男子の夏祭り
翌日、珍しく千歳よりも青葉の方が先に目を覚ました。そして、一人で伸人の所に向かう。
「おはようございます、生瀬さん」
「おはようございます、青葉様」
伸人は、箱の中から綺麗な浴衣を取り出して青葉に見せた。
それは、生前観月が着ていたもので、月の模様が描かれている。そして、丁度今の千歳が着れる程の大きさだった。
「これを千歳様にと思うのですが…、去年の浴衣きつかったでしょう?」
千歳は、朱里のお下がりの浴衣を毎年着ていたが、とうとう帯が締まりにくくなったと言っていた。
「そうですね、良いと思います」
「千歳様は、まだお目覚めではないのでしょうか?」
「はい…、まだ」
青葉はそう言った後、二階の方を見上げた。
「今日の夕方は泉ヶ丘夏祭りだったっけ、健に誘われてたんだ」
「千歳様もご一緒なのですか?」
「それは…、分からないですが…」
青葉は、洗面所に行って顔を洗いに行った。夕方までは時間がある。その間、涼しい部屋で宿題をする事にした。
昼過ぎになると青葉は、浴衣に着替えた。青葉の浴衣は、無地の青に、黒色の帯のものだった。青葉は下駄を履いて玄関を出る。
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ、青葉様」
青葉はそう言って走って行った。
そして、河川敷で健と出会った。健は、藍色の浴衣に、メタルプレートのネックレスを合わせている。
「青葉!来たっスね!」
「健!あれ?和人は、それに久美も…」
「和人は後で来るって言ってたっス、久美は、なんかちえりちゃんと行きたいって」
「そうだったのか…」
「さっ、行くっス!」
青葉は健に連れられ、泉龍谷神社に向かった。
泉龍谷神社は、泉ヶ丘に昔からある神社で、青葉は、宮参りや七五三、初詣でよく行っていた。それから、そこで開催される泉ヶ丘夏祭りにも、毎年参加している。最近は、観光客も多くて近づけなかったが、この夏祭りは、地元の人で賑わっている。
青葉と健は、境内に入ると、屋台が立ち並んでいた。祭囃子が響き、何処も賑わっている。
青葉と健は早速その中から射的を選んで遊んだ。遊園地のシューティングゲームと違い、手作りの輪ゴム鉄砲を使って、景品を撃ち落とす。健は、いつもその中で高得点を取っていて、屋台のおじさんと顔馴染みになる程だった。
「おじさん、今年もやるっス!」
「おお…、健坊か、今年も良いものを用意したぞ」
おじさんがそう言って指さしたのは、一番上にあるおもちゃの宝石箱だった。
「健、それ狙うの?」
「もちろんっス!」
健は、おじさんに百円玉を渡して輪ゴム鉄砲を貰い、宝石箱に合わせて撃った。輪ゴムは見事に一発で命中し、宝石箱は棚から転げ落ちる。
「やったっス!」
「これ、妹さんへのお土産だよ」
おじさんは、そう言って健に宝石箱を手渡した。
「毎年健坊はやって来るからな…、みんな取れないのに健坊は一発で取ってくる」
「満更でもないっスがね、そういう系統のものは得意なんっス」
「凄いな、健」
「君もやるかい?」
おじさんは、そう言って青葉にも輪ゴム鉄砲を手渡した。
「あっ、やります!」
青葉は、おじさんに百円玉を手渡して、輪ゴム鉄砲を受け取った。そして、目当てであるラジコンカーに合わせて撃った。だが、健のように上手く当たらない。
この射的屋は、百円では二回、二百円だと四回撃てる。今回、青葉はおじさんに百円玉を一枚渡したので、後一個輪ゴムが残っている。
青葉は、真剣になってラジコンカーを狙って撃った。だが、当たっても、ラジコンカーが倒れなかったので、結局、青葉はラジコンカーを貰う事が出来なかった。
健は、残念がる青葉を慰めた。
「そんな時もあるっスよ、ドンマイ」
「そんな事言われても…」
「ほら、他の屋台もあるっスよ、見に行こうっス」
二人は、他の屋台も見に行った。ソースが焦げる匂いや提灯の灯り、祭囃子、甘いりんご飴。ここの屋台は、五感の全てが賑わっている。そんな屋台の中で、青葉は綿飴、健はりんご飴を買った。
「賑わっているっスね〜」
「そうだね…」
綿飴を買った後、健は屋台や櫓から離れ、境内の奥へ向かう。
「健、何処行くの?!」
「ちょっとだけ、一目がつかない所っス!」
「どうして…?」
神社の裏に入ると人気は無くなり、祭囃子も遠くのように聞こえた。町中なのに、周囲には鬱蒼とした緑が広がっている。
健は、石段に座り込むと、青葉にこんな事を聞いた。
「俺、青葉の事が羨ましいと思った事があるっス」
「えっ…?」
青葉は家がお金持ちで、大きな屋敷に住んでいる。両親以外に執事が居て、優しくしてくれる。優しい年上の姉が居る。小学生の頃はそれをクラスメートに羨ましがられた。
だが、中学生になってからは、みんな大人になったのか、それを言ってくる人は少なくなった。
青葉がお金持ちである事は健も知っていた。今までは明かさなかったが、今更それを伝えようとしているのだと青葉は思っていた。
ところが、健が羨ましがっていたのは、青葉の意外な所だった。
「青葉、ここで言うのも場違いな気がするっスが…霊感があるって前教えてもらった事あるっスね?」
「えっ…?」
「みんなが見えないものが見えるって、羨ましいと思ったっス。もし俺にその力があったなら、花恋ちゃんのお母さんと会って話が出来たり、港平に会う事も出来たかもしれないっス。だけど…、青葉はその力があって苦しそうだったっス。」
青葉は、健が自分の気持ちをここまで察していた事に驚いた。
「俺は…、何でこの力があるか分からない。生まれつきじゃなくて、姉ちゃんが死んでから突然…」
健は、りんご飴を一口齧った。
「そうだったんンスね…」
「俺、知り過ぎてしまうんだ、一生知らなくてもいい事まで知ってしまうような気がして…」
「それは…、俺もそうっス」
青葉は、自分の話を本当の事のように受け取る健に驚いた。千歳なら、自分の霊感の話を真っ向から否定してくるのに、健は青葉の言葉をそのまま受け取ったのだ。
「俺だって、知り過ぎる事あるっス。誰かの痛みとか、苦しみとかを全部自分の事のように感じてしまう事だってあるっス。
俺は、何も知らないで生きたかった、ただ、感じたまま生きたかった。でもそれは、人間として生きるにはどうかと思うっス。俺達は、ずっと子供っていうわけにはいかない、いつか大人にならなきゃならない。」
「そうなの…?」
「俺達は同じ世界に生きてるけど、青葉が見ている世界と、俺が見ている世界は違うっス。産まれ付きもってるものも、育った環境も、感じてるものも違うから…。残念ながら、俺はどんなに青葉と仲良くなっても、青葉の世界には行けないっス、俺は青葉じゃないから…。」
健がいくら人の痛みを自分のように受け取めるといっても、それは、その人が感じている痛みではない。過去や考え方によって、同じ事実でも受け止め方が違う。その壁は誰も超えられない事を健は分かっていた。
「そうだね…」
青葉は、綿飴を一気呑み込むように食べ、健の事をじっと見ていた。
しばらく経って、和人が二人の前に現れた。和人は浴衣ではなく、柄物のシャツによれたジーンズを合わせている。
和人は、縁日の周辺に二人が居ない事に気付かず、ずっと探していた。
「青葉、健、ずっと探してたんだぞ?」
「ごめんごめん、色々訳あって…」
「健、浴衣でもそのネックレス着けてるのか」
「オシャレに決まりは無いっスよ!」
健は、腕時計を見てハッとした。
「三時からミルキーバニラちゃんのショーだったっス!久美と一緒に行くって約束したのに…」
祭りには、ショーやステージが開催される。今年は、『おまかせ☆魔女っ子ガールミルキーバニラ』のショーが開催されるのだ。それを、健と久美は心待ちにしていた。
「探しに行くの?」
「そうっス!」
健は石段から飛び上がるように立ち上がって、表へ出た。
「待ってよ!俺達も行く!」
青葉と健は、慌てて健を追い掛けた。




