第14話 英雄のために
ネヴァンの大叔父が亡くなり、沈黙と静止の病室。その外から、探したぜ〜と声が聞こえた。
ロンドンで出会って以来、ロッテを追いかけ続けている男の声だ。例の魔剣を狙っているらしいが、どうしてここへ、と思っていると個室のドアが開き、疲れたような表情のピサールの姿がみえた。
廊下では、ゲイルが床に倒れており、フードを被った少女がその背中を踏みつけて立っていた。顔は隠れているが、口元だけで得意げにいう。
「んっふっふっ〜。このオイフェさんにかかれば、こんなものですよ」
「おまえは見てただけだろうが……」
まあいい、と言って、ピサールが部屋の外から見知らぬ男を招き入れた。
「遺言執行人だとよ。廊下でうろうろしてたから連れてきてやったぞ」
どうやら、爺さんが生前に手配しておいたらしい。ごろごろ人が倒れている中、おっかなびっくりネヴァンの名前を確認する。
そのやりとりを見守りながら、ピサールはロッテの持つ魔剣を注視している。ゲイルを助けて逃げ出そうとしていたのだが、まるで隙がない。そんな僕らの気持ちを見透かしたようにいう。
「そう焦るな。厳粛な場面のようじゃないか。もう少し待ってやるよ。意外と紳士なんだぜ〜。後で、ちょっとばかり、おつきあい願えないかね」
言いながら、ゆらりとロッテに迫る。でも、とロッテが笑って応じた。
「でも、ちょっと歳が離れているから……」
ねぇ? と、同時に魔剣を投げつける。それは、身構えるピサールではなく、倒れているゲイルの頭に突き刺さった。その体がビクンと跳ねる。
「うわ、やばぁい」
と、オイフェが口元を押さえた。
「これ、死んだよ。うわ、うわ、ぶっ刺さってる。いやあ、こわいねぇ。現代社会の闇だねぇ」
などと言いつつも、ゲイルの背中を踏みつけたまま、退く気もないらしい。ところが、
ゲイル!
とのロッテの呼びかけに、倒れていたゲイルが、がばりと起きあがった。頭には魔剣が刺さったままだ。
背中を踏みつけていたオイフェが、ひゃあ、生き返ったぁ、と笑いながらひっくり返る。その隙に部屋を飛びでた。ネヴァン、また連絡するわ! とロッテの言葉を残して病院を後にする。その後、どうなったのか? 後日、ネヴァンから聞いた話だ。
遺言執行人は、その務めをしっかり果たしてくれたらしい。また、僕らを取り逃がしたピサールとオイフェは、さして残念そうでもなかったとか。
「その目……」
と、ピサールがネヴァンの赤い目を見つめる。
「バンシーの目か。つらいことも多いんじゃないか。どうだい、俺たちの仲間にならないかい?」
そう誘われてネヴァンは、いいえと首を振った。
「いまは、この目を誇りに思っています」
「そうかい。なら、その方がいいだろう。
バンシーは、死と再生への祈りを込めて、去りゆく英雄のために泣くんだ。そこの爺さんは、あんたの英雄なんだろうな」
「はい!」
元気よく応じるネヴァンに被せるように、のんびりとしたオイフェの声だ。
「ちょっと〜。なにのんびりしてんのさ。遠くへ逃げられちゃうよ?」
「のんびりねぇ。おまえには言われたくないぜ〜」
病室の窓の外に、ばさばさと激しい羽ばたきの音が聞こえたという。エヴァと呼ばれていた飛竜だったのだろう。ネヴァンの見守るなか、ピサールとオイフェとを乗せて、紅い竜は夜の闇へ消えていった。




