第13話 病院にて
湖水地方から、そう遠くない西海岸の街。
目的地のマン島に近づいていることだけが救いだ。大きな総合病院に、ネヴァンの大叔父、例の爺さんが入院しているらしい。らしいと言うのは、まだ面会できていないからだ。面会謝絶だという。
心臓が悪いという話だったが、受付では、面会はできない、部屋も教えられない、詳しいことは親族の方に聞くようにとの冷たい対応だった。もちろん、聞いてみたところで、色良い返事があるわけもない。
面会はさせない、しっかり面倒はみているとの一点張り。ネヴァンと一族とは無関係なのだから、と。けんもほろろの対応に、涙をのんで引き下がるしかない。僕らと一緒でなければ。
正確には、ロッテと一緒でなければだ。世の常識、規則、法律、いずれも大切なもの。遵守するべきものに違いない。しかし、常に正しいとは限らない。
どうなったかというと。
受付嬢に金を握らせて部屋を聞き出し、ゲイルの大鴉に乗って、夜陰に紛れて病院の屋上へ乗り込んだ。静かに病院内へ、と思いきや、ドアに鍵がかかっていて容易に開かない。なんとか解錠しようと四苦八苦していると、早く行きましょうよとのロッテの声。続いて、かしこまりましたとゲイルの声が響くと同時に、屋上から階下へ向かうドアが吹き飛んだ。
「ば、ばか! これじゃあ、不審者です、捕まえてくださいと叫んでいるも同じじゃないか」
「さっさとドアを開けないからですよ」
やれやれといった身振りでゲイルが言う。傍らには、人の背丈以上の大鴉と八本脚の黒馬。一見して普通の生き物ではないとわかる。ドアを蹴破ったのは八本脚の黒馬だ。守護精霊とかフィルギャというらしいが、そんなことはどうでもいい。
大きな病院であれば、当然、それなりの警備体制があるはずだ。機械警備か業者委託か宿直か。すぐに駆けつけてくるだろう。しかし、
「とにかく行くわよ!」
とロッテが宣言し、ネヴァンの手をとって階下へ向かった。やれやれだ。
恐ろしいことに、ロッテもゲイルも、まるで後先を考えていなかった。警備員を投げ飛ばし、職員を突き飛ばして前へ進む。まったくの無法者である。さらに、爺さんの付き添いをしていたのか、騒ぎを聞きつけて病室から出てきた親族の男に、ざっくりと魔剣を突き刺したのだ。
思わず目をつぶってしまう。しかし、おそるおそる目を開けると、倒れ込んだ男には出血どころか傷跡もない。ロッテが、いたずらっぽく舌を突き出す。
「びっくりした? この剣は人の体を傷つけることはないのよ」
そう聞いて、ほっと胸をなでおろした。だが待てよ、
「体はってことは、精神的に死ぬとか、廃人になるとかじゃないだろうな」
「だいじょうぶよ。気を失っているだけ。やろうと思えば、廃人にだってできると思うけどね」
ちょっと怖いそんなやりとりを背に、開いたドアの隙間からネヴァンが個室に飛び込んでいった。僕らも続く。ただ、ゲイルだけが室外に陣取った。
「邪魔はさせません。外は私にお任せを」
と、素敵なセリフを吐く。そもそもおまえがドアをぶち破ったのが原因じゃなかったか。だが、まあいい。とにかく中へ入ろう。
室内には、疲れた様子の爺さんと、そのベッドを取り囲むように親族の連中だ。焦ったような、驚いたような声でネヴァンを非難し、追い出しにかかるが、バタバタと倒れ伏す。ロッテの仕業だ。魔剣で突き刺され、気を失った連中の間をぬって、ネヴァンが爺さんに抱きついた。
「大叔父様!」
「ネヴァン、無事だったか」
ほっとしたように応じる。ネヴァンの頭をなでながら、険しい表情が和らぐ。ひとしきり再会を喜び、顔を上げたネヴァンが、その目から赤い涙を流した。
「赤い涙か。もうそろそろなのだな。おまえのおかげで、思い残すことなく旅立つことができる。死期を知らなければ、わしは最期まで湖水地方を訪ねていくことはなかったろう。あの人の孫娘に出会うことも」
ありがとう、と伝える爺さんに向かって、いやいやをするようにネヴァンが首を振る。爺さんは目をつぶって静かに続けた。
「おまえの両親を駆け落ちに追い込んだのはわしだ。相談を受けて助けてやるどころか、告げ口するように家族に教えてしまった。結果、駆け落ちと勘当だ。かつて自分に強いられたことを、二人にも強いてしまった。心の狭く、弱い、わしを許してくれ」
「大叔父様は、わたしを温かく迎えてくれました。許すも許さないも、感謝しかありません」
ネヴァンの頭を爺さんが優しくなでる。その腕から力が抜け落ち、動かなくなった。ネヴァンに抱きしめられながら逝ったのだ。最期をみとるという望みは果たしたわけだ。
……しばし経って、静かな時を破ってドアの向こうから、聞いたことのある声が響いた。
「へーい、久しぶりだなぁ。探したぜ〜」




