいの。それ欠けちゃってるし。食べちゃって」
「ありがとうございます」
少しお行儀は悪いけど、お煎餅をぽりぽり食べながら商店街を歩いた。
商店街は、いつも人が多くて賑わっている。
ちょっと前まで、こういう人がごちゃごちゃしているところは苦手だったけれど(今も、得意ではないけれど)ここは何だか好きだなと思う。
美味しいお煎餅をぜんぶ食べてしまってから、傘を差して商店街の外へ出た。
ざあああああ……バタバタバタバタ
雨音がひっきりなしに響いている。
商店街の中に漂っていた食べ物の匂いより、ぐんと雨の匂いが濃くなった。
早く帰ろう。
左腕の重みを確認して、私は頬が緩んだ。
父は、お漬物を喜んでくれるだろうか。
今日来る猫山さんにも出そう。私の好きなおこうこ。美味しいと思ってくれたら、いいのだけれど。
ぱしゃぱしゃと足元から水音が鳴る。
(ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ)
心の中で、好きな童謡を歌う。
あのリズムで、ちょっとだけ跳ねるように歩いた。
(らんらんらん)
オレンジ色の長靴は、マルさんからのプレゼント。
『蝶さんはあかいろで、一花さんはきいろ……そんな風に、一花さんが言っていたので』
二人の色を合わせてオレンジ色の長靴を買ったとマルさんは言った。
私は、その言葉が嬉しくて仕方なかった。
あの人に、もう一度会いたいなあと思った。
『じゃ、これからコトリちゃんのお母ちゃんになれるようがんばるから、よろしくね』
そう言って、太陽みたいに笑っていたあの人。一度だけしか会えなかったことが、悔しい。
あの人と父が並んでいるところを一度でいいから見たかった。
三人で一緒に、商店街に行ったりしたかったな。
(でも)
この夏は、他の人たちとも一緒におでかけする約束がある。
ぜんぶ夕方からのお楽しみ。
『夏の夜は、ある意味で冬より長い気がする。長いというより、濃いっていうのかな』
三宅さんがそう言っていたことを思い出す。
私もそう思えたら、嬉しい。
生まれて初めて、楽しみな夏。
(楽しみだなあ……)
そんなことを考えながら、差しかかった信号待ちの交差点で、ちょいと傘を傾けて空を見上げた。
と。
「……何をそんな浮かれてるの?」
横の道から、声をかけられた。
「──……」
ざああああああああああああ。
雨音が、遠くに感じる。車の音も。
すう、と頭から、背中から、温度が消えていくような。
私は、声のした方を見た。
そんなはず、ない。
だって、海外にいるはずで。
『お荷物』の私を置いて、海外にいるはずなのに。
「こんな時間に、何をしてるの? 学校は?」
ざあああああああああああ。
雨のヴェールの向こう。
とてもするどい目付きで。冷え冷えとした声をして。
おかあさんが、立っていた。
「おか……さ……」
全身から、力が抜ける。
辛うじてお漬物の入った袋はぎゅっと握り締められたけれど、傘はするりと私の手から逃げて行った。
ざあああああああああああ。
雨粒が、たくさん、当たる。
「ねえ、何してるの? どうして学校に行ってないの?」
どうして。
どうして、どうして、どうして。
私の唇は震えるばかりで、開くことが出来ない。
咽喉が、きゅぅと小さく縮んで声が出ない。
「……それに、何なのその眼鏡は?」
サングラス部分を跳ね上げた眼鏡を見て、お母さんは心底嫌そうにため息を吐いた。
「何、同情ひいて今の家の人に買ってもらったの?」
同情じゃなくて、父は、ただ私が不便そうにしているのを見かねて。だから。
何も言えない。何も言えない。
だって言ったところで、どうせ否定される。
「何とか言ったらどうなの? 何で黙ってるの?」
はあ、と大きなため息。びくっと肩が勝手に震えた。
「本当に、」
駄目な子、と母の口が動くのを見る前に、
ザッ
私の前に人が立った。当たっていた雨粒が消える。
「……何してるッスか?」
目の前に立った人を見上げる。猫山さんだった。
腕を軽く広げて、私を庇うようにして立っている。
「ねこやま、さ……」
「こんにちは、コトリちゃん」
顔だけ振り返って、猫山さんはニィッと笑った。
「風邪、ひくッスよ」
それから、またお母さんの方へ向き直る。
「で、何してるッスか?」
猫山さんの声から、いきなり温度がなくなる。
「コトリちゃんとの面会は、まだ先ッスよね。何勝手に会いに来てるッスか? 先にこちらに声をかけて頂かないと」
「何してるは、こっちの科白よ。一体どんな家に小鳥を預けたの? 偶然その子を見かけた人から聞いて、慌てて帰って来てみれば」
お母さんの話を遮るように、ハーッと猫山さんがわざとらしくおおげさなため息を吐いた。
「そういうことッスか。やれ、面倒くさいッスね」
「っ! あなたね……っ」
お母さんが何か言おうとするのを、スッと上げた手で止める。
「これから、コトリちゃんが今暮らしているお家に訪問するところッスから、良ければどうぞ。詳しい話はそちらでしましょう」
猫山さんは、私に傘を一度預けてから、落ちた私の傘を拾い上げた。
「あちゃあ、中にもけっこう雨入っちゃってるッスね。逆に濡れちゃいそうッスから、家まで私と相合傘しましょ」
そう言って傘をたたんで、私の手を取る。
「じゃ、行きましょっか」
お母さんの意見は聞かず、歩き出す。
不安げに見上げる私に、声を低めて猫山さんは言った。
「大丈夫ッス。……私が絶対、守ってみせるッスから」
私は、自分がどうするべきなのかさっぱりわからないまま、こくんと何とかうなずいた。
*
居間。
濡れ鼠だったコトリは、奥さんに風呂場へ連れて行かれた。あのままでは風邪をひいてしまう。
だから今ここに、コトリは居ない。
コトリの母親と、猫山と、僕と百さんがいる。
コトリの母親は、口を開かなかった。
(似とると言えば似とるけど……)
似てないと言えば、似てないな。
つり目の、気の強そうな女性。見た目は僕の少し上……三十代後半くらいか。身に着けているのは、ごく一般的なダークグレーのパンツスーツだが、パッと華やかな雰囲気がある。
遊んでいるという意味ではなく、バリバリに仕事をこなす出来る女としての華やかさとでも言うのだろうか。
ただ険のある目付きでそれも台無しになっているように思われた。
とにかくコトリの、よく言えば優しく柔らかな、悪く言えば頼り無げで影の薄い様子とは正反対の人だ。
「すみません。遅くなりましたが、お茶です」
コトリを風呂場へ連れて行ってそのまま台所で用意して来たのだろう。人数分のお茶をお盆に載せて、奥さんがやって来た。
「……小鳥は」
「はい。お風呂に入ってもらってます。あったかいシャワーで、身体を温めてから来るように言ったのでもう少しかかるかと」
「すみません。娘がご迷惑をおかけして」
「いえいえ。夏風邪はひくと辛いですから」
小鳥の母親は、その会話をきっかけに、じろりと僕らを見回すと、ため息を吐いた。
「……娘は、学校へ行っていないのですか」
そりゃ行っていない。何しろ、彼女の希望優先度第一位が、『無理に学校へ行かせないこと』だったのだから。
しかし、この母親の様子を見るに、それは知らされていなかったらしい。
何と言ったらよいものか、と奥さんと百さんを見るが、二人も同じく迷っているようで、結局三人の間に戸惑いの視線が交わされただけだった。
そんな僕らとは対照的に、
「ええ。行ってないッスよ。それが、コトリちゃんの『本当の望み』ッスから。私の方からもこの人たちにお願いして、行かなくて済むようにしてもらってるッス」
何の躊躇いも無く猫山は言う。
「! あなたね!」
バンッと母親が机を叩いた。
湯呑が、震える。
「何を考えてるの!? あんな年で不登校になって、ただでさえ精神的にも肉体的にも弱いのに、より弱くなってしまうのがわからないの!? 私が頼んだのは、『ちゃんとした教育環境を与えられる人材』だったはずでしょう!?」
「ええ。だから、『ちゃんとした教育環境を与えられる人材』のところにコトリちゃんをお連れしたんスよ?」
怒鳴られても、猫山はどこ吹く風。悠々と茶を啜って、「あ、奥さん。このお茶美味しいッスね。どこのッスか?」などと言っている。
「ふざけないで!」
「いや、ふざけてないッスけど?」
猫山は、冷たい眼で母親を見た。
「私、まず言ったッスよね? 『うちの会社の第一のお客様は、お子さんです』って。なら、お子さんの望みが優先順位第一位になるに決まってるじゃないッスか」
「この……っ」
「その上で、ちゃーんとコトリちゃんに『良い教育』を与えられる人たちを、あなたの遠縁の中から選んで、こうしてお連れしたんッスよ。ここでコトリちゃんは、文系科目をぜんぶ教えてもらえますし、何となれば学校より深い知識を得られる。理系科目も、ここらじゃ有名な、頭の良いお人のお家で学んでるッス。このあいだコトリちゃん、『算数と理科が好きになって来た』って嬉しそうに言ってたッス」
学校ばかりが教育じゃないんスよ?
猫山が、ふんと鼻で笑って言った。
「あなた方はそれでいいと思っているんですか!?」
母親の矛先がこちらへ向く。何と答えたらいいものか、とまごついていたら。
「……一般的に見れば、まあ良くないんだろうね」
何でもない風に百さんが言った。
「でも、あの子の性質上、どう見たって学校教育が合っているようには見えないのもまた事実だしね」
さらっとした、そりゃ洗濯物は外で干す方がいいだろうけど明日も天気は雨だし中で干すしかないよね、くらいの物言いだった。
「それを鍛えなきゃいけないのが大人の」
「鍛える前にぽしゃったら意味がないと思うのだけど」
百さんが、不思議そうに首を傾げる。
心底きょとんとした様子に、相手を馬鹿にする気配は無い。無いのだが、それは付き合いが長いからわかることであって、初対面の人間からしたら大体馬鹿にしているように捉えられる。
「この……っ、馬鹿にして……っ」
案の定、母親は頬を引き攣らせて怒りのボルテージを上げている。
見知らぬおっさんに馬鹿にされたとなったらそりゃ人は怒るだろう。
そして困ったことに百さんは何故相手が怒り出すのかよくわかっていない。
「……?」
自分が不思議に思ったことをそのまま口に出しただけなのに、どうしてそんなに怒るのだろう? と言いたげに眉を顰める。……この人のこういう子どもっぽい正直さはいいところでもあり、慣れぬ人相手には悪いところでもある。
(まあ、物書きって人種はたいていこんな人らばっかりですけどねー)
自分も含め。
と僕が傍観していると。
「あなた、あなたね! こんないい加減な人たちに娘を預けたの!」
あ、これは勘違いされているな、と思ったが、この勘違いの方がまだマシだろうかと思い黙っていた。
しかし。
「ああ、私じゃないよ」
百さんが首を振る。
「コトリちゃんの育ての親は、彼だよ」
そして、手のひらで僕を示した。
「……」
百さん。出来れば空気を読んで欲しかった。……いや、百さんの場合は、読んでいたとしても「知らんがな」と本当のことを言う。決して場を荒らしたいとかそういうつもりではない。ひたすらに「嘘を吐くのが下手だから、まあ吐かないでおこう」と思っているだけなのだ。
母親が、僕を見て目をむく。
「こんな、いい加減そうな若い人が?」
うん、いい加減なところは否定できないけれど。
「……もう三十三、今年四になるんで、そんなに変わりない思いますけど」
「失礼ですが、ご職業は?」
「はあ。童話作家です」
作家……と言って、訝しげに僕を見た。
「僕、というより、この春に亡くなった僕の妻が、コトリちゃんを引き取る予定だったんです。でも妻が亡くなったさかい、代わりに僕が今面倒見させてもうてます」
「この蝶之助さんの奥さんの一花さんが、コトリちゃんの遠縁、つまり不知火さんの遠縁になるってことッスね」
不知火さんの父方のひいおじいさんの妹さんの娘さんが嫁いだ先が一花さんのご実家ッス。
と猫山は流れるように言った。
……よくわからないが、それはほとんど他人ではないかとこの場にいる全員が思ったに違いなかった。
「……ということは、別にあなたが引き取りたくてあの子を引き取ったわけじゃないのね?」
母親に問われ、僕は、ぐっと黙る。確かに、それはある意味で事実だったからだ。
「それなら、なおのこと、こんな人に任せておけません。あなただって嫌でしょう。あんな手のかかる厄介な子は」
「! ちょお待って下さい。コトリは厄介な子なんかじゃ」
「あ……」
そのとき。部屋にコトリが入って来た。
急いでシャワーを浴びて、慌てて髪を乾かしたのだろう。まだ髪に水気がだいぶん残っている。
「まあ、コトリちゃん。そんな濡れて……」
「小鳥!」
「っ」
奥さんがコトリを心配して立ち上がるより先に、母親が鋭い声を上げた。びくっとコトリが震える。眼には、隠しきれないほどの怯えた色。「コトリ」と僕も彼女を呼んで手を伸ばすが、コトリはこちらを見ずに、母親を凝視している。
「何でそんなトロくさいの! さっさと上がって来なさい! 他人様の家のお風呂なのに!」
「ご……ごめんなさい……」
「まあまあ、そんなことはいいんですよ。それよりコトリちゃん、ちゃんと乾かしていらっしゃいな。そんな急がなくても大丈夫だから」
「いいえ、結構です。……小鳥」
自分の荷物をまとめて来なさい。
母親の言葉に、僕とコトリが、
「え?」
と同時に声を上げた。
「ここにあんたがいたらご迷惑だから、連れて帰ります。そういう話になったから」
「ちょ、ちょお待てや! そんな話、してへんやろ!」
僕を見て、母親は何故か心外そうな顔になる。
「亡くなった奥さんが話を進めていたのであって、あなたではないのでしょう? なら、先ほども言った通りご厄介をおかけしまして、本当に申し訳ありませんでした。小鳥は今日連れて帰ります」
話が通じへん、と、ぞっとした。
何より、小鳥が現れた瞬間に、何故この人はこうも勝ち誇ったかのようにふるまうのか。
「小鳥、何ボサッとしてるの! 早くしなさい!」
「わた、私……ごめんなさい……迷惑を……」
蒼い顔のコトリに、僕は慌てて首を横へ振る。
「ちゃう、ちゃうでコトリ」
「わかってたことでしょう、何べんも言わせないで、さっさと用意してきて!」
僕を遮って、母親は強くコトリを叱りつけた。
勝手に決めつけんなや。
いい加減、腹が立って口を開こうとしたが。
「……スカマル・ブランさん」
静かに猫山が廊下に向けて声をかけたことにより、それは叶わなかった。
「そこにいらっしゃるッスね?」
「……よくお気づきで」
廊下から、ひょっこりとマルさんが現れた。どうやら、ずっと聞き耳を立てていたらしい。
……そうか。マルさんは、今日休みか。確か創立記念日だったか。
「申し訳ないんスけど、コトリちゃんをちょっとの間、ブランさんの部屋で預かってくれないッスかね? くわしくはあとでお話しますんで」
マルさんは、ふむ、と頷くとにっこり笑って、
「あいわかりました。……コトリさん」
私のおへやで、おはなししましょう。
そう言って、マルさんはコトリの小さな手をそっと取って、この場から連れ出した。ちらと僕を見たので、僕は、お願いしますの意味をこめて微かに頭を下げた。
「ちょ、ちょっと……!」
「今からする話は、コトリちゃんに聞かれたくないだろうと思ったから、出てもらったんスよ?」
追おうとする母親を制して、猫山は言う。
「……あんた、コトリちゃんを虐待していた疑惑がかかってるの、知らないんスか?」
「!」
ぎくっと母親の動きが止まった。
「前に住んでいたアパートの住人に聞き取り調査を行ったら、上下左右、どの住人さんも『コトリちゃんの泣き声をよく聞いた。虐待を少し疑った』とか『閉めだされて泣いているコトリちゃんを何度か目撃したことがある』とか『手を上げてるのを何度か見た』とか、みーんな言ってるんスよね」
猫山が、ニイィ、と笑みを深める。
「そうそう、聞こえて来る言葉もなかなか酷いって話でしたねぇ。コトリちゃんを否定するようなことしか言わないとか」
「何が言いたいの」
「このままコトリちゃんを連れて帰ったら、訴えるべきところに訴えようかなあと」
ぶるぶると母親が震えた。怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。
「あんた……あんた……何を勝手に」
「勝手に? ご冗談を。ちゃーんとコトリちゃんには許可をもらってるッスよ。顧客のことを調べるのは、当社のモットーッスから。より安全に、よりお子さんに合ったご家庭を提供するために、ね」
「何言って、客は私……っ」
はあ、と猫山がわざとらしくため息を吐いた。
「何度言ったらわかるッスか。最初から言ってるッスよね。『当社のお客様はお子さん』だって。あんたは金を出してるだけ。そこんとこ、間違ってもらっちゃ困るッス」
「金を受け取っておきながら!」
「いいッスか? あんたが払った金は、ある意味で口止め料ッス。あんたがコトリちゃんにやって来たことを黙っている代わりに、コトリちゃんがより良い家庭に出会うためのお金を払う。……そういう契約ッスから。これ」
それに、と猫山は微笑んだ。
「あんただって最初は大喜びだったでしょう? 私が営業に来たとき。『実家には預けられないから助かる』って、喜んでコトリちゃんを手放して、海外に飛んだじゃないッスか」
「この……っ」
ニヤニヤと笑う猫山を見て、なるほどと思う。
本当の顧客が『子ども』で、金を支払うのが『親』というシステムは、どういうものかと思えば、そういうことか。
営業に、などと言っているが、そちらが先か怪しいものだ。何なら、コトリへの接触の方が先である可能性が高い。
そうして『顧客』を見付けて、その『顧客』の『親』からは口止め料的に金を貰うというシステムなのか。
『お子さんからご不満が来たことは無い』
たぶん、そこは本当にそうなのだろう。そこは確かにその子どもに合った安全で安心な家を見付けてくるのだろう。その子を本当に必要として、大事に育ててくれる『家庭』を。だが、金の払い手である親からは、もちろん不満が来る。だが、それすらもこのようにして封じているのだろう。
……『虐待』を訴えるぞという形で。
(いやこれ、ほとんど脅しやない……?)
大丈夫か、これ。
「なに……何なの……ぜんぶ、私が悪いって言うの?」
母親が苛々と言う。
「違うでしょ!? あの子が! 普通の子じゃないから! 普通の子が出来ることを出来ないから、駄目な子だから……っ!」
ヒステリックに、
「あの子がどうしようもない人間だから、悪いんでしょ……っ!」
そう、叫んだ。
*