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第16話 聖デイヴィッド大聖堂


 マン島でのハロウィンを堪能し、その後、島を出てウェールズに来ていた。


 旅の目的はどうなったのか? じつのところ、どうにもならなかったのだ。ロッテの持つ魔剣を納めるために、各所の聖地を回るのだと言っていたが、マン島では目的は叶わなかったらしい。次に選んだのがウェールズの聖地で、セント・ナンの泉を訪ねるも、思うような結果は得られなかった。


 ロッテが持つのは、現代に残る最後の魔剣だ。精神を司り、人を廃人にするも、操り人形にするも自由自在という。それが本当なら怖い話だ。変な連中が追いかけてくるのもわかる。現代にあってはならない物として葬り去ろうとするのも無理はない。


 どういう理屈で聖地を選んでいるのか聞くと、ロッテは、夢の中で魔剣がささやくのよ、なんて言っていたが、疑わしいものだ。


 だが、時には寄り道も悪くない。


「おい、ロッテ。ちょっと聖デイヴィッド大聖堂に寄って行かないか? セント・ナンとも関わりのあるところだし、聖歌を聞いてみたい」


「へぇ、寄り道しようなんてめずらしい。どういう風の吹きまわしかしら」


「ここの聖歌隊は、少女と男性で組まれていてな。一度、聞いてみたかったんだ」


「いいわ、寄って行きましょう」


 というわけで、夕べの祈りを聞く機会を得た。キリスト教徒でなくとも、聖歌には、美しさや優しさを感じることだろう。


 また、機械を通して聞くのとは違う。


 灯りを落とした古い教会で、ふうわりと浮かびあがる少女たちの声が煌めいては消える。それは、まるで儚い星くずのよう。落ちる先は、深い、暗い海だ。男性の重く力強い声が、消えていく声を受けとめる。救われた少女たちは、再び翔び立つだろう。


 歌の終わりとともに、どこかに行っていた心が帰ってくる。新しい魂に満たされるようにして。


「きれいな歌声だった。心が洗われる」


「洗われて、消えちゃうんじゃない?」


「ばい菌じゃないわい。この僕は、常に、清く正しく美しいのだ」


 などと言いながら教会を後にしようとしたとき、遠目に、ものうげに壁にもたれる少女の姿があった。短い金髪に、少年のようにもみえる未成熟な体つき。アンバランスな中に奇妙な美しさがある。その妖精のような少女は、よく見ると……


「おや、さっき歌っていた少女じゃないか。はぁ、可憐だ。サインをもらってこよう」


「アイドルじゃないんだから。やめておきなさいよ」


「うるさい! 僕の心は翔び立つブロークンハート、おお、うるわしのきみよ」


 あきれた様子のロッテをおいて、少女の方へ走っていくと、同じく聖歌隊にいた男性と何やら言い合いになっていた。


「今日もひどい歌声だったわね。こんなので海外へ行こうなんて、うぬぼれもいいところだわ。あんたなんて世界に通用しないわよ」


「そんなのやってみなけりゃ分からないさ」


「ここにいた方がいいんじゃないの? これ以上、恥をかかないで済むように」


「むっ! 言いやがったな」


「言ったわよ。へたくそ!」


 くるりと振り向いて走り出した少女に突き飛ばされた。その時、少女の目に涙がたまっているのが見えた。もちろん後を追うしかないだろう。


「どうしたんだい、セニョリータ!」


 あんた、どこの国の人? と、ロッテの突っ込みを受けながら少女を追いかける。追いついた先で、ちゃっかりサインをもらった上で事情を聞いてみた。


 少女の名前は、ネス。


 どうやら、同じ聖歌隊のザックという先ほどの男性に片想いをしているらしい。それなのに、彼が音楽活動のために海外へ行くという。その前に想いを伝えたくても、ついつい喧嘩腰になってしまうとか。


「よし、ここはひとつ僕に任せろ」


 というわけで、台本を考え、想いを伝える練習につきあってやった。


「いいか、僕をザックと思って練習だ」



【テイク1


「やあネス、おはよう」


「なにが、おはようよ。呑気な顔しちゃって。朝から間抜け面を見せないでくれる? こっちまで気が抜けちゃうわ」


「なんだとお、って、ダメだろ」



【テイク2


「やあネス、今日はおつかれさま。いつも通り綺麗な歌声だったね」


「はあ? なによ? 綺麗なのは歌声だけっていうんでしょ。失礼な男ね。歌声すら不細工な奴に言われたくないわ。今日も超絶にへたくそだったわよ」


「なんだとお、って、ダメだってぇの」



 何度やっても同じで、思わず疑問を口にした。


「本当にザックのことが好きなのか?」


「好きよ!」


「こんな罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせて?」


「好きったら、好きなの! なによ、人の気も知らないで! この、この、こうしてやる!」


 完全な八つ当たりで叩きのめされた僕を見下ろし、憐れむようにしてロッテがいう。


「仕方ない。あたしに任せなさい! とにかく素直に、きちんと話さないと」


「それができれば苦労はないもの」


「だいじょうぶ。話せるようにしてあげる。あなただと分からないように話せばいいのよ。つまりね……」


 と、なにやら悪巧みの雰囲気だ。


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