本当に守りたいもの
泉ヶ丘ショッピングセンターに着いたアクアマリンは目を疑った。強盗が入りんだという事で、ショッピングセンターは大混乱している。警官や、警備員、店員達は混乱を鎮めようとしていたが、とても追いついていない。
今日は休日で、夏休み最中だ。その為人は普段以上に多く、子供が迷子になれば、探すのは困難だろう。
アクアマリンは強盗を厄神警部に任せて、りんかを探しに行った。人混みの中、一人の人を探すのは至難の業だ。アクアマリンはその小さい体を生かして人混みの中に入った。
すると、その人混みの中に見知った人を見つけた。それは、偶然ここに居合わせた涼平だった。
「涼平、何でこんな所に?」
「アクアマリンこそ、何でピンクジュエルも居ないのにこんな所に?」
二人は、お互いを見合わせて考え込んだ。
「りんかがこの中に居るんだ。厄神警部は物凄く心配している」
「りんか?僕は見てないけど…」
涼平は、人混みを見ながらそう言った。
「りんかを探しに行くよ、それじゃあな」
「待って、僕も探すよ」
涼平は、アクアマリンに付いて、一緒にりんかを探す事になった。
アクアマリンと涼平は、りんかを探す為に人混みという海の中を、懸命に泳いでいく。二人は人をくまなく見ていくが、りんかの姿は何処にも見当たらない。その間に、アクアマリンは顔見知りの警官を何人も見つけた。
「ショッピングセンターに強盗だなんて、聞いた事がないよ」
「突然の事だからみんな混乱してる…。りんかは何処にいるんだよ」
「さあ?女の子が好きそうな場所に居るんじゃないかな?」
「女の子が好きそうな場所…」
アクアマリンは頭を絞り出して考えたが、全く思いつかなかった。
青葉は幼い頃、両親と千歳と一緒にショッピングモールに行っていた。まだ男女の区別があまりついていなかった頃だ。趣味も性格もそんなに変わらなかった。二人で同じようなものに満足していた。遊園地も仲良く遊んで、一緒にはしゃいでいた。
ところが、幼稚園に入る頃、千歳は花恋達の影響で、『おまかせ☆魔女っ子ガールミルキーバニラ』に興味を持つようになり、青葉は、ヒーローバトルアニメである『すすめ!ぼくらのミラクルレンジャー』に夢中になっていた。
そこで、男女の区別がつくようになった二人の間には、ちょっとした溝のようなものが出来てしまい、青葉は、千歳と一緒にショッピングセンター行く事はなくなった。
その為、青葉は女子が何が好きなのか分からなかった。千歳とは双子だが、四六時中一緒行動している訳ではない。それぞれに友達が居る。また、一人の時間も必要だ。
青葉は、りんかが好きなものも考えられないし、それと同じように、兄弟であるはずの千歳が好きなものも考えられなかった。
そう考えてアクアマリンはしばらく立ち止まっていた。すると、エスカレーターの脇にある掲示板に目が入る。そこには、今日特設ステージで、『すすめ!ぼくらのミラクルレンジャー』のショーが開催されると書かれていた。だが、この騒ぎで中止になるだろう。
アクアマリンは、休日の家族の楽しみを奪った強盗犯に憎しみを覚えた。
「なぁ涼平、ミラクルレンジャーって見てたか?」
涼平は、掲示板を見ながらこう答えた。
「あぁ…、見てたよ。今もやってるんだな」
「素直に生きてた頃が懐かしいよ、全く…」
アクアマリンは掲示板から背を向けた。
青葉は、幼稚園の頃にあったものを失っていると思う。どんな事にも興味や関心を向ける瞳の輝き、素直で純粋無垢な心、明るい気持ちだった。青葉は、色んな事を経験し過ぎたせいて、幼さをすぐに失ってしまった。
まだ大人にはなりきれない青葉、だが、大人になってしまえば子供心を失ってしまうかもしれない。青葉は、それに堪えられなかった。
アクアマリンと涼平は階段で三階に上がった。その階は女性向けのファッション売り場である。だが、強盗犯のせいで、人気は全く無かった。
「女子が好きそうなとこだけど、人が居ないんじゃ意味ないね」
アクアマリンは次の階に上がろうとした涼平を止めた。
「待て…!りんかの声だ!」
アクアマリンは目を閉じて周囲の音を探る。すると、静寂の中に聞き覚えのある声が聞こえる。その声は、確かに自分の名前を呼んでいた。
「涼平、行こう」
アクアマリンは先に進もうとしたが、涼平にそれを止められた。
「あいつらは…?」
涼平の目線の先には、二名の覆面の人物が居た。彼らは、客が立ち去って警備が甘い所を狙っているらしい。
「あの強盗犯は何をする気だ?」
「まさか、ATMを襲撃する気じゃ…。この階に確かあったよな?」
すると、強盗犯を追ってきた警官達が非常階段から駆け上がってきた。
「ここは警察に任せて行くぞ!」
アクアマリンは涼平を連れて、りんかの声がした方向へ走り出した。
りんかの声が聞こえたのは、アパレル用品売り場のバックヤードだった。バックヤードには商品を保管する為の棚が幾つもある。更に奥に行くと、倉庫がある。
「倉庫の中から声が聞こえた」
倉庫の中には、抜け穴のようなものがあった。だが、その穴を潜るにはアクアマリンのブーツと帽子は邪魔になる。アクアマリンは涼平の方を見た。だが、涼平はアクアマリンよりも身体が大きく、この穴を潜れそうにない。
「ここは俺が行かなきゃな」
アクアマリンは、帽子とブーツ、それから制服を脱ぎ、青葉の姿になって抜け穴を潜ろうとした。ところが、涼平は腕を掴んでそれを止める。
「待て!りんかに正体がバレてもいいのか?!」
「りんかを助ける為なら、構わないよ」
アクアマリンは、いや、青葉は涼平の手を解いて穴の中に入っていった。
穴は見た目以上に深く、先が見えない。青葉は靴を脱いだ状態で、這いながら進んでいく。何故、倉庫の中にこんな抜け穴があるのか分からないが、りんかの声はその向こうから聞こえる。青葉はその先に向かって進んで行った。
しばらく進むと、広い場所に出た。どうやらここは隠し部屋らしい。何故、こんな所に部屋があるのか、誰かどのような目的で使っているか分からない。だが、空調が効いていて、椅子と机が置かれていた。
その中で青葉はようやくりんかを見つけた。りんかは何者かに捕まったのか、椅子に縛り付けられている。
「りんか!」
「青葉、先輩…?」
青葉はロープを解いてりんかを救い上げた。そして、さっきの抜け穴を使って一緒に出る。
出口には涼平が待っていた。どうやら強盗犯が入り込まないように見張っていたらしい。
「涼平、無事に助け出したよ」
涼平は二人の無事を確認すると、肩を撫で下ろした。
「早くお父さんの所に行こう!凄く心配してる…」
「そうだね、行こうか」
三人は、誰も居ないフロアを歩いて、厄神警部の元へ向かった。
「どうして捕まってたんだ?」
「私が強盗犯を逮捕しようとしたら…、私が捕まったんですよ…」
「そうか…、あんまり無茶するとお前の命も危ないぞ?」
涼平がそう言うと、りんかは青葉の方を見つめた。
「私、アクアマリンさんみたいに立派な警官になりたいのに…」
青葉は、りんかから目を反らした。
「全然立派じゃないよ、アクアマリンは…」
青葉は、りんかの手を掴み、涼平を置いて駆け出した。
そして、三人は厄神警部の元に辿り着いた。厄神警部はりんかを見るとすぐさま両腕を掴んだ。
「りんか!無事で良かった…」
「お父さん…」
「強盗犯は無事に捕まえたよ、あれ?アクアマリン君は何処に?」
青葉は一歩前に出て、厄神警部に向かってお辞儀をした。
「こんにちは、泉ヶ丘中学校二年一組の鳳青葉と申します」
「鳳…、あの行方不明になった社長の息子さんか…」
青葉は厄神警部の顔をじっと見つめた。
「君のご両親は捜索中だが、未だ見つかってないよ」
「そうですか…」
青葉は、アクアマリンではないこの姿でこの場に居辛かった。だが、ここから逃げる訳にはいかない。
今までお互いの事しか信じないと言って、千歳と二人だけで行動していた。だが、今は涼平やりんかも協力してくれている。
また、厄神警部もアクアマリンの事を信頼している。そう考える度に青葉の胸は痛かった。嘘ばかりついている自分を、何故この人は信じ続けるのだろう。嘘をついて逃げてる自分がだんだん情けなくなってきた。
青葉は覚悟を決めて厄神警部に全てを明かそうと思った。
「あの、実はアクアマリンは…」
「…知ってるよ」
青葉は、事情を伝えようとしたが、厄神警部には全部お見通しだった。
「俺が何十年警察に勤めてると思ってるんだ?中学生の寸劇に騙される程俺は甘ったれてない」
厄神警部は青葉の肩を強く叩いて豪快に笑った。
「す、寸劇って…」
青葉は苦笑いを浮かべてりんかの方を見つめた。
「りんか…、お前の父さんはいつもこんな感じなのか?」
「そうですよ?」
厄神警部はりんかと青葉を見て笑っていたが、突然真剣な顔になった。
「青葉君、涼平君」
青葉と涼平は同時に厄神警部の方を見た。
「この件は私にも責任があると思ってるんだ。五星財閥の不祥事や事件はずっと前から存じていた。だが財閥の強い権力のせいで警察の手に追えなかった。二人共五星財閥の被害者なんだろう?」
「財閥の被害者…」
二人はお互いの事を見つめた。確かに、青葉の両親は財閥に関わったせいで行方不明になった。涼平の弟の港平も、財閥の重鎮であるグラマラスキャットことマダム・ルビィに殺されている。二人共五星財閥によって大切な人を失った被害者なのだ。
「我々がもっと真剣になって捜索しておればこんな事にはならなかったはずなのに…、すまなかった」
厄神警部は二人に向かって深々とお辞儀をした。警部が中学生二人に頭を下げる事があるなんて思わなかった。青葉と涼平は、慌てて厄神警部を宥めた。
「厄神警部、そんなに謙遜しないで下さいよ…」
「ピンクジュエルの事も、財閥に関係してるんだろ?」
「はい…」
「なら、やるしかないよな…」
「そうですね…」
青葉と涼平、それからりんかは、厄神警部と別れて先にショッピングセンターを出ていった。
そして、青葉と涼平とりんかは並んで、歩きながら話始める。
「りんか…、まさかずっと分かってたのか?」
「分かってましたよ?」
「何時からだ?」
「初めて会った時からですよ」
青葉は、りんかに正体が知られるのを恐れていたが、青葉がそう思うよりも先に、りんかはアクアマリンの正体を知っていた。
「知っててずっと黙ってたのか?」
「はい?」
「やっぱり…、りんかは侮れないな」
すると、りんかは照れ隠しに頭を掻いた。
「いや〜、青葉先輩に褒められる日が来るなんて…」
りんかはニコニコ笑って青葉を見る。
「別に、褒めてないのによ…」
青葉は、自分の事をとやかく言うりんかを鬱陶しいと思ったが、何故か嫌な気はしなかった。
「青葉先輩は一生懸命な人です!」
「褒められるのは…悪い気はしないな」
青葉はりんかの方を見た。
「(なんで親でも友達でもないのに、りんかを助けようと思ってあれだけ必死になったんだろう…)」
考えてみれば、不思議な話だった。何故アクアマリンの姿ではなく、青葉の姿になってまでりんかを助けたのだろう。
りんかを探すのは厄神警部の指示だった。だが、助け出すという事までは何も言われていない。
りんかを助けようとして体が動いたのは、ただの指示ではなく、青葉がりんかに対して抱く思いがそうさせたのだろう。だが、それを何と呼べばいいのか青葉は分からなかった。
そして、青葉は涼平とりんかと別れて海洋邸に戻った。居間では、千歳が依頼状とパソコンを見て考え込んでいる。
「また依頼が来たの、『魔神の壺』を取り返して欲しいんだって」
青葉はパソコンの画面を覗き込んだ。
そこは、川下家の豪邸で、インターネットのサイトにも詳しく載っている。そこでは集めた宝物が一般向けに展示されていた。
川下家は大正時代に建設された洋館を買って住んでいる。川下家は五星財閥と関係が深く、千歳達も会った事があった。
だが、青葉はこの話が頭の中に入らなかった。りんかについての疑問で頭が一杯だったからだ。そこで、青葉は千歳にこう尋ねてみた。
「千歳姉、家族でも友達でもない人を真剣に助けようって思うか?」
「さぁ…、私には分からない。そういえば…、さっきまで何処に居たの?」
「厄神警部に呼ばれたんだよ」
「ふ〜ん…、まっ、私には関係ないけどね」
青葉は、自分達の事を厄神警部が知っているという事を、千歳には黙っておいた。青葉も、先程の事は置いて、任務の方に集中する。
りんかに抱いた何かを理解するにはまだ時間が掛かる。青葉は、今目の前にある事に集中した。りんかの事を考えると他の事が疎かになりそうな気がするのだ。両親に会う為にアクアマリンをやっているが、今振り返ってみると、その目的から遠ざかっている気がする。
自分に一番何が大切なのか、何を守りたいのか、その答えを出すのに青葉はまだ時間が掛かるようだった。




