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第10話 湖畔の家


 ネヴァンと、大叔父の爺さんと、ひょんなことから旅連れになった。ほとんどはロッテのせい。ほんの少し、僕のせいでもあるが。


 爺さんの訪ね先はそれほど遠くないということで、ぞろぞろと歩いて向かっている。しかし、運動不足の僕にとっては遠かった。


 昨夜、持病の発作に襲われて脂汗をうかべていたくせに、爺さんは、うしろも見ずに、とっとこ、とっとこ歩いていく。華奢にみえたネヴァンも健脚で、文句ひとつ言わずについていくし、ロッテの馬鹿はいうまでもない。なんだかんだ言ってたゲイルは、万一に備えて車を手配しておきます、などと、もっともらしい口実でホテルに残りやがった。


 僕のようなインテリに体力仕事は向いてないのだ。しかし、啖呵をきった手前、音をあげるわけにもいかず、ひぃひぃ言いながら、なんとかついていった。そこには昔ながらの集落があり、すこし離れた湖畔に、ちいさな家があった。観光客向けなのか、家の脇には古いボートハウスや水車小屋がならんでいる。


 どうやら目的地に着いたらしい。


 立ち止まった爺さんの視線の先に、粉袋を運ぶ若い女性の姿があった。純朴な服装に温和な表情。美人でなくとも、あたたかい雰囲気だ。ぶしつけな爺さんの視線に気づいて顔をあげると、にっこりと微笑む。


 それを見た爺さんが誰かの名前を呼ぶ。肩を震わせて、泣いているようにも見えた。


 女性は、きょとんとしたように。次には、なにか納得したような、嬉しいような表情で、僕らを湖畔の家へと案内してくれた。


「びっくりしました。婆ちゃんの知り合いの方ですよね。急に婆ちゃんの名前で呼ばれて驚きました」


「いや、すまなかった」

 しおらしく爺さんが応じる。借りてきたネコのようにおとなしい。「あまりに、あの人に似ていたので。お孫さんなのかね?」


「ええ、そうですよ」


「それで、あの人はどこに? いまも、こちらにお住まいなのだろうか」


「あ、婆ちゃんは半年前に亡くなったんです。お墓まいりに来てもらったんじゃ?」


「亡くなった? そうか、そうだな。自分たちの歳をわすれていたよ。人はいつ亡くなるか、わからないものだな。そうと知っていれば、もっと早く来ていたものを。昔も今も、わしは自分のことしか考えていない。その報いがこれか」


 つらそうな様子の爺さんをなだめるように、女性が、ぽつりぽつりと話し出した。


「婆ちゃんから、一度だけ昔の話を聞いたことがあります。一生に一度は、本気の恋をするものだと。でも、それは往々にしてかなわない。

 いまの人と一緒になる時に、唯一応援してくれたのが婆ちゃんでした。その時に、昔のことを少しだけ。婆ちゃんが結婚したのは……」


 女性が口にした年を聞いて、爺さんが顔をあげる。


「その年は、わしが結婚した年か」


「やっぱり、そうなんですね。ずっと待っていたって。もし、その人が後から来たら、私は幸せになったって言ってやるんだって」


「そうか」


「婆ちゃんは亡くなってしまったから、私が代わりに言いますね。子供や孫にもめぐまれて、優しい旦那さんと幸せに暮らしていましたよ。最後まで、あの人が来たら言ってやるって笑ってました」


「あの人らしいな。そうか、いや、ありがとう。あなたから話を聞けてよかった。あの人が幸せだったなら、それでいい」


 涙ぐむ爺さんだったが、不意に咳き込み、脂汗を流して苦しみ始めた。昨夜と同じ発作なのだろう。薬を飲ませて、しばらくすると落ち着いた。


「騒がせたな。では、墓まいりだけ行かせてもらって、ホテルへ戻るとしようか」


 しおらしい様子で言うものの、言いにくそうに女性が口を開いた。墓地は遠く、歩きでは無理だとか。それなら仕方がないな、と寂しそうな爺さんの肩に手をおいて。力強く言うのは我らがロッテだ。


「行きましょう、墓まいり!」


「おいおい、遠いって言ってただろう? 話を聞いてなかったのか。爺さんの病気だって心配だろうに」


「聞いてたし、心配なのは一緒よ。でも、行かなきゃ、死ぬ時に後悔するわ。きっと」


「わしも、行けるものなら行きたいが、しかし、これ以上のわがままはやめておこう。自分のことばかり考えていてはな……」


「あら、いいじゃない。誰だって自分のことを考えなきゃいけないわ。そうじゃないと、本当に人のことを思えないもの。あたしは誰かのためじゃなく、自分のために、みんなで墓参りに行きたいの」


 しかし、と迷う僕らの耳に、車のエンジン音が聞こえてきた。ゲイルが車で迎えに来たのだ。


「ほらね、あたしだってバカじゃないのよ。ゲイルが、こんなに長い間、あたしから離れていられるわけがないもの」


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