学校の厄神様?!
千歳と青葉は屋敷に帰ると、リビングのソファーの上でぐったりとした。風呂にも入り、夕飯も食べた。だが、二人はそこから何をする気が起きない。
「二人とも…、どうなさいましたか?」
伸人が二人の元に現れ、そっと尋ねる。二人や竜野夫妻はもう風呂に入ったのに、伸人は朝と同じ燕尾服を着たままだ。
「また失敗した…、なんなのあのお邪魔虫」
「そういう時もありますよ、千歳様」
伸人は優しい声でそう言った。
「こんなんでお父さんとお母さん見つかるのかな…」
千歳はソファーに寄り掛かって頬杖をついた。
二人は幼い頃から裕福な暮らしをしていた。家は大きなこの屋敷、優しい執事と豪華な食事、有り余るくらいに充実した生活だ。だが、今の二人は何かが足りないように思っている。それは、この暮らしの問題ではなく、両親が居ない事の心細さのような気がした。
「お母さんとお父さんが居なくて裕福な暮らしよりも…、貧乏でもお父さんとお父さんが居る暮らしの方が、幸せな気がするな…」
「みんな、普通の暮らしっていうけど、それってなんだろう…」
二人はリビングの真上に吊るされた豪華なシャンデリアを眺めながら、そう呟いた。
「そろそろ寝よ、千歳姉」
「うん」
「二人が寝てから、私は風呂に入りますね」
二人はソファーから降りて、それぞれの寝室に向かった。それを見てから伸人は、浴室に入った。
次の日は土曜日で、青葉だけが学校に向かった。その日はサッカー部の練習があったのだ。弱小と呼ばれる泉ヶ丘中のサッカー部だが、何故か練習だけは真面目にしていて、土日に活動をする事も多かった。
千歳も青葉もそれぞれ部活に通い、真面目に頑張っている。その為、ピンクジュエルの予告の日は吟味する必要があるのだ。二人はお互いの予定を把握していて、今の依頼や建物の地図なども頭に入れなければならない。
その上、二人は中学生なので学校の勉強、中間や期末の考査もある。二人は頭の中に入れなければならない事が多くて大変だが、学業に支障が出ない程度に頑張っているのだ。
青葉はいつものように健と和人と一緒にボールを蹴っていた。先輩達は、次の総体に負けたら引退だとうだうだ言っているが、青葉達はどこ吹く風だ。
「いや〜、しっかし俺達も二年生っスよね?」
「まぁな?」
三人とは違う生徒が、一年生の部員に何やら必死に教えていたが、三人は知らぬ顔をしていた。
「このままじゃ、俺達後輩からの印象無いまま引退するかもな?」
和人が笑いながらそう言っていると、一年生の岸本敦也がボールを持ってやって来た。
「先輩、リフティング見てもらっていいですか?」
敦也は、三人の目の前でリフティングを披露して見せた。地面に落とさす永遠とボールを蹴る姿に、三人は息を飲んだ。三人もそこまで言う程サッカーは上手くない。練習だけは真面目にやって、それを本番で発揮出来ないタイプである。それに、サッカーのスキルもセンスも無く、二年やってもずぶの素人という感じだ。
敦也はサッカーボールを頭の上に乗せ、手の平に移して持った。敦也は得意気でもなく平然としている。三人は感想も思いつかなかったが、和人が一言呟くようにこう言った。
「…上手いね」
「そうですか?」
「うちの部活には勿体無いよ…なっ?」
青葉がそう言うと、二人は激しく頷いた。
「…どういう意味ですか」
敦也が顔をしかめると、健が慌ててフォローに入った。
「最高の褒め言葉ッスよ!」
「そうなんですか…」
敦也は首を傾げて三人を見つめた。
「どうしてクラブに入らなかったんだ?」
「母さんがお金出してくれなかったんだよ」
敦也はボールを指の上に乗せてクルクルと回した。
「そうか…、」
敦也はボールを真上に投げ、両手で受け止め大事そうに持った。
「サッカークラブに入れさせてくれなくて、最初はお母さんの事を責めたけど…、お金も無いのに大切に育ててくれたんだなって思うとなんか急に申し訳なくて…」
「その母さんを大切にしろよ?」
青葉がそう言うと敦也はこくんと頷いた。
そして、自分の練習場に戻ろうとして振り向くと、フェンス越しに誰かが見ている事に気がついた。
「あれ?りんかじゃないか?」
敦也は三人に向き直してこう言った。
「そっか…、敦也は同級生なのか」
「俺はりんかと同じクラスなんですよ。多分今日は…美化委員のごみ拾いで来てるんじゃないですか?」
敦也は青葉にぐっと近づき、囁き声でこう言った。
「恐らくりんかは、青葉先輩の事を見に来たんじゃないんかと思うんです」
「えっ…?!」
「りんかは青葉先輩にぞっこんらしいですよ?」
「は?!」
青葉は、りんかに聞こえない声で驚いた。
「良かったな青葉、神様のお気に入りでな」
「神様と言っても厄神様だろ…?」
青葉はげんなりとして項垂れた。
「美化委員って…りんかちゃんって多忙なんっスね?」
「そうですね」
「美化委員って…、りんかは散らかす側だろ」
和人が呆れたようにそう言った。青葉は苦笑いを浮かべて和人を見る。
青葉は小学校の時に起きた事を考えていた。青葉は、バレンタインデーの時に差出人不明のチョコを毎年受け取っていた。その人物は同じらしいが、それが誰かは分からない。青葉はホワイトデーにお返しをする為に、自分もプレゼントを作って下駄箱に入れておいた。そして、翌日下駄箱を見に行くとプレゼントは無くなっている。先生は何も言っていなかった事から、その人物が受け取ったんだと、勝手にそう思っていた。結局、卒業してからもその人物が誰かは分からない。
「(あれはもしかしてりんかだったのか…?アクアマリンのぬいぐるみも、りんかが元々貰うはずだったのを貰ったんだよな?しかし、あのチョコ美味しかったな)」
「青葉先輩?何ボーっとしてるんですか?」
敦也が青葉の顔をじっと見てきたので、青葉は慌てて首を振った。
「あっ、ごめん」
「俺、自分の練習に戻りますね?」
敦也はボールを持ってグラウンドを走って行った。三人も練習を再開する。
「そういえば…、涼平って部活入ってたっけ?」
健は、和人にボールをパスしながらこう答えた。
「入ってないっスよ?一年生の時誘ったけど、僕には大事な用があるって言って、断られたっス」
「そうだったのか…」
青葉は和人からボールを受け取って、ゴールの中に入れた。
「(何かと気になる人が多いな、用心しなきゃな)」
青葉は、その人物の事を考えながら、練習をしていた。
夕方になって青葉が屋敷に戻ると、リビングのソファーで、千歳が深刻な顔で新聞を眺めていた。
「ただいま〜、って千歳姉?」
「青葉、『子連れ刑事』って知ってる?」
「聞いた事がないな…」
「刑事というか…、探偵に近いのかな、子供を連れた青年で、迷宮入りした怪事件を解決したりしてるんだって」
「そうなんだ…」
青葉は新聞を横から見た。そこには、子供を連れた青年が、警察官達と一緒に映っていて、記事の下には犯人の写真らしき小さな写真がある。記事の内容は、子連れ刑事のお陰で事件が解決したというものだった。
「これ、この前の強盗事件だったな?解決したんだ…」
「…もしかしたら、私達もこの『子連れ刑事』に正体暴かれるかも…」
「えっ?」
「まぁ、可能性だよ可能性」
「そういやあいつ…、プリンス・トパーズは俺達が兄弟だって知ってた。りんかも下手したら正体暴いてくるかもしれないし…、気が抜けないよな」
千歳は新聞を置いて青葉を見つめた。
「そういえば…、この前青葉はプリンス・トパーズの正体を追うって言ってたけど、何か分かった事あるの?」
「俺にはもう分かってるんだよ、あいつの正体が」
青葉はソファーから身体を起き上がらせてこう言った。
「藤並涼平、中学生探偵のあいつだよ。新聞の記事とかあいつと直接会ってピンと来たんだ。あの新聞記事にアクアマリンの事については一切触れてなかった。あいつが言ってた『お前の敵はあの二人だけじゃない』、それはつまり、プリンス・トパーズの事を言っている。俺は警察署にあるデータベースを見ていた事があって、その中にはプリンス・トパーズの名前は無かったんだよ。あいつが現れたのはあの日が初めてだからな。それなのに、事情を知らないはずの涼平が、トパーズの存在をにわかに明かす一言をわざわざ俺に発するなんておかしくないか?」
「ああ、確かに…」
青葉は感情を高ぶらせてそう言ったが、見解は抜け目無く、トパーズが涼平である事をしっかり裏付けていた。
「でも…、それならどうして探偵が怪盗をする必要があるの?」
「さぁな…、俺も目的までは知らねぇよ」
青葉は、ソファーにもたれて上を見上げた。
「今度の宝って『ピンクアクアマリン』だったっけな?」
「うん、モルガナイトって今は呼ばれていて…、アクアマリンと同じグループの鉱石なんだって」
「へぇ…」
千歳は桃浦荘の地図を眺めた。
「いっつも思うんだけどよくこんな地図持ってるよな」
「生瀬さんの知り合いに屋敷とかの建築をしている人が居て、その人から貰ったんだって」
「それを泥棒に悪用してるって聞いたら、どんな顔するんだろ…」
青葉は、自分には関係ないという素振りを見せた。
「明日、盗みに行く、予告ももう出した」
「は?!そんないきなり?!」
青葉は慌てて千歳に近寄った。千歳はソファーの背もたれに寄り掛かってっていて、呑気に構えている。
「夜までは時間あるでしょ?」
「まぁ…、そうだよなぁ」
「今度こそ、邪魔が入らないといいんだけど」
千歳はソファーから降りて自分の部屋に戻った。リビングに一人残された青葉は、千歳が持っていた新聞をじっくりと眺める。千歳はあまり気にしてなさそうだが、青葉は『子連れ刑事』の事が妙に気になった。
「なんで子供を連れる必要があるんだろう…、もしかしたら、俺達の事も暴かれるかも知れないな」
青葉は新聞と地図を持って、自分の部屋に戻って行った。




