第1話、ENCOURAGE解散
水色の空にシャープの月が出て、きらきらの音符と、黒の音符がきれいに交差し合っている異世界の名はミュージーンです。
地球人の進実渉夢がオルゴール殿で仲間たちと地球へ帰ってから3年後の月日が流れた後のことになります。
異世界ミュージーンはピースたちENCOURAGEの解散で騒ぎになっていました。カメラを首にかけたマスコミのリスたちから逃れるため、ENCOURAGEは、騒ぎが落ち着くまで関係者のキリンの家に泊まっていたのでした。
ところで、ENCOURAGEの解散理由ですが、ピースたちの会話で理由が分かることになります。
「何でこんなタイミングで解散なんだ? オレたち、ミュージーン中を回って、この異世界で暮らすみんなのことを元気にすることが目標だったんじゃないのか」
と、ENCOURAGE解散に反対だったピースが言うと、
「それはピース、君だけさ。僕は君のようにみんなを元気付けることが出来ない。過去に起こったデュールブの奴が起こした事件のことで、現に今も立ち上がれていない者が数え切れないくらいいる」
ENCOURAGEのリーダーのラビングが返事をしました。次にエフォートが口を開きます。
「ピース、分かっているだろう。オレたちが一緒に活動すること、そろそろ限界がきていることに。オレ、付き合っている彼女と結婚するし。ラビング、あんたもそうだろう?」
「ああ、もうすぐな」
「わたくしも、1年前から結婚が決まっていて……」
ディアルがピースに申し訳なさそうな表情で言ったあと、
「あたしも、今付き合っている彼からプロポーズされてオーケーしたばかりで……」
ファインドも下を向きながら言いました。そして、メイクとコンティーニュも、
「ぼく、コンティーニュと結婚するから」
「ピース、メイクと付き合っていたこと、黙っていてごめんなさい」
と、頭を下げていたのでした。
「………」
ピースがその後、何も口に出さなくなったことで重い沈黙が続きます。これはいけないと、ピースは首を振り、仲間たち1人1人にお祝いの言葉を掛け、仲間たちが寝ている間、キリンの家を静かに出て行きました。
キリンの家を出るとき、キリンに見つかったピースでしたが、仲間たちを起こさないよう、キリンに頼み自宅に戻りました。
自宅に戻った彼は、部屋で新曲を作ることにしますが、曲の良いアイデアが思い浮かびません。ピースは布団の中に一旦もぐってから顔を出し、そのまま寝てしまったのでした。
翌日、ピースは両親に断り、朝早くワールドタウンを出ました。いとこのオープは2年前からモッズドタウンのガラーカフェで住み込みで働かせてもらっているため、既にピースの自宅にいませんでした。
ワールドタウンを出た彼は、別の歌手グループに入って活動を考え、何組かメンバー入りを申し込みましたが、どの組も断られてしまいます。
ピースはワールドタウンの外れにあった花のパンの畑の前でぼうっと立ち尽くしていました。
しまいにはENCOURAGE解散とその理由のこと、新曲が思い浮かばないことで悔しさと悲しさと寂しさの感情が混ざり、花のパンの畑の前で座り込んでしまったピースです。
「オレ、終わりなのか? こんなかたちで終わるのか?」
と、地面に拳を叩いたとき、奇妙な音が聞こえてきます。
ピースは立ち上がり、音の聞こえた方へ行くと、花のパンを食べながら青いギターを膝の上に乗せて弾いていた少年がいました。
少年は大人っぽく、黒髪でメガネを掛けています。服装も黒の色が多いカジュアルな服装でした。
少年はピースの姿に気付くと、掛けていたメガネの縁を片手で直しながら立ち上がり、ギターもケースにしまい、どこかに行ってしまいました。
メガネの少年が行ったあと、ピースは人見知りの少年かなと花のパンの畑をあとにしようとします。そのとき、ピースの目の前にいきなり、今行ってしまったはずの少年が現れます。
「わっ!」
驚いたピースは尻餅をつきそうになっていました。
「僕、普通に来たが」
と、言った少年ですが、まだ驚いていたピースはどきどきしています。
「き、君、む、向こうの方へ行ったかと思ったよ」
「戻ってきた」
「あ、そうなんだ。でも、オレの前まで回り込むの早かったね」
「あんた、誰?」
黒髪のメガネの少年はピースの名前を尋ねました。
「オレはピチス・ロッビだ。ENCOURAGEのメンバーで、みんなからピースと呼ばれているよ」
「ピースか。ピース、ENCOURAGEって何?」
「え、君、知らないの?」
ENCOURAGEを知らない少年に目を丸くしたピースです。
「……ハイ」
「解散する前、オレたちENCOURAGEは人気があったんだ」
「解散は知ってる」
メガネの少年の言葉にピースは苦笑し、
「何だ君、ENCOURAGEを知っているんじゃないか」
と、言いました。
「いや、解散した歌手グループ名を知らなかった。まさか、ピースのいたところのグループだったとは。いやー、知らなかった」
少年は首を振り、そう言います。
「………だから、オレ、これからソロ活動。そういえば、君こそ誰?」
ピースはいら立つ感情を抑えながら、メガネの少年の名を尋ねました。
「トゥー・ギャザー」
「トゥギャザーね」
「トゥー・ギャザーだがな。ああ、トゥギャザーがいいか。うん、この名前の方がいい」
ピースの呼び方が早速、気に入ったトゥギャザーです。
「君って不思議な子だね。ギターの演奏も奇妙奇天烈だし」
「ピース、はっきり言って欲しい。ヘタクソッピと」
「トゥギャザー、下手くそと下手っぴの言葉が合体してるよ。ますます不思議な子だ」
ピースはトゥギャザーの言葉遣いに笑ってしまっていました。
「あんた、笑うと可愛いね」
「へ、可愛いって何を言っているのかな、君は……」
今度は複雑な表情に変わったピースです。
「可愛いって言われないの?」
「質問まで奇妙奇天烈だな。答えはその反対だよ。格好良いはよく言われる」
「そうなんだ」
「なあ、トゥギャザー、もう一度ギターを弾かせてくれないか?」
「いいよ」
トゥギャザーは片手でピースにオーケーのサインを出します。そのサインのままメガネの縁を直した後、ケースからギターを取り出し、ギターを奏でました。
トゥギャザーのギターの音はとても聴けたものでなく、ピースは顔をしかめ、耳を塞ぎます。
「わー、やめろー、やめてくれー、ストップ、ストップ!」
ピースが叫ぶと、トゥギャザーはギターの演奏を止めました。
「僕はヘタクソッピだな」
「トゥギャザーって、ギターにこれまで触ったことってあったの?」
少年の青いギターを指さし、聞いたピースです。
「いいや、最近が初めて」
トゥギャザーはギュインとギターを鳴らして答えていました。ピースは再び耳を塞いだあと、少年と会話を続けます。
「そうだろうな。ギターは良いものみたいだけど、どこで買った?」
「これ、買ったわけじゃない」
「じゃあ、もらったもの?」
ピースのこの問いにトゥギャザーは首を振り、
「拾った」
と、言いました。
「え、どこで拾ったの!? これ、誰かの物なんじゃないか? 持ち主、探してるよ」
「それはない」
「どうして、分かるの?」
「このギターの持ち主、死んでいるから」
「!」
トゥギャザーの言葉に寒気が走っていたピースです。
「このギターの持ち主、グループと上手くいかなくなって、グループを抜けたあと、ソロ活動後、自決した」
「そのことまで何で分かるの?」
トゥギャザーの言葉にさらにぞくっとなっていたピースが尋ねると、こう少年から答えが返ってきます。
「僕は小さい頃から、みんなが見えていない、いろいろな音符の形が見えるんだ。それでギターの持ち主のことも分かった」
「自分の目に見えてない音符の情報だけで分かるなんて、君は異世界ミュージーンの人じゃないだろ? ビリービング、渉夢ちゃんのときみたいな地球人か?」
「ううん、生まれた場所はここで、ここで育った。僕がなぜ、みんなの目に見えていない音符が見えるようになったかは、さっぱり謎なんだ」
トゥギャザーがそう言うと、ピースの表情が明るくなりました。
「オレ、謎がくると答えが解るまで気が済まないタイプなんだよな。良かったら、君についての謎、解くの手伝うぜ。なあ、行くアテがないなら、オレとミュージーンを旅しないか?」
ピースがトゥギャザーを旅に誘い、少年の返事を待っていたときのことです。
四分音符の化け物である3体の灰色のボギーノイズが現れました。
「ボギーノイズ!? デュールブがいないのになぜだ!? しかも、これまでとちがうボギーノイズ!?」
ピースは今まで見たことがないボギーノイズを目にしたため、トゥギャザーと動きが固まってしまいます。
「デュールブは知ってる。ピース、あのボギーノイズたちからデュールブの闇の音符を感じない」
「そうだろうね。デュールブはここにもういないんだ。今度は誰の仕業なのか……」
「音符の主、分からない。多分、音符の主、僕にバレるのを恐れて魔法を使って音符の形を隠してる」
「オレは君の言っていることもわけが分からないけど、デュールブ以来のミュージーンを猜忌邪曲の異世界に変えようとしている奴が現れたってことが分かった。何者なんだ……?」
「ピース、アブナイ」
トゥギャザーに言われ、ピースは目の前の敵が襲いかかってきているところを見逃しませんでした。
「真っ暗の中~、それでも歌う~、僕らは君に~、期待の歌を送る~、僕らは~、囚われのENCOURAGE~。この歌を歌う君よ~、僕らをきっと~、捜し出してくれ~、今こそ進め~、ゴー!」
と、ピースは「ススミアユム」の曲を歌い、3体の灰色のボギーノイズを退治しようとしていました。
しかし、灰色のボギーノイズたちにピースの歌声は効かず、何と彼の歌を聴いて3体とも八分音符のボギーノイズへと成長してしまったのです。
「ピースの歌、奴らのエネルギーになってしまってる……」
トゥギャザーが頬に汗を流し、言ったあと、ピースは少年の手を引き、
「トゥギャザー、逃げるぞ」
と、花のパンの畑から一旦、離れることにしたのでした。
「逃げるってどこに逃げるの?」
「決めてない。けど、逃げないと奴らにやられる」
「ピース、余裕なしの大人」
「君は余裕ありありの少年だな」
「ピース、余裕なしなしの大人」
「トゥギャザー、余裕ありありありの少年」
「ピース、余裕なしなしなしなしの大人」
「トゥギャザー、余裕ありありありありありの少年」
こんな言葉の掛け合いをしていた2人ですが、灰色のボギーノイズたちは彼らのあとを追い掛けて来ていました。
「やっぱり追い掛けてくるか。今度はヘッドボイスで対抗するか」
ピースはヘッドボイスを出し、ボギーノイズたちの動きを停止させてから「ススミアユム」の曲を歌いますが、それでも効きません。
灰色のボギーノイズたちは3体とも八分音符から十六分音符のボギーノイズに成長してしまいました。
「やべ、敵がもっと強くなってしまった」
真っ青な表情のピースです。
「………」
敵がさらに強くなってしまったことで、さすがにトゥギャザーもまずいと思ったのでしょう。ピースの助けにならないか、ケースから青いギターを取り出しました。
少年のその行動にピースはさらに顔を真っ青にさせます。演奏の失敗もするとボギーノイズが強化されてしまうことを知っていたからです。ピースはトゥギャザーにギターの演奏をしないよう止めます。
「君はギターを弾かなくていい。いや、絶対に弾くなよ」
「せっかく、ピースを助けようとしていたのに」
ピースの言葉にムスッとなっていたトゥギャザーですが、ギターをケースの中にしまわず、様子をうかがっていました。
「これまでのやり方が通用しないなら、新しいやり方にしないとダメなのか。曲も新しいのにしないと奴らを倒せない気がしてきた。でも、新曲が浮かばないんだ」
「ピース……」
「もしかしたら、あまり考えすぎてしまっているのがいけないのかな。オレ、さっきまで焦ってどうかしてた。もう一度、歌ってみるか。今度は自分が思い描いた歌詞と曲をゆっくりと」
ピースは深呼吸し、ボギーノイズたちに笑顔を向け、自由に発声します。すると、ピースたちを追い掛けていたボギーノイズたちが逃げようとしていたのです。
ピースの歌声を聴いていたトゥギャザーは、彼から放たれる光の音符のメロディーラインが見えてきます。
そして、ギターを構かまえたトゥギャザーは、ピースの歌声に合わせながら、ギターを弾き始めたのです。
このときのトゥギャザーのギターの音色は何と、先ほどの聴けたものではない音と別物でした。
急にトゥギャザーのギターの演奏が上手くなったため、一瞬、驚くピースですが、続けて歌っていました。
「目の前の迷い~、進めぬ道~、考え込むだけ滞り~、わからない時~、傍にいつも僕がいる~、もう怖くない、未来へ歩もうTogetter!」
「Togetter!」
と、トゥギャザーは叫び、ギターを熱く弾きます。すると、ボギーノイズたちに効き目があったか、二分音符のしゃぼん玉に変化し、飛んで行きました。
その後、マーブル模様の謎の八分音符が出現しますが、すぐに消えました。ピースとトゥギャザーは顔を見合わせ、しばらくマーブル模様の音符の消えた方向を見つめていたのでした。
「なあ、トゥギャザー、さっき、ギター、上手かったよな。どうして?」
ピースに質問されたトゥギャザーは、
「………」
何も答えません。
「ノーコメントかい。まあ、いいけどさ。ところで、さっきはボギーノイズ現れて返事を聞きそびれたけど、オレと異世界ミュージーン、旅してみない?」
ピースに誘われ、トゥギャザーはギターを布で磨いてから返事をしました。
「ああ、ヘタクソッピで良かったら」
と、返事はオーケーのようです。
「君ね、本当は上手いだろ。もう一度ギターを弾いてごらん」
ピースに言われ、トゥギャザーは、
「ああ」
と、頷いたあと、もう一度ギターを磨いてから片手でオーケーサインを出し、そのままメガネの縁を直し、ギターを弾きました。
トゥギャザーのギターの音が、先ほどのボギーノイズが現れたときとちがって音がすごく、ピースは顔をしかめ、両耳を塞ぎます。
たまたま近くを通りかかったネコや犬たちもトゥギャザーのあまりにもすごいギターの演奏の音に逃げ出してしまいました。
「わー、やめろー、やめてくれー、トゥギャザー!」
ピースはトゥギャザーにギターの演奏を止めるよう言いますが、彼はこのときばかりは演奏を止めませんでした。
「何だい、ピース、ギターを演奏しろと言ったり、やめろと言ったり」
「拗ねるなよー」
彼らがドンチャン騒いでいたとき、サングラスをかけた少女が彼らから少し離れた場所で見ていました。
少女の気配を感じたか、トゥギャザーはギターの演奏を一旦、止めます。
サングラスをかけた少女はトゥギャザーの顔を見て鼻で笑ったあと、どこかへ行ってしまいました。
今の少女のことが気に入らなかったか、トゥギャザーのギターの演奏音がさらに余計にすごい音になってしまったのも、言うまでもありませんでした。
ピースがトゥギャザーを落ち着かせ、次へ行くところを決めていました。彼は次の行き先を決めるとき、いとこのオープの顔が浮かびます。
「ピース、決まったの?」
トゥギャザーはギターをケースの中にしまっていました。
「うん、モッズドタウンに行く。いとこのオープがそこにいるから、行こう」
トゥギャザーの方を振り返って言ったピースは先に歩き、トゥギャザーも彼の後ろをついて行きます。
そうして、ピースはトゥギャザーを連れ、ワールドタウンから旅立ち、モッズドタウンへ向かったのでした。