表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/37

第9話 再会


 イングランド北西部にある湖水地方は、氷河期の名残りを留めているらしい。氷河に削り取られた大地に水が溜まり、大小様々な湖になったのだという。氷河そのものが、溶けて水になったかのよう。


 景観の美しいところで、ロッテでなくとも一度は訪れたい場所だ。怪しい連中に追いかけられている最中に観光でもないと思うが、水と草木が織りなす風景に心が和む。


 次に泊まることとなったのは、湖畔の古城といった雰囲気のホテルで、およそ百五十年前に、当時の実業家が趣味で建てたもの。


 ホテルの入口を抜けてすぐに広いロビーがあり、落ち着いた調度品に、暖炉とシャンデリア。あたたかい照明の下、ゆったりとしたソファに、ちょこんとネヴァンが座っていた。


 向こうも驚いていたが、こっちも驚いた。一期一会、一度限りの出会いかと思いきや、まさか次のホテルでも一緒になるとは。


 真っ赤な目を見開いて嬉しそうだ。


 強面の爺さんは近くにはいない。また会えたわね! と、ロッテが駆け寄る。ゲイルがチェックインの手続きをしている間、なんの話か、ネヴァンと二人で盛り上がっていた。ひとしきり話し終えたところへ、


「また、おまえたちか」


と、不機嫌そうな声だ。顔を見なくてもわかる。ネヴァンの連れの爺さんだった。


「そうよ、またあたしたちよ」


 なぜか胸を張って言う。そんなロッテを見て鼻を鳴らしていた爺さんだったが、不意に片膝をついてソファに寄りかかり、ゼーゼーと苦しげな様子だ。

 大叔父様! と声をあげてネヴァンが駆け寄り、爺さんの懐を探って薬を取り出した。手を添えて、爺さんの口に含ませる。


 しばらくすると落ち着いたようで、爺さんは、ネヴァンの手を振り払って、かくしゃくとした足取りで洗面所へ向かった。僕は、後を追って行こうとするネヴァンを呼び止めた。


「さっきのは何だ? なにか持病があるのなら、病院へ連れて行った方がいいんじゃないのか?」


「病院は、その……」


「なにか事情があるなら話してみろ」


「そうよ!」

 と明るいロッテの声が響く。「苦しいことも辛いことも、口に出せば軽くなるものよ。それに、せっかくお友達になったのだもの。ネヴァンの力になりたいわ。いいえ、力にならせてくれなきゃ、邪魔しちゃうわよ」


「どんな理屈だ。だが、こいつは言い出したら聞かないぞ。話すだけでも話してやってくれ」


「まったくです」

 とゲイルも。「先ほどの御様子、尋常ではありませんでしたな。お話しください。御嬢様は意志が強くていらっしゃるので、逃げられませんぞ」


 なかば脅しのようになっているが、ネヴァンは大叔父との旅について語った。


「大叔父様は少し前まで入院していたんです。それを、無理を言って抜け出すようにして湖水地方へ。

 詳しいことは聞かされていませんが、昔、世話になった方がおられるとか。明日にもそちらへ伺う予定なのですが、時折、ああして発作を起こされるのが心配で。付き添いがわたしだけだと……」


 と心細そうに。それを聞いたロッテが、間髪おかず声をあげる。


「それなら!」


「それならって、なんだ?」

 と僕。嫌な予感しかしない。


「それなら、あたしが一緒に行くわ!」


 ……これだ。おかしな連中に追われている自覚がない。一応は善意から出ている言葉だけに、あからさまに否定できないし。

 ロッテを溺愛するゲイルは、さすが御嬢様、お優しいことで、と涙ぐんでいるし。ここはひとつ物の道理というものを、と口を開きかけたところに、


「小娘が、余計なお世話だ」


と、不機嫌そうに爺さんが割って入ってきた。


「ネヴァン、余計なことを喋るな。途中で死ぬなら、それまでというだけのことよ。こんな連中の付き添いなんぞいらんわ。どうせ金目当て、下心からの言葉だ。もっと人を疑うことを覚えよ」


「ちょっと待て、爺さん」


 そのままにしておけば良かったものを、思わず、感情が口をついて出てしまった。


「さっきから聞いていれば勝手なことを。金目当てだの下心だの、ロッテの馬鹿に、そんな気持ちがあるわけないだろ」


「なら、どういう気持ちからだ?」


「友達だからだよ。ネヴァンが心配だからついて行くんだ。勝手にさせてもらうぞ」


「ふん、好きにすればよかろう」


 爺さんがきびすを返し、珍しく黙ってやり取りを聞いていたロッテが言う。


「パン、ありがとう」


「礼などいらんわい。つい腹が立ってな」


「ふぅん、あんたには下心がありそうだけどね」


「んなもん、あるか! ちょっとだけだ」


「ちょっとはあるんだ……」


 あきれた様子のロッテはさておき、翌日には爺さんとネヴァンについて出かけることとなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ