中学生探偵現る!
警察がピンクジュエルの捜索を諦めて帰った後、青葉は、ピンクジュエルを茂みの中から引っ張り出した。
「もう良いだろ、千歳姉」
「ううっ…」
ピンクジュエルは、ゆっくりと起き上がり、青葉の方を見つめた。
「まさか二つとも取られるなんて…、不覚」
「命が無事なだけマシだろ?」
ピンクジュエルは仮面と帽子と紐を外し、千歳の素顔になった。
「ありがとう、青葉の策が無かったらここまでいけなかった」
「千歳姉が単純だって事は、俺が一番知ってる」
フェイクの腕と足を着けるという案は、実は青葉が考えたのだ。千歳が何も考えずに行動していれば、今日の事で命を落とした可能性もある。青葉は、そんな千歳を案じて、策をとったのだ。
「マダム・ルビィの策略は知ってたからな」
青葉はうんうんと頷いて、千歳の方を見た。
「早く帰ろうぜ?生瀬さんに迎え頼むから」
青葉は電話を取り出して伸人を呼び、車で屋敷まで帰った。
屋敷に着いて夕飯を食べ、風呂を入って二人は一段落着いた。二人は二階にあるラウンジで休んでいる。そこは、リビングと異なり、家族のみのスペースで、二人はそこで休む事が多かった。二人の父親の洋司は、貿易会社の社長で、お得意様をこの屋敷に呼ぶ事も多かったのだ。屋敷には世界中から集めた宝物が多くあり、それを屋敷に訪れた客に見せる事もあった。その中に、五星財閥の人物も居た。
千歳と青葉はラウンジのソファーに寝そべり、さっきの事に付いて話し出した。
「マダム・ルビィも中々の人物だったけど…、あの怪盗、グラマラスキャットだったっけ?何者なの?」
青葉はソファーであぐらをかいてこう答えた。
「あいつは…、闇夜を駆ける妖艶な黒猫って巷では呼ばれてるな。ピンクジュエル以上に有名だぞ?あいつはな、狙った宝を手にするのなら手段を選ばないというな。残虐な行為に走った事もあるらしい」
「残虐な行為…?例えば、強盗とか?」
「警察は…、人を殺めた可能性もあるって考えているらしい」
青葉は、アクアマリンとして警察の中に入っている。その中で、厄神警部がピンクジュエル以外に追いかけている怪盗が居る事を知った。
「まっ、同じ怪盗でもピンクジュエルとは全く持って違うって事だな、見た目も中身も。あいつ…、セクシーだよな?千歳姉、あいつを見て、クラクラしなかったか?」
「くっ、クラクラしてないもん!」
千歳はそう言いながら顔を赤くした。
「ホントか?」
「まさか…、青葉はあんなのが好みなの?!」
「別に…」
青葉はソファーに寝そべって背中を掻いた。
「まっ、俺はピンクジュエルだけでなく、他の怪盗達も追い掛けてるからな、覚悟しとけよ。明日学校か…、俺は寝るぞ?」
青葉は、大きなあくびをして自分の部屋に戻って行った。
「おやすみ〜、そういえば…、マント破けてたな。予備のやつ出しとこ」
千歳も、自分の部屋に戻って行った。
翌日、青葉がクラスの中に入ると、何故か涼平に話し掛けられた。
「昨日、グラマラスキャットが現れたんだって?」
青葉は反応に困っていると、涼平は今朝の新聞を青葉の顔に近付けた。
「ピンクジュエルが取った宝をグラマラスキャットは奪った。なら、何故グラマラスキャットは最初から屋敷から盗もうと思わなかったのか?」
涼平は、赤縁の眼鏡を上げ、青葉を睨みつけた。
「そ、それは…、ピンクジュエルから奪った方が効率良いと思ったから…?」
青葉は涼平の気迫に押され、身体も声も震えていた。涼平に余計な事まで話してしまったら、深堀りされて正体が暴かれてしまう危険もある。
「りょうへーは、中学生探偵なんっスよ!」
健は、二人の間に割り込んでニコニコしていた。
「そうだったよね…」
青葉は、涼平から健に目を移して笑った。
「兎にも角にも、何故アクアマリンはピンクジュエルどころかグラマラスキャットも逮捕出来なかったのか。アクアマリンに言いたいよ、お前の敵はあの二人だけじゃないって…」
涼平は青葉を睨みつけ、その場を去った。
「全く、何なんっスか!」
「何で健が怒るの?」
涼平が去ってから、健は急にむすくれた態度になった。
「アクアマリン君を悪く言うなんて…、幾ら中学生探偵だからといっておかしいじゃないっスか!」
「アクアマリン君…?アクアマリンは女警官だよ」
青葉がそう言うと健は慌てて訂正した。
「あっ、間違えたっス!訂正訂正…、アクアマリンちゃんはボーイッシュなのでつい…」
「(あながち間違いじゃないんだけどな、立場上そう言う訳にはいかないんだよ)」
青葉は心の中でそう呟いた。
一方その頃、りんかが廊下を歩いていると、結菜に話し掛けられた。
「りんかちゃん!」
「比良先輩!どうしましたか?」
結菜はニコニコして水色の包みを取り出した。
「これ、りんかちゃんにあげるよ!」
りんかがそれを受け取って、包みを開けると、中からアクアマリンのぬいぐるみが出てきた。警察帽も制服も全部再現されてある。
「うわぁ…、凄い!でも…」
りんかはそれを喜んで見たが、ぬいぐるみを包みごと結菜に返した。
「青葉先輩に渡して下さい。私は本物見た事あるけど、青葉先輩はあった事か無いって話してたから…」
「えっ?良いの?私はりんかちゃんに…」
結菜は驚き、目をぱちくりさせた。
「良いから!青葉先輩に渡して下さい!」
りんかの熱意に押され、結菜はぬいぐるみを包みの中に戻した。
「うん…、分かった。青葉君に渡しとくね」
「お願いします!」
結菜は包みを持って、青葉のクラスに向かった。
青葉が廊下で和人と健と話していると、結菜に話し掛けられた。
「青葉君!渡したいものがあるの!」
「えっ、俺に?」
青葉が水色の包みを受け取り、中を開けてみると、そこにはアクアマリンのぬいぐるみが入っていた。
「凄い再現度だな…、造ったのか?」
「うん、裁縫部の合間に…。本当はりんかちゃんに渡そうと思ったけど、りんかちゃんが青葉君に渡して欲しいって…」
「そうだったのか…、ありがとう、ちゃんと受け取ったってりんかに伝えといてよ」
「了解!」
結菜はそう言って走って何処かに行ってしまった。
「そういえば、千歳もピンクジュエルのぬいぐるみを貰ってたな、ペアで飾ったらどうだ?」
和人が合間も無くこう言う。
「追う身と追われる身だよ?!ペアでも何でもないじゃないのか?!」
「恋人のようなもんだろ?」
「女同士だって?!」
「恋に、男も女も関係ないんだよ」
「何っスか?その見解…、まぁ、間違いって訳では無いっスが…」
「健…」
健は稀に正論を言う事がある。それが、健を侮れない理由の一つなのだ。
「もう時間だな、とっとと教室に戻ろうぜ?」
三人は、それぞれの教室に戻って行った。
その日の放課後、部活があった。三人は仲良くサッカー部に入っている。実は、この泉ヶ丘中周辺には強豪と呼ばれるサッカークラブがあり、サッカーが得意な生徒はそこに流れるのだ。部員不足に悩む先輩達は、入学時に三人を誘った。何処の部活に入るか悩んでいた三人は、流れに任せてサッカー部に入部し、現在に至る。このサッカー部は、大会でも賞を取った事が無く、強豪と呼ぶには程遠い存在ではあるが、グラウンドの隅で真面目に練習だけはしていた。
「そういや、誠は何処に入ってるんだ?」
「野球部だよ、昔強い先輩居ただろ?その人に憧れているらしいな。確か俺達の同級生にその先輩の妹さんが居るらしいけど…」
和人はボールを蹴って、誰も居ないゴールの中に入れた。
「野球もサッカーも、ボールを追いかける事だけは一緒だな」
青葉は、ゴールの中に入ったボールを取り出して、健にパスを回した。
「そうっスね、にしても泉ヶ丘中の野球部は強豪って呼ばれててるらしいっス」
サッカー部と異なり、泉ヶ丘中の野球部は強豪で、地方大会で何回か優勝している。それを青葉達は羨ましいとは思わなかった。むしろ、大会の事を気にせず自由に練習した方が自分達には合っていると思っていた。
「日が暮れるまで仲間とボールを蹴る、それが俺達の青春だろ?」
「ああ!」
「そうっスね!」
三人はその後もずっと練習をし、先輩の終了の合図を聞いて、一緒に帰った。
青葉が屋敷に帰ると、リビングに千歳が居た。千歳は手紙を深刻な顔で読んでいる。
「どうしたんだ?千歳姉」
「また依頼の手紙が来たんだけど…、もう一通変な手紙が来たの」
千歳が持っていた封筒は二つあり、片方には何も書いておらず、もう片方には『挑戦状』と書いてあった。
「『挑戦状』…?」
青葉はその中に入っていた手紙を読んだ。
『同じように怪盗を名乗る者よ、お前の所に宝の在処が届いた頃だな。それをお前と同じように俺は狙っている。
金色の流星、『スタートパーズ』、金剛邸にある呪宝だ。
お前が予告した日に、俺はそこへ向かうとしよう。どちらが宝を手にするか勝負だ。 怪盗プリンス・トパーズ』
「プリンス・トパーズ…?」
青葉は手紙から目を離して首を傾げた。
「青葉、知らないの?」
「警察の中でも聞いた事がない…」
「生瀬さんも?」
二人の横に立っていた伸人は、首を横に振った。
「呪宝を狙ってるなんて… 何者だろう」
青葉もプリンス・トパーズの事を考えていると、今朝の涼平の言葉が頭の中を過った。
「(アクアマリンに言いたいよ、お前の敵はあの二人だけじゃないって…)」
「あいつ…!」
青葉は、あの時睨みつけてきた涼平を睨み返したくなった。