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第8話 ロビーにて


 さてはて、思いのほか長い話となった。


 こうしてロッテとゲイルに出会ったわけだ。その時は、こうまで長い付き合いになるとは思わなかった。


 ピサールやオイフェは、しつこく僕らの後を追ってきている。奴らの狙いはロッテの魔剣らしいが、なぜ狙われているのかはわからない。

 慈悲の剣、ミセリコルデというのは剣の種類で、ロッテの魔剣に固有の名前はない。最初の出会いで見たのは、ロッテが影に魔剣を突き立てたところだった。どうやら超自然のモノを始末し、それを喰らうようだが、詳しいことはわからない。


 と、そこで、頑固そうな爺さんの声で思考を中断させられた。ホテルのフロントで、対応が悪いのなんのと、がぁがぁ喚いている。


 あまり関わり合いになりたくないと思っていたのに、爺さんは僕らのいるロビーにやってきた。近くのソファに座ってタイムズを読み始める。


 連れのロッテやゲイルが問題を起こさないように祈るのみ。ところが、そうは問屋が卸さない。余計なことをしたのは、ハイネ家の令嬢、シャルロッテ・ハイネ、愛称ロッテ、その人だ。


 先の爺さんには連れがいて。孫娘だろうか、ロッテより二つ三つ幼い十歳くらいの少女がちょこんと座っていたのだが。伏し目がちの少女の顔を無遠慮に覗き込んで言ったものだ。


「まあ、真っ赤な目ね。綺麗」


「無礼な娘だな」


 爺さんが吐き捨てるように言う。真っ赤な目をした少女も、ますます縮こまるようにするが、そんな雰囲気など、どこ吹く風。


「あら? 綺麗なものを綺麗と言って、なにがいけないの?」


「ふん。人には様々な事情があるのだ」


「そんなの知らないわ。会ったばかりなのに、事情なんてわからないもの。だから、あたしは、あたしが思うことを言ったのよ」


「無礼なだけでなく、生意気な娘よ」

 爺さんは立ち上がって傍らの少女に声をかけた。「ネヴァン、私は荷物を片付けてくる。もう少ししたら出るからな。ここで待っておれ」


「はい、大叔父様」


 ネヴァンと言われた少女が素直にうなずいて応じる。かわいそうに。ひとり取り残されてオモチャにされるぞ。案の定、ロッテは、ネヴァンの赤い目に興味津々だ。本当に綺麗ねと言って、じっと見つめる。


「あ、あの……」

 恥ずかしそうにネヴァンが言う。「あの、わたしの目、恐くないんですか?」


「恐い? いいえ、とっても綺麗よ」


 うっとりした風に言うロッテだ。対して、ネヴァンの方は、あっけにとられたような、しかし、どこか嬉しそうな様子だった。見ていると、その赤い目から涙が流れ落ちた。


「あ、あれ、ごめんなさい。なんでだろう。涙が止まりません。わたしの目を綺麗だなんて、そんなこと言われたことがなくて」


「ふふ、とっても素敵。涙で濡れて、キラキラして。そうだ、庭へ出ましょう。その目に、もっともっと綺麗なものを見せてあげるのよ。そうすれば、もっともっと綺麗になるわ。きっと」


「おいおい、爺さんの話を聞いてなかったのか。そろそろ行くと言っていただろう」


「いいじゃないの。ちょっとくらい」


 と、僕の忠告を無視して、ネヴァンの返事も待たずにホテルの庭先へ連れ出した。


 ここは、イングランド北西部、湖水地方と呼ばれる自然豊かで風光明媚なところだ。ピーターラビットの生まれ故郷としても知られ、あちこちに綺麗な湖が広がっている。


 当然のように、このホテルの向かいにも小さな湖があり、庭先から、鏡のように静かな水面を眺めることができる。


 あまり活発ではなさそうなネヴァンの手をとって、ロッテが、あちこち引き回していた。はじめのうちは戸惑っていたネヴァンだが、少しずつ表情もほぐれ、笑みを浮かべて、仲の良い姉妹のようだ。

 ガラス越しに見ていても、二人が、湖面を走る風を味わい、草花の声を楽しんでいることがわかる。自然を体いっぱいに受け止め、喜びを知るという点について言えば、ロッテほどの人間を僕は知らない。だが、


「ネヴァン、なにをしている。行くぞ」


と、不機嫌そうな爺さんの声が響いた。ネヴァンの大叔父だ。ネヴァンは慌ててホテルに戻り、去り際、ロッテはもちろん、ゲイルや僕にまで何度も頭を下げて行った。嬉しげで寂しげな表情を残して。


 ネヴァンを見送った後、僕はロッテを呼んで、当然の苦言を呈した。


「おまえ、逃亡中だってことを忘れるな。誰彼かまわず、ほいほいと声をかけるな」


「あら、逃亡中は、おしゃべり禁止なのかしら。もしそうなら、その間は逃げる方をやめましょう。楽しくないもの」


「あきれたやつだな。少なくとも、何者かもわからん輩に、気軽に声をかけるのはやめておけ」


「えー? でも、声をかけなきゃ、何者かなんてわからないままじゃない」


「そういう話じゃないのだが。まあいい。そもそも、僕らはどこへ向かっているんだ?」


「さあ、わかんない」


「わかんないって、おまえ。そりゃないだろ。てっきり、何か目的があるのかと思ってたよ」


「目的はあるよ。次の目的地も」


「どこだ?」


「マン島。ちなみに、湖水地方は観光で来てみたかっただけよ」


 観光か! と突っ込みかけたのだが、不意にゲイルが立ち上がった。


「ゲイル、どうしたんだ?」


「いえ、ちょっと手洗いに」


 ふむ、と、そんなやりとりの間に、ロッテはいつのまにか庭先へ出ているし、ひとり、ロビーでくつろぐことにした。


 半目をつぶり、うとうとしかけていた目の端に、こそこそと外へ出ていくゲイルの姿が映った。手紙のようなものを持って。どことなく不審なものを感じたが、ちょうど眠りに落ち、そのことは、ずっと先まで忘れてしまっていた。


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