放送部系女子の日常
翌日、千歳が登校すると、早速クラスはピンクジュエルの話題で持ち切りになっていた。
「ピンクジュエルカッコ良かった!」
「また鮮やかに宝を盗んでいったわね!屋上に登って空を飛んで逃げていったのは凄かったわ!」
その後墜落して公園の茂みに激突したのは内緒だ。
「そんな事があったんだ…、私も見たかったなぁ…」
「千歳ちゃん不運だね〜、いっつもピンクジュエルに会えないじゃ〜ん」
「本当、そうだよね…」
千歳が落ち込んでいると、教室の扉をうるさく叩く音がした。
「センパイの皆さん!」
そう言って勢い良く扉を開いて現れたのは、小柄で、お下げの髪の毛の少女。目は黒くてくりくりとしていて、黙っていれば美人に見える。だが、それを台無しにするように、態度も声もうるさかった。
「なんでこのタイミングで現れるの…りんかちゃん…」
彼女の名前は厄神りんか、千歳達の後輩で一年二組である。その名は学年関係なく学校中に知れ渡っており、『泉ヶ丘中の厄神様』という異名がつくほどである。その名の通り、現れる度にトラブルを引き起こし、彼女に関わった者はまともな目に遭わないといわれる。
また、トラブルを巻き起こす割には賢く、成績は学年トップである。その為、先生からは好かれているが、生徒の評判はあまりよろしくなかった。
「せっかくアンケートを集計して持ってきたのに…ほら!」
りんかは、大量の紙の束を千歳の机の上に、ぼんと置いた。
「これ放送部のアンケート!ちゃんとクラス別に集計しておきましたよ!」
りんかは、アンケートの上に自分のノートを置いた。
「これ、放送部でやってたの?」
「はい!」
りんかは、そう言ってそそくさと自分のクラスに帰っていった。
「学校新聞も放送部でやってるし、うちの放送部ってかなりマルチだよね」
「まあね…」
千歳は、アンケート結果を見た後、用紙を紐で束ねた。
「でも、慢性的な部員不足で、今私と花恋ちゃんとりんかちゃんしか居ないんだ」
「へぇ…」
泉ヶ丘中の放送部は、毎朝と昼の放送、体育会や文化祭のアナウンスだけに留まらず、学校新聞や新入生のアンケート調査なども行っていた。昔は人気があったようだが、三年前からは慢性的な部員不足になっている。その為、入学式の時は熱烈な勧誘を行っているが、今年釣れたのはあのトラブルメーカーしか居なかった。
「そういえば、何で千歳ちゃんは放送部に入ろうとしたの?運動センスもあって運動部からも勧誘受けてたじゃない?」
「用事多いし…、仕事多くて楽しいからかな!後、花恋ちゃんと一緒にやれるし…」
千歳は花恋の方を見て微笑んだ。花恋ははっと驚き、千歳に微笑み返す。
その用事というのがピンクジュエルなのは、二人には内緒だ。
「そうそう、千歳ちゃんにプレゼントがあるの!」
結菜は、制カバンの中から、大きなピンクの包みを取り出した。
「文化祭の準備そっちのけで造った自信作!千歳ちゃんに是非あげたくて!」
「何やってるんですか部長さん…」
花恋が苦笑いを浮かべる中、千歳は包みを受け取ってそれを開けてみた。すると、その中にはピンクジュエルのぬいぐるみが入っていた。完成度は高く、頭から爪先まで全て再現している。しかも、肌や腕はフェルトで出来ているが、上着とマントはビロードのようにツルツルとした布で出来ていた。また、耳元には本物同様に花のピアスがあり、リボンとダイヤが着いた特徴的な帽子もそのまま再現していた。
「凄い!本物と全く同じだ!」
「千歳ちゃん、ピンクジュエル見たことないって言ってたでしょ?」
「うん!ありがとう結菜ちゃん!」
「次はアクアマリンも造りたいなぁ…後…、これの倍の出来で造って本物のピンクジュエルにプレゼントしたい!」
いや、もうプレゼントしてるんですけど…。想像してうっとりしている結菜に、千歳はそう心の中でツッコんだ。
放課後、千歳は放送室にやって来た。そこには花恋とりんかと、放送部顧問の吉岡多江が居た。多江は、先生になって三年目で、この泉ヶ丘中の卒業生でもある。在学中は放送部の部長をしており、三人にアドバイスをする事も多かった。国語担当の教師でもあり、若さだけでなく人柄の良さで人気が高い。多江はいつも、カーディガンにズボンという活動的なスタイルで、髪の毛はショートカットにしていた。
「アンケートの集計は出来たのね?」
「りんかちゃんがしてくれました」
千歳は、りんかが書いたノートを多江に差し出した。
「ふんふん、なるほどねぇ…、これを学校新聞に載せるの?」
「はい!」
「あっ!アンケート用紙を千歳先輩の机の上に置きっぱなしだった!取ってきます!」
りんかは急に立ち上がり、廊下を走って行った。
「だ、大丈夫かな…」
「止めたほうが良かったんじゃない…?」
「センパイ!」
その声と一緒に、りんかは、うず高く積まれたアンケート用紙の束を持って現れた。
「いや〜、凄く大きくて重たいですね〜」
りんかがよろけながら用紙を持っていると、机の角に腰をぶつけてよろけた。その勢いでアンケート用紙を千歳の顔にぶつけ、見事に床にぶちまかした。
「ほら、言わんこっちゃない…」
「いや〜、大変でしたねアハハ」
りんかは笑いながらアンケート用紙を片付け、多江に向かって頭を掻いた。
「全く、後でまとめて捨てといてよね」
「このアンケートはみんなの将来の夢だったね。そういえばりんかちゃんの将来の夢って?」
「警察官です!街の平和を守りたいんです!」
「あんた、事故に駆けつけるっていうよりも、引き起こす側だよね?」
千歳が眉をしかめると、りんかは千歳にしがみついた。
「ぬわ〜っ!センパイ、失礼じゃないですか!」
「だってそうしか考えられないから」
りんかは、がっくりとしてアンケート用紙を束ねて外に出てしまった。
「流石にちょっと言い過ぎじゃない…?」
「まぁ…、流石にね」
花恋は、二人が言い合っている間に、アンケートの結果を学校新聞の下書きに書き写していた。
「さぁ、やる事はまだまだ目白押しだよ!今度の朗読会の練習、昼の放送の音楽決め、後は…」
「花恋ちゃん…、現実を見せないで…」
「先生は、仕事があるから職員室に行くわね」
多江は大量の書類を持って放送室から出ていった。
「そうこうしている間に、出来たよ、学校新聞!」
花恋は、内容がぎっしり詰まった学校新聞を千歳に見せた。
「おお〜!凄い!後はこれを貼りに行くだけだね!」
「うん、お願いね!」
千歳は、花恋の学校新聞を受け取り、階段近くの柱に貼りに行き、戻ってきた。何処で道草を食っているのか、千歳が帰ってきてからも、りんかは帰って来なかった。いつもの事なので二人も、探すのを諦め、終了時間まで活動した。
「ただいま〜」
千歳が帰って来ると、青葉と伸人が待ち構えていたようにソファーに座っていた。顔は二人共真剣そうだが、瞳の奥には不安を覗かせる。
「お帰りなさい千歳様、新たな呪宝の在処と、依頼の手紙が届きましたよ」
千歳は伸人から手紙を受け取り、それを読んでみた。その内容は、財閥に奪われた呪宝の一つ、『ブラッドルビー』と『血濡れた宝剣』を取り返して欲しいというものだった。
「その宝物は現在、マダム・ルビィの屋敷にあるそうです…。二つとも呪われた危険な宝物…、かつて、それを巡って血を流した者も少なくありません…。おまけにマダム・ルビィは残虐で、宝物の為なら人の命さえ容赦なく奪うといわれる程の恐ろしい人物です、くれぐれも用心下さいませ。」
二人は、屋敷の見取り図を見て、頷いた。
「いつもは千歳様が心配なのですが…、今回は青葉様も心配です。彼女はそのような人物なので、警察の関与を好まない。海外の警察は、彼女を危険人物としているそうです…。いくら、日本の警察と一緒に行動するはいえ、心配です…。何かあったすぐ逃げて下さい」
「生瀬さん…、分かりました!」
千歳と青葉は、手紙の内容を何度も確認した。これからアクアマリンとしてこの屋敷に入る事を考えていると、青葉はこの前の事を思い出した。
「千歳姉、厄神りんかっていう子知らないか?俺がこの前アクアマリンとして活躍した時に、会ったんだけど…」
「ああ、私の後輩だよ、あの『泉ヶ丘中の厄神様』でしょ?あのトラブルメーカー、今日もやってくれたの。もしかして、会ったの?」
「えっ?!同じ学校だったのか…、あいつ、警部の娘さんで、この前一緒に行動してたんだよ…、正体バレてないよな?」
「あぁ、あのバカでしょ?心配に及ばないって」
心配する青葉に対して、千歳は呑気だった。
「あいつを見くびらない方が良いと思うな…」
青葉は、りんかの事を考えると、変な事まで考えてしまいそうになった。