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ブラッドルビーの怨恨

 予告したその日の夜、千歳は裏口からマダム・ルビィの屋敷、紅蓮荘に侵入した。屋敷の中は壁も床も全体的に赤く、禍々しく感じる。ピンクジュエルの格好をしたら、絶対に目立ってしまいそうだ。

 千歳は未だピンクジュエルの姿になっていない。屋敷に入っても目立たないように、クローゼットの中からメイド服を拝借して、それを着ているのだ。千歳は、小説でよく見るような怪盗と異なり、変装するのが苦手だ。その為、素の状態でなるべく怪しまれない格好をするので精一杯なのだ。その代わり、青葉は、中性的な見た目を利用して、男子にも女子にも見せる事が出来る。それを千歳は少し羨ましいと思っていた。

 千歳は、廊下を走って呪宝がある宝物庫に向かった。普段は警備が厳しい所を忍び込み、縫うように走って行くが、今日は廊下に人一人居ない。手薄過ぎる警備がむしろ不気味に感じた。

「あれ?青葉達は何処に行ったんだろ」

千歳は、何故かガラ空きの宝物庫の扉を開いた後、青葉達の事を心配して振り向いた。


 青葉が、アクアマリンの姿で警察達の元へ行くと、りんかと厄神警部が待ち構えていた。

「よく来てくれた!アクアマリン君!」

厄神警部は、アクアマリンを激励し、紅蓮荘の方を見た。

「紅蓮荘、マダム・ルビィの屋敷ですか…」

「ああ…、」

 屋敷の中に入ると、主人らしき女性が警察達の前に立った。カールがかかった茶色の髪の毛に、真っ赤な口紅をした血の気がある顔。纏っているドレスは真紅で、豊満な胸元を更に見せつけるように、巨大なルビーのネックレスを身に着けていた。

「私はマダム・ルビィよ。もしかして、宝の警備に来たのかしら?残念ながら警察の出る幕は無いのよ…、この屋敷には厳重なセキュリティーがしてあるんだから」

「セキュリティーがかかってましても…、彼奴は宝をいとも簡単に盗んでしまいます。このアクアマリン殿は、そんな彼奴を追い詰めた事があります故…、是非我々を入れて頂きたいのですが」

「駄目よ、私は警察が大嫌いなんだから」

マダム・ルビィは厄神警部にそっぽを向いた後、扇子で口元を隠してこう呟いた。

「『ブラッドルビー』も『血濡れた宝剣』も曰く付きの呪宝…。それを手に入れる為に何人もの人が血を流した事か…。レディ・ピンクジュエル、あなたもそれを手にするのなら、血を流してもらわないとね…フフフッ」

不気味に笑うマダム・ルビィに、アクアマリンは嫌な予感を感じた。二人が双子だからこその勘、いわゆるテレパシーのようなものだろうか、二人は離れていても何処かで繋がっているような気がした。ピンクジュエルが狙う呪宝は危険なものも少なくない。それを感じる度に、青葉は千歳の身が心配になる。

「(千歳姉、何かあったら直ぐに逃げろよ…。命を落としてまで欲しい宝なんてないからな…)」

「アクアマリンさん?」

りんかの声でアクアマリンは、はっと目を覚ました。

「りんか、どうした?」

「心配事があるんですか…?」

りんかはアクアマリンを見つめ、首を傾げる。

「心配事って…、何を?」

「いや、何となくですけど…、誰かを心配してるようだなって」

りんかは、アクアマリンに向かって頷いた。

「(意外にも洞察力と勘が優れてるな、千歳姉は完全に見くびってたけど…。流石、警部の娘さんで、学年トップの成績なだけある)」

 馬鹿と天才は紙一重という事だろうか、この場に居るりんかを見ると、千歳が青葉に言ったイメージとは違うように見える。千歳は、りんかをトラブルメーカーだと馬鹿にしていたが、青葉はりんかを侮れない存在だと感じるのだ。青葉は、もし、正体が暴かれるとしたら、それはりんかにだと思うのだ。だからこそ、りんかの前で正体を暴かれそうな事をしてはならないと感じていた。

「幾らマダム・ルビィが拒絶していたとしても…我々は何としてでも彼奴から宝を守らなければならない!今すぐに宝物庫にむかうのだ!」

「了解しました!」

厄神警部の威勢の良い声で、警官達は宝物庫に向かって走り出した。りんかとアクアマリンもそれに続く。だが、マダム・ルビィはその場から一歩も動こうとしない。

「あの呪宝に近付いた者は必ず血を流し、誰かの血を浴びる事になるわ…。それが、泥棒じゃなくてもね…フフッ」

マダム・ルビィはそう言って、屋敷全体に響き渡るような高笑いを上げた。


 千歳は宝物庫の扉を開け、すぐにカーテンの裏に隠れた。そして、ピンクジュエルの服装に着替え、辺りを見回した。宝物庫は全体的に薄暗く、着いている照明は真っ赤だ。宝物庫には中世の兵士の鎧や、ダイヤのティアラ、金貨が詰まった箱などが所狭しと並んでおり、博物館というよりは、本当に倉庫のような感じだった。また、宝以外に中世の処刑道具、ギロチンやアイアンメイデンなども置いており、不気味な印象を与える。

 ピンクジュエルは、宝が押し詰められて足の踏み場もない床を、ゆっくりと歩いて行った。呪宝目当てじゃないなら、この床にある宝物を奪って逃げればいいだけの話だ。それだけなら簡単で、警備も迂闊ですぐに逃げられる。ここまでの宝物があって、警備が迂闊なのは、ピンクジュエルは逆におかしいと思った。

「警察が何も動いてない…、何で…」

ピンクジュエルは宝を踏みながら先に進んだ。すると、背後から金属で出来た何かがガタガタ震える音がした。

「えっ?」

恐る恐る振り向いて見ると、さっきの鎧が、ピンクジュエルに剣を向けていた。

「何で?!人は入ってないはずなのに!」

鎧はまるで人間が入っているかのように動き出し、ピンクジュエルに向かってきた。更に、天井からは槍の雨、壁からは斧が飛び出し、一気にピンクジュエルを畳み掛けてきた。ピンクジュエルは何とかそれを避けたが、避けきれず、槍が一本足に刺さってしまった。そこからは血が流れ、ブーツから垂れていく。

「血を流せって、まさか…、こういう事なの?」

ピンクジュエルは、そこから何とか立ち上がり、奥の方まで進んで行った。床にある宝はだんだん少なくなり、向こう側には扉が見える。

「あそこに呪宝が…!」

ピンクジュエルは、垂れてくる血を気にしながら、その扉に向かって走って行った。



 厄神警部は警官達を二手に分けて片方に付き、もう片方にりんかとアクアマリンを付かせた。厄神警部は一番後ろを歩き、警官達に付いて行った。

「この紅蓮荘には罠が至る所についている、くれぐれも用心するように!」

「はっ!」

そう言っている横から、床から棘が迫り上がって来た。先頭を歩いていた警官は腰が抜け、立ち上がれなくなってしまった。

「ひいっ…!」

「まるで、中世の城みたいですよね…」

厄神警部は警官を無理やり立ち上がらせた。

「しかし、このままじゃ先に進ませんね…」

「戻りましょうか…」

警官達が戻ろうとした時、さっきと同じように床から棘が迫り出し、更には壁には槍が突き刺さって身動きが取れなくなってしまった。

「どうしましょう!」

「このままじゃ、動けない!」

厄神警部は歯を食い縛り、警官達の無事を確認した。


 アクアマリンとりんかは警官達に付いて行き、屋敷の大広間にやって来た。大広間には階段があり、二階に上がれるようになっている。

「宝物庫は、確か二階にあったような…」

りんかは、警官達と一緒に二階に上がり宝物庫へ向かった。

「りんか!確かそこには…」

アクアマリンは、先に行くりんかを、腕を引っ張って止める。よく見ると、そこには棘が付いた鉄球の振り子が行き来していた。

「どうしよう…、先に進めない…」

「タイミングを掴んで進むんだ、いいね?」

アクアマリンは警官達の様子を見ながら、りんかの手を引っ張って振り子を避けて進んだ。その先には鉄格子の扉がある。

「この紅蓮荘は、主人が普段通る道以外は危険な罠があります。どれも当たれば血を流す…、下手をすれば、死ぬ可能性があるものも…。」

 千歳はこの紅蓮荘の地図を見た時、主人の道を割り出して進んでいた。もちろん青葉もその道筋を知っている。だが、怪しまれないように青葉は別の道を通らなければならないのだ。もちろんそこには危険な罠がある。

「この鉄格子の扉の先に宝物庫があります」

警官の一人がその扉のロックを解除し、先の廊下に進んで行った。アクアマリンとりんかも後に続く。

 ピンクジュエルよりも一歩遅れて、警官達は宝物庫に辿り着いた。


 ピンクジュエルは、奥の部屋の扉を開けた。部屋の中は更に暗く、床には何もなかった。ピンクジュエルは、ポケットの中からライトを取り出して先に進んだ。しばらく歩くと、床に何か硬いものがある事に気づいた。ライトを照らしてみると、そこには『血濡れた宝剣』がある。

「こんな所に落ちているなんて…」

ピンクジュエルは、左手でそれを拾い上げた。

 呪宝はどれも値打ちのある貴重なものばかりだ。それをいとも簡単に泥棒に拾わせるなんて、絶対におかしい。もし、あるとすれば、それは罠だ。ピンクジュエルはそれを分かって拾ったのだ。

 ピンクジュエルが更に進んでいると、天井から妙な音が聞こえた。そこを照らそうとしたその時、天井がばっと開いて槍や剣や包丁が一気に降り注いで来た。

「えっ?!」

ピンクジュエルは宝剣を盾にして頭を伏せた。致命傷には至らなかったが、さっき槍が刺さった足に、剣が刺さり、マントがビリビリに破けた。

 仕方なく、ピンクジュエルはマントは脱いだ。気を取り直してライトを周囲に照らすと、奥の方にキラキラと光る小窓がある事に気づいた。ピンクジュエルはライトを仕舞って宝剣を持ち、小窓に向かってゆっくりと歩いた。左手に持った宝剣はずっしりと重く、持っているのも邪魔臭く感じた。


 ピンクジュエルは闇の中で飛び出ている小窓の前に立った。小窓は丁度腕が通る大きさで、その向こう側には真っ赤に光る何かが見える。よく見るとそれは、『ブラッドルビー』だった。

「あれが…!」

 ピンクジュエルは宝剣を置いて、右腕を小窓に突っ込んだ。手は『ブラッドルビー』に触れ、後は腕を引き抜くだけになったその時、何かが腕を固定し、全く動かなくなった。

「この呪宝を手にするのなら…、血を流してもらわないと困るのよ」

ピンクジュエルの背後の闇から、マダム・ルビィの声が聞こえる。

「この小窓は腕を切り落とすギロチンになってるわ…、それに腕を斬り落とされないと『ブラッドルビー』は取れないの…。」

ピンクジュエルの右腕はいとも簡単に斬り落とされ、切り口からは血が垂れてくる。

「あら…?あまり血が出ないわね…?」

すると、ピンクジュエルは、不敵な笑みを浮かべて、肩の切り口を身体から引き抜いた。斬り落とされたはずの右腕は服の中に隠れていて、ピンクジュエルはそれを出してマダム・ルビィに見せつけた。

「あなたが斬り落とした腕はフェイクよ、呪宝を奪うのに利き腕が無くなったら奪えないから。序に言うと槍が刺さった足もフェイクよ。ずっと左腕だけで行動するのは不便だったけど、この作戦をする価値はあったわね!」

ピンクジュエルは、腕を斬り落としたギロチンを足で蹴り落とし、小窓の先にある『ブラッドルビー』を手に取った。

「さてと…、それじゃあね、マダム・ルビィ!」

 ピンクジュエルは、駆け出して宝物庫の先の廊下の窓を割って、外に飛び出した。呪宝を持って逃げたピンクジュエルに気づいたアクアマリンとりんか、いつの間にか罠から抜け出した厄神警部達がそれを追い駆ける。だが、さっきまでしたはずのマダム・ルビィの声がしなかった。

「あれ?マダム・ルビィは…?」

ピンクジュエルがそれを気にしながら逃げていると、何者かが背後から二つの呪宝を奪った。

「警察から逃げてるせいで手元がガラ空きよ?」

ピンクジュエルがその声の主を見た。長い黒髪に猫の耳を着けた女性。豊満な胸元を見せつけるようなレオタードを着込み、蝶ネクタイを着けていた。

「レディと名乗る割にはお子ちゃまなのね、レディ・ピンクジュエル…」

その女性は『ブラッドルビー』に口付けをして、手に鞭を持った。背中のファー付きのマントが風に靡く。

「あなた、何者なの?!」

女性はピンクジュエルを嘲るような目で見た。

「怪盗なのに…、私の名前も知らないの?なら教えてあげるわ、私は怪盗グラマラスキャット、夜を駆け回る妖艶な黒猫とでも覚えるといいわ」

グラマラスキャットは音もなく呪宝と共に消えた。

「この泥棒猫!」

「待て!ピンクジュエル!」

 ピンクジュエルが落ち込む隙も無く、警察達は追い掛けてくる。ピンクジュエルは、呪宝も持たずに逃げた。闇夜の中逃げたせいでピンクジュエルは茂みの中に突っ込み、そのまま転げ落ちた。そのお陰で警察を撒く事は出来たが、ピンクジュエルは再び青葉に回収される事になったのだ。

 その一部始終を、何者かが上から見下ろしていた。

「怪盗レディ・ピンクジュエル、か…」

頭に王冠を被り、王子のような格好をしたその人物は、不敵な笑みを浮かべ、闇の中に消えた。

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