財閥へ
その翌日の事だった。眠れなかったはずの千歳は、いつの間にか眠っていたらしく、青葉よりも先に目を覚ました。
「おはよう…、あれ?青葉?」
青葉は、千歳に気づくと、眠い目を擦って千歳を見た。
「おはよう…、何で千歳姉がこんな所に…」
「あんたが一緒に寝ようって言ったからでしょうが…」
千歳はベッドから飛び降りて、着替えに行った。
外は曇り空で、夕方から夜には雨が降る予報だった。二人は朝食を済ませて窓の外を見る。
「今日、警察も五星財閥の捜査に行くんだってよ」
「そうなんだ…、先に乗り込まなきゃ」
「千歳姉、それは…?」
千歳の手には何故か『ムーンシルクドレス』がある。
「お姉ちゃんも、連れて行こうって思って…」
千歳は『ムーンシルクドレス』を大切に持って、カバンの中に入れた。
「俺、先に行く」
「どうして?」
「涼平やりんかも来るって言ってたからな」
「そっか…」
青葉は千歳よりも先に家を出てしまった。
青葉はアクアマリンの姿になって、涼平とりんかの元に現れた。
「アクアマリンさん、来てくれたんですね!」
「ああ…、五星財閥の調査だろ?私も協力するよ」
「宜しくお願いしますよ?」
三人は、厄神警部達と一緒に屋敷の中に入っていく。
「こんなに堂々と行って大丈夫なんですかね?」
「致し方ない…」
臼井刑事は半ば乗り気ではないものの、財閥の悪事を暴くには仕方がないと判断した。
屋敷の中に入ると、一人のメイドがやって来て、三人にお辞儀をした。メイドは若そうに見えるが、りんかの母親の美香と同じくらいの年である。
「こんにちは、五星邸のメイドの宍戸理恵と申します」
辺りを見渡しても、理恵以外の人は居ない。大きな屋敷だ、他に雇われている者が居てもおかしくはない。アクアマリンは疑問を抱いた。
「このお屋敷に雇われてらっしゃるのは、あなただけなんですか?」
「ええ…、私以外のメイドやコック、執事達は三年前に懲戒解雇で辞めされたそうです…」
「三年前…」
三年前、それはちえりが誘拐された年でもあり、二人の両親が消えた年でもあった。
「その時に何があったかご存知ですか?」
「ええ…、ですが、私の口からは何も…」
「そうですか…」
アクアマリンは、理恵の目の前で帽子と鬘を外して、服を脱いだ。警官の制服の下には青葉の普段着がある。
青葉は、理恵の目の前に立ってお辞儀をした。
「初めまして、鳳青葉と申します」
「鳳…、あなたはまさか、鳳商事のご子息様でしょうか?」
理恵は、突然目の前にお得意様の子息が現れた事に驚き、目を丸くした。
「思えばあれも、三年前の出来事でした…。両親がこの屋敷で消息不明になり、ずっと帰って来ていません。何故、両親が帰ってきていないのか、俺はずっと分からないままなのです。
俺は、ピンクジュエルを確保しに来た訳ではありません。この屋敷で起きた事の真実を知る為に、ここにやって来ました。」
「僕も真実を知りたいです」
涼平も、理恵の目の前に立つ。
「僕は藤並涼平と申します、僕は四年前に財閥の人間に弟の命を奪われました。最初はグラマラスキャット、もといマダム・ルビィだけの問題だと思っておりました。ですが、この問題を追っていくうちに、その根本に五星財閥があると分かったのです。」
厄神警部は二人の話を聞いて、頷いた。
「私も二人の意見に賛成です。あなたが存じ上げている範囲で宜しいので、その時の事を伺っても宜しいですか?」
「ええ…、こちらに」
理恵は、廊下の向こう側にある小さな部屋に四人を案内した。
その部屋は理恵の寝室で、小さなビジネスホテルの一室と同じくらいの広さだった。
「まずはこちらを…、お返しします」
理恵は机の上に『クリスタルオルゴール』を置いた。
「"片方だけ"、ですが…」
「片方?と言うと、このオルゴールは対になっておられるのですか?」
「ええ…、恐らく、鳳洋司様が九条家に寄贈されたのは対となったオルゴールでしょう…。」
「そうですか…」
理恵は『クリスタルオルゴール』を厄神警部に手渡した。
『クリスタルオルゴール』は、水晶で出来た獅子の像に装置が埋め込まれたオルゴールだった。ところが、鳴らしてもなんの曲かははっきりしない。
どうやら、対となった二つのオルゴールを同時に鳴らさないと、曲が完成しないようだ。
厄神警部は、『クリスタルオルゴール』を大事に仕舞って、話を続けた。
「私は最初、この屋敷を強制捜査しようと考えておりました。ですが、二人の話を伺い、それだけでは解決しないと思いました。」
「ええ…私の口から言うのも憚れますが…、ご主人様の所業はとても許されるものではありません」
理恵は椅子に深く腰掛けた。
「他の従業員は、この屋敷に雇われていた事を言わないという条件で辞めさせられたようです…」
「それ程に酷い事をしていたのですか?」
「はい…」
理恵はそう言って、自室にあるクローゼットに目を向けた。
一方、ピンクジュエルは『クリスタルオルゴール』の在り処を探していた。大きな屋敷だが、人気がない。ピンクジュエルは、壁を這いながら進んで行った。
「『クリスタルオルゴール』を探しているのかね?」
誰も居ないはずの廊下から、声が聞こえた。ピンクジュエルにはその声の主が分かっていた。五星財閥の会長である五星道山だった。千歳は道山に何度も出会った事があった。
「生憎、私にはお前の居場所が分かるのだよ」
その声がした次の瞬間、ピンクジュエルの頭上に槍が降ってきた。ピンクジュエルは間一髪で、壁にもたれかかって避けた。
ところが、その壁には有刺鉄線が巻きつけられてあり、ピンクジュエルのマントやスーツに穴が空いてしまった。
「全く…、趣味悪いわね…」
ピンクジュエルは有刺鉄線から抜け出して、先に進んだ。
「私に会いたいか?会いたいのならば、お前が望む恰好で来い。大広間で待っている。それに、私はお前が望む物を持っている。」
ピンクジュエルは大広間に続く廊下を走っていく。
「私が望む恰好、か…」
ピンクジュエルは重々しい扉を開け、道山が待つ大広間の中に入って行った。




