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呪われた絵

 青葉は、書斎にある画集を眺めていた。青葉は、人物画よりも、風景画を見るのが好きで、暇な時によく眺めている。

「こういう絵、いいよなぁ…」

青葉は、本棚の一番下にある画集を全て広げ、うっとりとしていた。

 青葉が特に気に入っているのは、緑の森に囲まれた湖の絵だ。幼い頃からその絵が好きで、父親に連れられて美術館にある本物の絵を見に行った事がある。それ以外にも、気に入っている絵は沢山あり、いつか本物の絵を見に行こうと思っていた。

「そういえば…、ピンクジュエルで絵を盗んだ事は無かったような…。絵ってどうやって盗むんだろうな」

青葉がそう呟くと、それを待ち構えていたかのように、伸人が書斎に入ってきた。伸人は、恭しく頭を下げると、青葉に手紙を手渡した。

「こんにちは、青葉様」

「生瀬さん、どうしましたか?」 

「絵を盗む依頼が丁度来たのですよ、恐らく、この画集にある絵でございます」

「そうなんですか?!」

「呪宝と言われるだけあって、この絵は呪われています。くれぐれもご用心為さいませ…。と、言っても千歳様はそのような類いのものを信じませんので…、何かありましたら、青葉様、宜しくお願いしますよ?」

「はい…」

青葉は手紙を受け取って中身を見ると依頼状と一枚の写真が入っていた。

 その絵は、元々依頼主のもので、博物館に寄贈していたものの、そこから博物館に異変が起こるようになった。どうやら、真夜中に絵を狙って怪物が現れるらしい。それはにわかに信じ難い話だった。また、依頼主やその家族も、得体の知れない何かによって毎晩魘されているという話だ。

「何で博物館に寄贈されてから、異変が起こったんだ…?」

「さあ…、それは私も存じ上げません」

青葉は絵の写真を見ながら、画集を開いた。

 今回盗む絵は、森の中にそびえる洋風の城の絵だ。夕焼けを背景に城は大きな影を見せ、森の中でも目立って見える。画集を何度も見ていた青葉だったが、その絵だけは、同じ作者の、他のどの絵にもない魅力があって、画集のその絵のページだけボロボロになっていた。 

 青葉にとっては、湖の絵と同じように、好きな絵の一つだった。

「『夕焼けの中の古城』…、有名な絵ですよね?」

青葉は、その絵の本物が見られると思うと、急に嬉しくなった。だが、伸人の方は何やら浮かない顔をしている。

「この世界には、得体の知れない何かが居る…、という話を青葉様は信じますか?」

「何で急にオカルトチックな話になるんですか…」

「依頼主は、怪物の話をしておりました。その絵の作者の話を、ある機会に伺った事があるのですが…、どうやら、その『夕焼けの古城』だけは、何かに取り憑かれたように描き上げたとの事…。依頼主は実は、その絵の作者の親族なのです。今まで自宅に絵を保存してありましたが、ある時、博物館に寄贈しました。ところが、そこから異変が起こったのです」

「なんか、不気味ですね」

「作者は数年前に亡くなられたとの事…、何しろ、恐ろしい何かに魘されたように、大声を叫んだ後に、息を引き取りました。」

「ええっ…」

「千歳様にも同じような話をしたのですが、全く信じてもらえず、青葉様にもしておく事にしました」

 千歳が霊や迷信、オカルトチックな話を全く信じないというのは、青葉はよく分かっていた。青葉は幼い頃から、霊や黒い靄を何度も見かけた事があるが、千歳は聞く耳を持たない。

「青葉様は、信じるのですか?」

「そうですね…」

「シックスセンスって、千歳様は仰った事がありますが、第六感があるのはもしかして青葉様の方かも知れませんよ?」

「そうですか?」

「ええ、そうですよ」

伸人はそう言って書斎から出ていった。



 その頃、結菜は家の中で一人、縫い物に熱中していた。結菜の手の中にあるのは、ピンクジュエルとアクアマリンの縫いぐるみ。以前作って千歳と青葉の手に渡ったものと同じものだ。

だが、それに比べて大きさは倍になり、布も更に良いものを使っていた。

 当たり前だが、ピンクジュエルとアクアマリンの正体が、千歳と青葉である事を、結菜は知らない。同一人物にあげる事になるのだが、結菜に知る術はない。

「二人とも、受け取ってくれると嬉しいなぁ…」

結菜は目を輝かせて、完成したばかりの縫いぐるみを見つめた。

「今度、博物館に来るんだよね?楽しみだなぁ…」

結菜は、二体の縫いぐるみをぎゅっと抱き締め、ベッドの上に飛び込んだ。

「おっと…、ラッピングして大切に扱わなきゃ」

結菜は、ピンクジュエルはピンク色の包み、アクアマリンは青色の包みでラッピングすると、大事そうに仕舞った。



 それから、ピンクジュエルが予告したその日、アクアマリンは博物館にやって来て、厄神警部とりんかに出会った。

「ご無沙汰してます、厄神警部」

「おお!アクアマリン君じゃないか!待っておったぞ!」

厄神警部は、熊の手のような分厚い手で、アクアマリンと握手をした。

「今回は、『夕焼けの中の古城』という絵だ。まさかピンクジュエルが絵を盗むとは…、思わなかったな」

「そうですね…」

アクアマリンは、次にりんかに話し掛けた。

「りんか、子連れ刑事と中学生探偵は何処に行ったんだ?」

「今日は見てませんよ?」

りんかは、首を横に振って、アクアマリンを見た。

「アクアマリンさん、何二人の事を気にしてるんですか?」

「いや、なんでも…」

アクアマリンは厄神警部に視線を戻した。

「それで、その絵は何処にあるのですか?」

「あそこだよ」

厄神警部が指差した先には、青葉が画集で見たのと同じ『夕焼けの中の古城』がある。絵はライトで照らされていて、銅色の額縁で飾られている。本物の絵をようやく見る事が出来たアクアマリンは、思わずそれに見惚れていた。

「綺麗ですね…、もっと近くで見て良いですか?」

「君、そういう芸術作品の価値が分かるのかね?」

館長がアクアマリンの横に立った。

「はい!」

「なら、少しだけ良いよ」

「ありがとうございます!」

 アクアマリンは、絵の真正面に立って、じっくりと眺めた。画集では味わえなかった微妙な色遣い、古城も、よく見ると窓の色が全て違い、影だけだと思っていたが、実は古城は外装まで緻密に描かれていたのだ。

「綺麗ですね…」 

「そうだろう?」

アクアマリンがもっと見ようとしたその時だった。突然絵から黒い靄のようなものが染み出していく。そして、アクアマリンの背中が急に冷たくなり、鞭で打たれたような衝撃が走った。

それに思わずアクアマリンは驚き、絵から離れる。

「えっ…?!」

「どうした?!アクアマリン君!」

「絵が…」

「絵が、どうしたのかね?」

「アクアマリンさん?」

「や、やっぱり…」

 アクアマリンは、背中を掻いて、大きく息を吐いた。

「この絵が呪われてるって話、本当だったんだ…」

「呪い?んなもん信じるものか」

「厄神警部も、そうなんですね…、りんか、その絵の前に立ってくれないか?」

「了解しました!」

 りんかは、さっきのアクアマリンと同じように絵の真正面に立った。だが、アクアマリンと同じように異変を感じたような様子はない。

「何も起きませんよ?」

「そうか…、私の気のせいなのか?」

「呪いとかはどうでもいいから、アクアマリン君、警官達と共に絵の警備を頼む」

「は、はい…」

アクアマリンは仕方ないと思って頷くと、りんかと一緒に『夕焼けの中の古城』の前に立った。

 しばらく警備をしていると、博物館の玄関が急に騒がしくなった。アクアマリンは、りんかに警備を任せてそこに向かうと、警官達が、一人の人を囲んでいた。

「だ、駄目じゃないか!警備の邪魔だぞ!」

「私、アクアマリンさんのファンなんです!」

「どうしたんだ?」

アクアマリンがそこを覗くと、結菜がリュックサックを持って博物館に入ろうとしていた。

「結菜!どうしたんだ…?」

「アクアマリンさん!どうして私の名前を?」

「あ、いや、それは…」

「これ、プレゼントします!」 

結菜はそう言って、青色の包みをアクアマリンに向かって投げた。アクアマリンがそれを開けてみると、中にはアクアマリンの縫いぐるみが入っていた。そして、結菜は逃げるようにその場を去ってしまった。

「何だあいつは…、公務を妨害して、もしや彼奴の手先か?」 

「いや、違います…」

「比良先輩は、私の先輩だよ!疑うなんて酷い!」

りんかが、父親である厄神警部に向かって、そう叫んだ。

「りんか…、しかし何故こんなタイミングに」

「ピンクジュエルは変装は出来ないはず、さっきの結菜は本物ですよ」

「アクアマリン君…」

厄神警部は、アクアマリンの包みを持って別の警官に渡した。

「とにかく、これは預かっておくぞ」

「はい…お願いします」

アクアマリンはそう一言言ってお辞儀をすると、りんかの方を見た。

「アクアマリンさんってピンクジュエルの事なんでも知ってますね、もしかしたら登場のタイミングとか分かるんじゃないですか?」

「えっ?」

アクアマリンは絵の方を振り向いた。すると、突然部屋の中が暗くなり、次の瞬間には絵の気配か遠くなっていた。


 もう一度明かりが付くと、ピンクジュエルが『夕焼けの中の古城』を持って立っていた。

「怪盗レディ・ピンクジュエル、ここに参上!お宝は予告通りに頂いたわよ!」

「くっ…、待て!ピンクジュエル!」

アクアマリンを筆頭に、警官達はピンクジュエルを追い掛ける。その時、突然さっきと同じように部屋全体がまた暗くなった。

「えっ?!」

「また暗くなった!どういう事だ…?」

ここで急に停電が起こる事は、ピンクジュエルも予想していなかった。

 暗闇の中、ピンクジュエルは絵を持って逃げていく。それを、何者かが必死に追い掛ける。聞き慣れているアクアマリンの声、厄神警部、りんか、それから大勢の警官達の気配。だが、それに混じって聞き慣れない獣のような唸り声が聞こえる。どうやら、ピンクジュエルを追っているのは、警察だけではなさそうだ。ピンクジュエルは闇雲に逃げるが、獣のような唸り声はどんどん近づいて来た。

「博物館全体か停電してるんだって?!」

「一体どういう事だ!」

混乱する警官達の中、突然アクアマリンのすぐそばで、りんかが悲鳴を上げた。

「ひゃあ!」

「どうした?!」

「何か…、何か居るの!怖い!」

何処に居るか分からないが、得体の知らないものが博物館を彷徨いている気配がする。それに気づいているのか、りんかはアクアマリンにしがみつき、震え上がった。

「やっぱり…、この絵は…」

「そんな話を今しないで下さい!」

「(そんな…、怖いのは、俺の方なのに…)」

アクアマリンの身体も、いつの間にか震えていた。

「アクアマリン、さん…?」

「りんかも、分かるのか?」

「分かるって…、何がですか?」

「とりあえず…、ピンクジュエルを追おう」

アクアマリンは、りんかもすぐ分かるくらいに、身体全体が震えていた。


 ピンクジュエルは、見えない何かに追われているような気がした。それを見ようと明かりを付けようとするが、博物館のブレーカーは落ちていて、非常用電源も機能しない。また、持ってきたペンライトを使おうとするが、それも電池が切れていた。

「何?!何が起きてるの?!」

ピンクジュエルは、いつものように窓から脱出しようとしたが、窓は強化ガラスで出来ていて、投石では割れる気配がしない。

「くっ…、裏口を使うしか」

裏口は警官達で塞がれていて、通れる気配はしない。その時、大きな影が警官達に被り去り、警官達はその場で気絶した。

 ピンクジュエルは階段を上がって二階へ行く。正体の見えぬ何かは、ピンクジュエルが持つ絵を狙って追い掛けて来る。ピンクジュエルは振り向く暇もなく走り去った。

 その時、大きな衝撃音が聞こえて、何かが崩れ落ちた。

「まさかこんな所に怪が居るとはな…」

「えっ…?」

青年のような声は、明らかにピンクジュエルの方を向いていた。

「今のうちに逃げろ!」

「は、はい!」

ピンクジュエルは、『夕焼けの中の古城』を持って裏口に向かって走って行った。ピンクジュエルは、青年の事が気になったが、今はとても聞けるような状況ではない。

 そして、ピンクジュエルは博物館の外に出て、近くの茂みに飛び込んだ。



 アクアマリンは、ピンクジュエルを追おうと、震える足を引き摺って、歩こうとしたが、気づいた時にはピンクジュエルはどこかに消えていた。

「電気はまだ消えたままなのか?!」

「もう少しです!」

警官が、博物館の職員と共に管理室に向かい、ようやく博物館に灯りが付いた。

「暗闇で目を晦ます作戦か…、引っ掛かってしまったな」

「警部!これを見て下さい!」

警官の一人がそう叫んだ。

「なんだ、これは…」

これは、ピンクジュエルの足跡とも似つかぬ、獣のような足跡だった。 

「きっと狸か何か侵入してきたんだな」

「それにしては…、大きくないですか?」

「きっと大きな狸だったのだろう」

警官達はそう話していたが、アクアマリンはそれは狸では無いと思っていた。その時、遠くに何者かの人影が見えた。よく見ると、それは青年のようである。

「えっ…?!」

アクアマリンは、青年の姿を見て身震いがした。その青年は、遊園地で会った人物と同じだったのだ。

「どうして、あなたが…」

青年は、アクアマリンを何も言わずに見つめた後、消えるように何処かへ行ってしまった。



 ピンクジュエルが茂みに突っ込んだ後、何者かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

「あの…、ピンクジュエルさんですか?!」

ピンクジュエルが顔を起こして見ると、そこに結菜が立っていた。

「ゆ、結菜ちゃん?!」

「ピンクジュエルが私の名前を呼んでくれた…、嬉しいです!あの、これプレゼントです!」

結菜は、ピンクジュエルにピンク色の包みを手渡した。

「ごめん、みっともない姿を見せて…」

「全然みっともなくなんかありません!あぁ…、こんな間近で見れるなんて…なんて幸運なんだろ」

顔を染めて興奮する結菜に、ピンクジュエルは困った顔になった。

「直接手渡せて嬉しいです!応援してますからね!」

結菜はそう言って、ピンクジュエルが逃げるよりも更に速いスピードで、何処かに行ってしまった。

「なんで…、そんな…」

仮面を外し、髪を解いた千歳は、目をぱちくりさせて、結菜が逃げていった方角を見つめていた。


 アクアマリンは、りんか達と別れると、すぐに着替えて千歳の所へ走った。

「千歳姉!無事だったのか…」

「青葉、そっちこそ大丈夫なの?」

青葉の足は、産まれたての子鹿のように震えていた。

「ううっ…」

青葉はお守りを握り締め、茂みに座り込んだ。千歳は、そんな青葉を心配し、横に座る。

「なんでこんなに臆病なのさ」

「だって…、得体の知れない何かが…!」

「私だって変なものに追われたけど、きっと動物が侵入してきただけよ」

「野生の動物が食べ物じゃなくて絵を狙うって、おかしいだろ?」

「山羊は紙食うでしょ?」

「インクとかが着いた紙は食べないんだよ!」

青葉はそう叫んだ後、また震えだした。

「そうだ…、りんかが俺にしがみついて来たんだよ!お化け屋敷は怖がってなかったのにどうして…」

「りんかちゃんもそういうの怖いんだ、初耳」

「千歳姉は怖くないのかよ?!」

「別に、怖くないもん」

千歳はそう平然と言い切った。

「それにしても、絵重かったぁ…」

青葉は、ピンクジュエルが盗んできた絵をじっと見つめてある事に気づいた。

「あれ?さっきは感じたのに…、呪いが消えた…?」

「呪い?んなもんある訳ないじゃないの」

「千歳姉もりんかも分からない…、分かるのは、俺だけなのか?」

「何よ、青葉だけそういうの信じ切って」

千歳は、何故青葉がオカルトチックと思われるものを本気で信じているのか、分からなかった。

「あの人をまた見た、どうして俺を見たんだ?絶対におれのことを付け狙っているんだ…」

青葉がそう言って震える様子を、影から、あの青年がじっと見つめていた。


 それからしばらく経って、二人は伸人の迎えで海洋邸に戻って来た。

「二人とも、無事だったのですか」

伸人は、二人を心配して声を掛ける。

「まあね」

「この絵、やっぱり綺麗だな…」

青葉は、紙に包まれる前の絵を見て、そう呟いた。

「青葉はそういう絵好きよね」

「それでは、私が責任を持って、持ち主の所へ届けさせます」

「お願いします」

二人は、伸人が絵を包む様子を見ていた。

「そうだ、結菜がこれプレゼントしてきたんだ」

「あ、私も」

青葉は、あの後厄神警部に訳を話して、結菜の包みを返してもらったのだ。

 二人が包みを開けると、中にはピンクジュエルとアクアマリンの縫いぐるみが入っていた。それは、以前貰ったものよりも少し大きく、生地もより上質なものになっていた。

「隣に、並べとこっか」

「そうだな」

二人は、二つずつになった縫いぐるみを並べて笑った。

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