女子の夏祭り
その日の夜、千歳は観月が死んだ日の夢を見た。崩れるシャンデリアを受けながら、観月は二人にこう呟く。
「私の分まで生きて…」
その後、その体勢のまま、観月は息を引き取った。千歳は、観月が亡くなった事に驚き、その事実から逃げるように青葉を置いて立ち去った。
翌日、千歳はいつもよりも遅く起きてきた。その夢のせいで寝付きが悪かったのだ。遅く起きてきても、執事の伸人は、いつもと同じように一階で、千歳を待っていた。
「おそようございます、千歳様」
「おそよう…」
眠い目を擦って、千歳は顔を洗いに行った。そして、伸人が用意した朝食を食べて、着替えに行く。
朝の一通りの支度を終えた千歳に、伸人はこう告げた。
「克洋様は朝早くからお出掛けになられましてね」
「そうなのですか…、青葉は何処に行ったのですか?」
「青葉様は、夏祭りまで勉強すると仰って、二階に上がりました」
夏祭りという言葉を聞いて、千歳はハッとした。
「そうだ夏祭り!花恋ちゃん達と約束したんだった!」
「千歳様も夏祭りに行かれるのですか、どうかこれを着て行って下さいませ」
伸人は、そう言って観月の浴衣を取り出して千歳に見せた。
「観月様の浴衣でございます、丁度今の千歳様に合う丈でしょう」
千歳は、伸人から浴衣を受け取り、着物を仕舞っている和室に着替えに行った。
観月の着物は、誂えたように千歳に合った。普段は桃色で花柄の浴衣の千歳だが、観月は、紺色の地に月の模様の浴衣である。丈は合うのだが、亡き姉が着ていたと考えると、千歳には着にくかった。
「ご不満がお有りですか?」
伸人が、襖越しにそう聞いてくる。
「何か…、違う…」
千歳は、鏡を見ながらため息を吐いた。
「少し見せて頂けませんか?」
「うん…」
千歳は、襖を開けて伸人に見せた。伸人は、少し考えてこう答えた。
「髪型を変えたらもしかしたらしっくりくるかも知れませんよ?雅子様に頼んだらどうですか?」
「雅子おばさんに?」
竜野夫人こと竜野雅子、彼女は昔髪結いをした事があるらしい。
「髪の結い方を教えてもらったらどうですか?」
「そうですね…」
千歳はそう言って二階に上がった。
二階には、二人の部屋以外に、伸人の執務室、両親の寝室と書斎、それから竜野夫妻が使っている部屋があった。千歳は竜野夫妻の部屋の扉の前に立ち、ノックをする。
「雅子おばさん、こんにちは」
扉が開いて雅子が現れた。千歳が進んで自分の前に現れた事に雅子は驚いたが、落ち着いて理由を聞く事にした。
「あら、どうしたのかしら?」
「この浴衣に合うように髪を結って欲しいのですが…」
千歳はそう言って浴衣と髪の毛を見せた。
「少し短いわね…、少なくとも観月さんくらいじゃないと…。」
千歳の髪の長さはやや肩に来るくらいだった。千歳自身も、髪型はポニーテールかサイドアップにするくらいだ。初詣や七五三の時も、千歳は髪を結ってもらった事はない。
「下ろすのはダメなの?」
「下ろすのですか?」
千歳は、髪の結び目を解いて雅子に見せた。
「うん、それで良いと思うわ」
「これで…?」
髪を下ろした姿は似合わないと千歳は思っていたが、この浴衣姿だとしっくりくる。
「うん、観月さんとそっくりだわ」
「そうですか…」
千歳は、雅子にお辞儀をすると、浴衣姿のまま一階に降りた。そして、そのまま夏祭りに向かった。
泉龍谷神社には花恋と結菜が待っていた。花恋は花火柄の着物、結菜は蜻蛉柄の浴衣をそれぞれ着ている。千歳は、二人に気づくと、駆け寄ってきた。
「千歳ちゃん!あれ?髪の毛下ろしてる?」
「珍しいね」
「そうかな?」
「おまけに、いつものピンクの浴衣じゃなくて、観月さんの浴衣着てるんだ」
花恋は、千歳の浴衣をまじまじと見つめた。
「や、やめてよ…」
「観月さんって一回しか夏祭りに来た事なかったよね?」
「そうだね…」
千歳はそう言って姉を見るような目で浴衣を見つめた。
次に、話題は結菜の事に移った。遊園地の時は途中で合流、海水浴の時は来なかったが、今回は最初から居る。花恋は、あれから祐一郎がどうなったのか、今日は一緒に来ていないのかが気になった。
「そういえば、お兄さんはどうなったの?」
「あぁ…、準々決勝で負けた後帰って来て、それからずっと練習だよ」
祐一郎は、野球の全国大会の準々決勝まで進んだが、接戦の末破れた。そして、すぐに学校に戻って、来年に向けて練習をしている。
「来年が最後の大会だから、応援してるんだ」
「三年違いだから、来年は二人共卒業なんだ…」
「うん…」
自分が頑張っている時、兄も頑張っている。結菜はいつもそうだった。三年後の自分が目の前に居るようだった。結菜の目の前には、いつも祐一郎の後ろ姿があったのだ。
「兄弟が居るって、羨ましいな…」
「そっか、花恋ちゃんは一人っ子だったね」
「一人っ子どころか、私はお父さんと二人だよ」
兄弟という言葉で、千歳は観月の事を思い出した。
結菜が言った通り、観月は一度しか夏祭りにやって来なかった。病弱な観月は、夏休みの時期によく入院をしていて、夏祭りと重なってしまうのだ。
亡くなる直前に、観月は今千歳が着ている浴衣を着て夏祭りにやって来た。産まれて初めてする体験に、観月は目を輝かせ、幼い子供のように楽しんでいた。それが、産まれて最初で最後の夏祭りと知らずに。千歳は観月のその楽しそうな笑顔が忘れられなかった。
千歳達は縁日の屋台にやって来た。どれも目移りするものばかりだ。祭りというと、普段見慣れているはずのとうもろこしやきゅうりでさえも、焼いたり串に刺さっているだけで、魅力的に思っていまうのは何故なのだろう。
その屋台の中から、千歳は綿飴、花恋は焼き鳥を、結菜はかき氷をそれぞれ買った。
「花恋ちゃん、何で早速焼き鳥買ったのよ」
「だって美味しいんだもん」
「最初からご飯もの買ったらお腹いっぱいになって夏祭り最後まで見れないよ?」
「私はお腹いっぱいになっても花火は見るよ?」
花恋の背後には、近所で開かれる花火大会のポスターがあった。毎年、この夏祭りと同じ日に開催されるので、この花火を見た後帰るのがお決まりだった。
三人が屋台見ながら歩いていると、二人の小さな子供が側を横切った。
「あれ?久美ちゃんとちえりちゃんじゃない?」
その二人は、久美とちえりだった。久美の周囲には、両親も健も居らず、二人きりである。
「二人でどうしたんだろ…」
二人は、走って神社の裏に回って行った。三人は、二人の事が心配だったが、付きまとう事はしなかった。二人の時間を無理に邪魔する事はしたくなかったからだ。
久美とちえりは、両親を置いて神社の裏に回った。二人は何かから逃げるように、うずくまっている。
「大丈夫?ちえりちゃん」
「うん…」
楽しいはずの夏祭り、なのにちえりはビクビクと何かに怯えるように震えていた。
「私…、このままずっと久美ちゃんと一緒に居たい」
「えっ…」
「もうあいつとは居たくないのに…!」
ちえりは久美の目の前で子供のように泣きじゃくる。
「そ、そんな…、どうしよ…」
久美は、悲しい時いつも健に慰められていた。久美も、それに習ってちえりを慰めようとする。だが、自分が思うように言葉が出なかった。
「ちえりちゃん、大丈夫…?」
「嫌…、嫌だ…、久美ちゃん…」
自分の身体にしがみつき、泣きじゃくるちえりを、久美はどうする事も出来なかった。すると、久美を探しに来た健がやって来た。
「久美!それから、ちえりちゃん、こんな所に居たっスか…」
「お兄ちゃん!ちえりちゃんが…!」
久美は、泣き止まないちえりを健に見せた。
「ちえりちゃん…」
健は、何も言わずにちえりを抱き締め、背中を擦った。ちえりは泣いていたが、しばらくすると安心して泣き止んだ。
「もう大丈夫っスね?」
ちえりは、袖口で涙を拭って健を見つめた。
「これから、ミルキーバニラのショーに行くっスが…、一緒に行くっスか?」
ちえりは、こくんと頷いた。そして、久美に手を引かれて一緒に歩いた。
健達が表に出ると、待っていた青葉と和人、それから、偶然出くわした千歳と花恋と結菜に出会った。
「あれ?青葉?」
「千歳姉?!」
「みんな、来てたっスね!」
「これで合流したな?」
健は、みんなを見回してこう言った。
「あっ、どうせならみんなでミルキーバニラちゃんのショー行かないっスか?!」
「ええっ?!」
一同は、健に連れられて神社の中にある特設ステージに向かった。




