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第3話 魔都


 霧の都ロンドン。


 と言えば聞こえはいいが、実のところ、その正体はスモッグだったらしい。1952年に発生したロンドンスモッグは、1万2000人もの死者を出したとか。


 浪漫のカケラもない話だ。


 最近は、スモッグ対策も進められて、ロンドンが霧で覆われることも少なくなってきている。ところが、


 悪党〈だと思う〉に追われる美少女を助けに向かった先、ポッターズフィールズパークに入る辺りで、濃い霧がわきだし、視界を奪われてしまった。


 伸ばした手の先が見えないような霧の奥から、金属的な音が響いて。剣戟のそれか?


「いまどき剣でやりあうことなんてあるまいし。とはいえ、ほかに当てもない。行ってみるか」


 ということで、勇気あるパン少年、すなわちこの僕は霧の先へ向かった。ずっしりとした霧をかきわけて開けた場所へ。僕の目に飛び込んできたのは、


 高く、高く、飛び上がった少女。


 ほとんど人間業とは思えない跳躍をみせ、そのまま、足下の男に飛びかかる。牙を剥き出しにするような表情で、その少女、ロッテは、黒い短剣を男の胸に突き刺した。


 男の姿が揺らぎ、短剣に吸い込まれる。


 続けてロッテは、背後から襲いかかった別の男の剣を受け止め、弾き飛ばす。その男の胸にも短剣を突き刺した。幻ではなく、男は、陽炎のように揺れ、黒いもやとなって短剣に吸い込まれていった。


 ロッテは、僕の方へ向かってくる。


 魅入られたように目を離せない。白い霧を背にして迫るロッテは狼に似て。きらめく銀髪と瞳は、伝承のルーガルー、あるいはウルフヘズナルの如く。


「やっと見つけたぜ〜」


 と何者かが低い声で割って入ってくれなければ、僕もロッテに刺されていたかもしれない。


 ある意味、僕の命の恩人といえるその人物は、30歳前後の男性、だるそうな表情と喋りが特徴的で。走り回っていたのか、ひどく息を切らしている。そしてなぜか、フードを被った少女を背負っていた。


 危うく僕に襲いかかる寸前でロッテは足を止め、銀色に輝く目を細めて闖入者を睨みつけた。すっと短剣を納め、ため息をつく。


「しつこいなぁ」


 嫌そうにつぶやくと、横目で見た先に初老の男、一緒に逃げていたゲイルが立っており、視線に応じて頷くと、その背中から、ゆらゆらと黒い霧状のものが立ちのぼり、二つの形をとった。


 闇から溶け出したような、大鴉と馬だ。


 ロッテとゲイルは、それぞれ真っ黒な大鴉と馬に飛び乗った。あ、待て! と呼びかける男性の声に、やだよ〜と返して霧の中へ飛び込んでいった。くそっ!と 悔しがる男性の背で、少女がもぞもぞと動いた。


「あーあ、逃がしちゃったねぇ」


「誰のせいだと思ってやがる。オイフェ、早く降りろよ」


「えー、やだよ。寒いし。ピサールの背中、あったかいんだもん」


 これが、以後、ある意味で長いつきあいになる、オイフェとピサールとの出会いだった。じつは、もう一人いるのだが、それはさておき、僕は当然の疑問を口にした。


「おまえたち、いったい何者だ?」


 ロッテとゲイルのことも含めての質問だったが、ピサールは、ジロリと睨むだけで答えない。それなら、と質問を変えて。


「どうして、負んぶしながら人を追いかけているのだ?」


「……うるさいな。事情があるんだよ。巻き込まれたくなければ、あっちへ行ってろ」


 そう言うと、ピサールは天を仰いで空に向かって呼びかけた。


「おい、エヴァ! 出番だぞ。すぐに来い。まだ遠くへは行っていないはずだ。追いかけるぞ」


 応えて、上空からばさばさと羽ばたいて降りてきたのは、伝説にみる飛竜だった。巨大なトカゲに翼が生えた例の奴だ。僕は、言葉もなく、飛竜が巻き起こす激しい風にあおられていた。


 地上に降り立った飛竜は、巨大で、炎のように紅く、霧の中に生じた爆炎のようだった。エヴァと呼ばれた飛竜の背に、ピサールとオイフェがよじのぼる。


 風を捲いて、飛竜が空高く舞いあがった。


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