謎の子連れ刑事
千歳は素の状態で桃浦荘に侵入した。夜なので外は暗いが、それ以上に屋敷の周りは明るい。ピンクジュエルが現れるというので、厳重な警備がされており、パトカーのサイレンが響いていた。
千歳は辺りを見渡し、裏口を探した。警備に加え、ピンクジュエルとアクアマリンを一目見ようと大勢の人が集まっている。その中で、人混みから抜け出すのは至難の業だった。
そんな事を考えている千歳に、一人の少女がトコトコと近づいて来た。身長は千歳の胸辺りで、顔立ちは幼い。少女は千歳をキラキラした目でじっと見つめてきた。服はピンクの半袖シャツに黄緑のスカート、靴はピカピカした飾りが付いたマジックテープのものである。
千歳は中腰になって視線を合わし、少女と話した。
「君、どうしてこんな所に居るの?」
「私、ピンクジュエルに会いに来たの!」
少女は、一つ結びの短い髪の毛を揺らして笑った。
「そうなんだ、私もだよ」
「ピンクジュエルって、カッコいい?」
少女は興奮気味な声でそう聞いた。
「うん、カッコいいよ」
「お姉さんは会った事あるの?」
「会った事はないけど…、みんなカッコいいって言うよ」
千歳はそう言って頷いた。
「私、太市ちえりって言うの!お姉さんの名前は?」
「私は鳳千歳って言うんだ」
「そうなんだ」
二人がそう話していると、背後から一人の青年が現れた。
「こら、ちえり、こんな所に来たら駄目だろう?」
青年はちえりの手を引っ張り、千歳から離した。
「ちえりが迷惑かけました、私は膳所優吾と申します」
「そうですか…?」
「行くぞ、ちえり」
優吾は、ちえりを強引に引っ張って、人混みの中に消えて行った。
「何だったんだろ、あの二人…」
千歳は、二人が消えていった所をチラチラ見ながら、人混みを退けて屋敷の裏口に向かった。
青葉は、千歳が来る前から桃浦荘の警備をする警官達に混じっていた。警官達は、ピンクジュエルの警備と、人混みを整理するのに慌ただしくしている。青葉、ことアクアマリンも警官達と同じように警備していた。今日は横にりんかも居る。
「今日も人多いですね」
「そうだね…、ピンクジュエルが来るというからかな?」
「プリンス・トパーズやグラマラスキャットは来ないんですかね?」
りんかは、ポケットの中に入っていた紙を取り出して読んでいた。
「それは私にも分からない」
アクアマリンはりんかをチラッと見ると、自分の持ち場に戻った。りんかはアクアマリンをチラチラと見て、後を付けて来た。
千歳は、警備を掻い潜って裏口から桃浦荘に侵入した。壁紙はどこも桃色で、ピンクジュエルにとっては保護色だ。千歳は早速ピンクジュエルの姿になって歩いた。警備員は外に出ており、中には人が居ない。だが、『ピンクアクアマリン』がある場所を警備している可能性もあるから、気を抜いてはいけない。
ピンクジュエルは壁を這って進んで行った。これだけ見ればただの不審者だ。だが、無断で人の屋敷に侵入している地点で不審者なので、そこは気にしてはいけない。
「(金属ものなら金属探知機を使う手もあるけど、展示されてない宝石を盗むのは至難の業だよなぁ…)」
ピンクジュエルはそう心の中で思いながら重々しい扉の前に立った。扉は鮮やかな桃色で、取っ手は金色に塗られている。ピンクジュエルは、扉に耳を当て、向こうの様子を伺った。
アクアマリンが警備をしていると、横から誰かに話し掛けられた。アクアマリンが横を向くと、少女を連れた青年がこちらを向いて微笑んでいる。
「あなたがアクアマリンさんですか?」
アクアマリンは青年の目をじっと見た。
「あなたがもしかして…『子連れ刑事』ですか?」
「はい」
青年は何か話しだそうとすると、手をずっと繋いでいた少女が突然駆け出し、アクアマリンを見た。
「さっきのお姉さんに似てる!」
「えっ?」
「(もしかして…、千歳姉に会ったのか?)」
アクアマリンはそう言いかけたが、首を振って少女にこう答えた。
「他人の空似だよ、きっと」
「ふ〜ん、そうなんだ?」
少女は首を傾げながら青年の所に戻った。
「あの、二人は親子なんですか?」
青年は何も反応しなかったが、少女は首を横に振った。
「(てっきり親子だとばかり思ってた、違うんだな)」
「今日は、どうしてもちえりがピンクジュエルを見たいと言うので、来たんですよ」
「そうだったのですか…」
アクアマリンがそう話していると、背後から、赤縁の眼鏡を掛けた少年が近づいてきた。その少年は涼平で、二人を見るとニコッと笑った。
「あなたが『子連れ刑事』の膳所優吾さんと太市ちえりさんですか、僕は中学生探偵の藤並涼平と申します」
涼平は深々とお辞儀をした後、アクアマリンを見た。それに気付いたアクアマリンはムッとして、涼平を強引に掴むとヒソヒソ声でこう言った。
「今日は邪魔しないんだな」
「ああ…、グラマラスキャットが来ないなら僕の出る幕はないんだよ、っていうか正体バレてたのか」
涼平は、自分がプリンス・トパーズである事を青葉が知っていたのが、意外に思っていた。
「当たり前だよ俺をナメるな?」
「お互いの正体知ってると話早いな?青葉?」
「この状態の俺をそう呼ぶな!」
アクアマリンはそう小さな声で叫んだ。
「今日は僕はずっとアクアマリンに付く事にするよ、あの『子連れ刑事』にはちょっと気になる事があってな」
「俺はお前と手を組む気はないよ」
アクアマリンが涼平から目を反らした。
「君には忠告しておきたい事があるんだ」
涼平はそう言って腕を組むと、こう耳打ちした。
「子供だからってナメた真似すると痛い目に遭うぞ?」
アクアマリンは涼平の話に頷いていると、背後から二つの視線を感じた。
「「何二人で話してるんですか?」」
ちえりとりんかが丁度同じタイミングでそう言った。
「なっ、なんでもないからね?二人とも?」
「ああ、そうだ、なんでもないよ」
アクアマリンと涼平は首を横に振った後、お互い見合ってうん、と頷いた。
ピンクジュエルは扉を開けると同時に煙玉を投げて警備隊を錯乱させた。その隙に走って奥まで行き、『ピンクアクアマリン』が入った箱を持って走った。
「くっ…盗られたぞ!」
「追え!」
警備隊は煙が出る中ピンクジュエルを追いかけていたが、ピンクジュエルは既に部屋から出ていて、屋敷の屋根に登っていた。
「あっ、ピンクジュエルだ!」
誰かが真上を見上げてそう言った。ピンクジュエルは屋根の真上に立ち、『ピンクアクアマリン』を高々と上げる。
「怪盗、レディ・ピンクジュエル只今参上!お宝は予告通り頂いたわよ!」
群衆が黄色い悲鳴を上げてピンクジュエルを見る。警官や警備隊達はそれを見て一斉にピンクジュエルに押し寄せた。
「待て!」
「私達も追うよ!」
アクアマリンは真っ先に駆け出し、ピンクジュエルを追った。涼平とりんかとちえりも後に続く。ピンクジュエルは屋根から飛び降り、警備が厳しい場所の反対側を走って行った。
「大所帯だと追いにくいな!」
「お父さん達、本当に追ってるの?」
そういえば、アクアマリン達以外の人の気配を感じない。ピンクジュエルの事だから大勢の警官達が居てもおかしくないはずだが、今日は警備が手薄なのではないかと思うくらいだ。
「もしかして…、人混みの中に埋もれて追えないのかも?」
りんかが振り向いてそう言った。
「モタモタしてると撒かれるぞ、早く!」
涼平は、アクアマリンの前に立った後、一同を置いて走って行った。
「涼平!置いて行くな!」
アクアマリンは慌てて涼平を追いかけた。りんかも追うが、ずっとここまで付いて来たちえりが、走り疲れてぐったりとしているのを見て戻ってきた。
「ちえりちゃん、大丈夫?」
「お兄さん達、速い…」
ちえりはその場にしゃがみ込み、ハァハァと荒い息を上げた。
「ピンクジュエルを見に来たんだよね?」
ちえりは少しだけ頷いた。
「ピンクジュエルの事、好き?」
すると、ちえりは首を傾げた。
「分かんない」
りんかはちえりを背負い、ゆっくりと立ち上がった。
「お兄さん達は置いて、戻ろうか?」
「うん…」
りんかは歩いて優吾の所に戻って行った。
結局、アクアマリンと涼平は、ピンクジュエルを見つける事が出来なかった。仕方なく二人は戻り、厄神警部に事情を説明した。その後、二人は後の事を厄神警部に任せて帰った。
「(あれ?千歳姉回収しなくて大丈夫かな)」
涼平は、アクアマリンの事をチラチラ見ながら前を歩いている。青葉は、千歳の事が気がかりながらも、気にする事しか出来ない。一方、千歳とは言うと青葉の心配通り、側溝に嵌って動けなくなっていた。
青葉が屋敷に戻ると、千歳が先に帰っていて、シャワーを浴びていた。
「千歳姉!帰ってたのか」
「もう!散々だったからね!」
千歳は青葉が迎えに来なかった事を根に持っているらしい。
『ピンクアクアマリン』はケースごとテーブルの上にある。伸人は手紙をケースの上に置き、それが入る箱を探しに行った。
「盗みを成功させたんだからな…、久々に話題になるぞ〜?」
「今まで邪魔されてばっかりだったから」
千歳は風呂から上がり、パジャマ姿でソファーに寝転んだ。
「なぁ、ちえりって子、千歳姉も会ったんだろ?」
「なんで知ってるの?」
千歳は背中を掻きながら青葉の方を向いた。
「俺…、っていうかアクアマリンを見て、似てるっていうからな」
青葉はちえりの事を考えて指に顎を乗せた。
「涼平が言ってた『子供だからってナメた真似すると痛い目に遭うぞ』は…、もしかしたらちえりを見くびるなって事か?」
「ねぇ、『子連れ刑事』ってどっちが事件解決してるんだろ?」
「えっ?」
「片方だけで事件を解決してるなら、その片方の人だけ居ればよくない?」
千歳は大きな欠伸をしてソファーから降りた。
「青葉も風呂入って来てよ、私は寝る」
千歳は寝ぼけ眼で階段を登り、自分の部屋に戻った。青葉は汗でぐっしょりとした制服と私服を洗濯籠に入れて、シャワーだけ浴びて眠った。
翌日、二人が教室に入ると、早速ピンクジュエルの話題で持ち切りになっていた。
千歳は花恋と結菜と教室の窓際に行って、二人の話を聞いていた。
「またピンクジュエルが宝を盗んだんだって!」
「桃浦荘の屋根から飛び降りる姿、カッコ良かった!」
二人はキャーキャー騒いでピンクジュエルの話をする。千歳にとっては自分が褒められているみたいで嬉しかったが、その気持ちを抑え込んで聞いていた。
「へぇ…、そうなんだ」
「千歳ちゃんまた見れなかったの?!今回凄く良かったのに!」
結菜はずんと前に出て、千歳の顔をじっと見つめた。
「今度、ピンクジュエルにあのぬいぐるみ直接プレゼントしよう!」
「ええっ?!」
千歳は驚き、思わず大声を上げた。
「この前は千歳ちゃんにプレゼント、今度はピンクジュエル御本人にプレゼントだからね?」
千歳の心の中に嬉しい気持ちと嬉しくない気持ちが半分ずつ現れ、それが二つともごちゃごちゃに混ざり合った。気持ちは嬉しいが、断りたい気もする。だが、そうすれば二人に自分の正体を明かしてしまう。どうするにもどうしようも出来ない千歳は、誰にも気づかれないように溜息をついて二人を見つめた。
青葉が教室に入ると、早速健がやって来た。
「おはウィーっす!昨日のピンクジュエルちゃんマジでかわゆかったっスね!」
「えっ?そうなのか?」
「青葉、また見逃したのかよ」
和人が廊下の窓枠から身を乗り出して二人の話に混じる。
「うん、またか…、運悪いな」
「今回涼平も来てたんだろ?」
和人は教室の隅で本を読んでいる涼平に話を振った。
「中学生探偵としてね」
「りょうへー、マジでスゴイっしょ!」
涼平は、テンションが高い健に涼しい顔で答えた。
「そういえば…、『子連れ刑事』が連れてた子…、太市ちえりって子知らない?」
すると、健が反応して、興奮気味な声で答えた。
「ちえりちゃんっスか?!俺知ってるっス!久美と同級生で仲良しの友達っスよ!」
「久美ちゃんと…?」
健の話によれば久美は小学三年生だ。その久美と同級生という事は、ちえりも小学三年生。幼い割にはしっかりと人を見る子だと青葉は思っていたが、まさか思っていた以上の年齢だとは思わなかった。
「俺、てっきり一年生だと思ってた…」
「ちえりちゃんは口調は幼いっスけど、しっかりとした子っス!」
「そうなんだ…?」
青葉は、怪訝な顔をして健を見つめた。
「そうだ!今度の日曜、遊園地に行かない?」
花恋が湧いて出たような一言を突然呟いた。
「えっ?」
「久々に三人で遊びに行こうよ!」
すると、結菜が苦い顔をした。
「あぁ…、ごめん、その日の午前中大事な用事があって…」
「そうなんだ…、誘わない方が良かった?」
「いや、遊園地には居るから後で合流するよ」
「そっか…」
「ねぇ、りんかちゃんも誘ってみない?あの子土日家一人だって言ってたよ」
「あの厄神の相手を休日にもしないといけないのか?!」
「良いじゃん、楽しそうだし」
溜息を吐いて頭を抱える花恋に対して、千歳は呑気そうだった。
「とにかくまぁ、遊園地に行くのは良いよ」
「うん、ありがとう!」
花恋はよっしゃとガッツポーズをして自分の席に戻った。
それと同じ頃、青葉と健と和人が話していると、健が突然腕を上げてこう言った。
「今度の日曜、遊園地に行かないっスか?!」
「えっ…」
同じ事を言って固まる二人、だが、健は更にグイグイと攻め寄って来た。
「久々じゃないっスか?!みんなで行きたいっス!」
「遊園地って…、泉ヶ丘ショッピングセンターにあるあそこ?」
健はうんうんと楽しそうに頷いた。
「別に俺は良いよ、その日は用事無いし」
青葉は腰に手を当てて健に頷いた。
「俺も、母さんと相談して決めるよ」
「それじゃあ決まりっス!」
健は嬉しそうに鼻歌を歌って、自分の席に戻った。
そういう訳で、千歳と青葉は同じ日に遊園地に行く事になった。だが、二人はまだそれを知らない。波乱の展開になる事は大いに予想出来る。だが、想定以上の事が起きるのもまた、この世の常だ。ここから先は、何かあっても驚かないように、覚悟を決めて読む事を勧める。