王妃の首飾りを追え!
青葉はショートカットのかつらを被り、女警官の制服を着て警察署に向かった。
「こんばんは、厄神警部」
「おお!君はアクアマリン君じゃねぇか…、良く来てくれた!」
青葉を真っ先に出迎えてきたのは、年相応の貫禄がある男性だった。初老に見えるが、白髪は生えておらず、若々しく見える。彼の名は厄神大介、警察の中ではかなりのベテランで、怪盗や特殊事件専門の警部だ。突然現れたアクアマリンの事を信頼し、真っ先に使ってくれる。
「実は…、ピンクジュエルが泉ヶ丘ショッピングセンターの展覧会『中世ヨーロッパのロマン展』に予告状を叩きつけてくれた。どうやら彼奴は、展覧会の目玉である『王妃の首飾り』を盗むそうだ」
「そうですか…、あの、私に出来る事はありませんか?」
女警官アクアマリンの時は、ただでさえ声が高い青葉も、地声では話さず、女性のような口調と声で話すようにしていた。
「いつも通り、彼奴を追い詰めてくれ、後は俺達が捕まえる、こいつがショッピングセンターの見取り図だ、持って行け」
厄神警部がそう言って出してきた紙の束の内容は、先日千歳と確認したものと内容が同じだった。やっぱり、と思ったアクアマリンは、一通り見通す振りをして、カバンの中に入れた。
「他の人達にも挨拶をしておけ」
「はい!」
アクアマリンは、警察署の奥の部屋に入った。中ではピンクジュエルの対策本部が話し合いをしており、割り込めそうにない。そう考えていると、話し合いをしている警官達から離れ、部屋の隅でそれを眺めている女警官が居た。髪は黒くて長く、帽子の中に入るように編んでいる。目は何処かあどけなくて、冷たい空気が走る警察署には、あまりにも場違いだ。それに、いくらシークレットブーツを履いてるからとはいえ、成人女性の平均身長であるアクアマリンよりも、女警官は身長が低かった。恐らくブーツを脱いでも、彼女の方が身長は低いだろう。
アクアマリンは、その警官が妙に気になり、隣に並んでみた。すると、女警官はアクアマリンに気づき、じっと見てきた。
「あの…、アクアマリンさんですよね?」
「ああ…、そうだが?」
アクアマリンは女警官に向かって頷き、腕を組んで壁に寄りかかった。すると、突然昼間の疲れが押し寄せてきて、力が抜けて大きな欠伸が出る。
「アクアマリンさん、疲れてますか?」
「いや、昼間学校だったから…、うぐっ!」
うっかり口を滑らせて、学校と言う言葉が出た事に気づき、アクアマリンは慌てて口を塞いだ。
「学校、ですか…」
「あっ、いや、それは!」
勘付いているのかいないのか、そのワードをしっかり聞いて反復する女警官。アクアマリンは慌てて誤魔化そうとしたが、意外な反応が返ってきた。
「疲れますよね〜、私、お父さんに変な期待をされて困ってるんですよ〜。この前の中間テストで数学五十点取ったら、『こんなのお前が取る点数じゃない!』って答案用紙叩きつけられましたもん。それに、家にお母さん居ないんで、そうなると気まずくて気まずくて…」
「そう、なんだな…」
女警官にそう答えていると、さっきまで話し合っていた警官達が
アクアマリンに向かって敬礼した。
「お疲れ様です、アクアマリン殿!」
「今回も宝の警備を最優先に、何としてでもピンクジュエルを確保いたします!」
アクアマリンは、警官達に向かって敬礼をした。
「警部の指示を最優先にするように、いいね?」
「了解しました!」
警官達は、それぞれパトカーや白バイでショッピングセンターまで移動した。移動手段が無いアクアマリンと女警官はショッピングセンターまで走って向かった。
「乗り物に乗らないんですが?」
「私は正式な警察官じゃないからね」
「それは、私もですよ」
女警官は、息を切らしながらアクアマリンに付いて行った。
「そういえば、名前聞いてなかったね?」
「厄神りんかです!」
「厄神、って事は警部の…?」
「娘ですが?」
アクアマリンは、りんかと厄神警部の顔を交互に思い出して首を傾げた。
「それで手伝いをしているのか?」
「ピンクジュエルを間近で見たいからです!」
りんかは、目を輝かせてアクアマリンにぐいっと近付いた。
青葉が行ってしばらく経ってから、千歳はカバンの中に衣装を詰め込んで、泉ヶ丘ショッピングセンターに向かった。そこは、展覧会と、ピンクジュエルが来るという事で既に人だかりが出来ており、その中には、花恋と結菜、健と和人の姿もあった。千歳は、話し掛けようとしたが、人が多くて話し掛けられず、仕方なくショッピングセンターの奥にあるトイレの中に入った。
「予告の時間まで後一時間か…」
トイレの中には人が居らず、辺りはしんとしている。千歳はカバンの中から会場の見取り図を取り出して、もう一度目を通した。
「場所は狭いな…、電気制御は管理人室にあるけど、ここまで来ると確実に怪しまれるし…」
予告の時間まで三十分を切った時、千歳はピンクのジャケットにミニスカート、長いブーツというピンクジュエルの衣装に着替え、その上から元から着ていたカーディガンとスカートを着た。ピンクジュエルは、マントと仮面と帽子と手袋も着けているが、それは、登場する直前でいい。
「今は警備体制で人も少ないはず、展覧会の中はカーテンで仕切られていて、その裏に隠れていれば、なんとか…」
千歳はトイレの個室から出て、展覧会の会場に向かった。そして、一般客に混じって中に入り込み、誰にも気づかれないようにカーテンの中に入り、一瞬で着替え、『王妃の首飾り』が入ったアクリルケースの背後から、煙幕を投げた。音と煙で会場がパニックになる中、予告通りの時間、会場にピンクジュエルは現れた。
「怪盗、レディ・ピンクジュエル参上!お宝は予告通りに頂いたわよ!」
「キャー!ピンクジュエルよ!」
ピンクジュエルを一目見ようとやって来た客達が一斉に声を上げた。
ピンクジュエルは、警官達に『王妃の首飾り』を見せつけ、展覧会の会場から抜け出そうとする。
「奴を逃がすな!捕まえろ!」
厄神警部が警官達を指示し、ピンクジュエルを追うが、ピンクジュエルはピンクの銃から閃光弾を繰り出し、パニックになった。だが、その中で一人ピンクジュエルを追う者が居た。先回りして会場に来ていたアクアマリンだ。
「ピンクジュエル!今日こそお前を捕まえる!」
アクアマリンは走ってピンクジュエルを追う。ピンクジュエルは、ブレスレットからロープを繰り出し、吹き抜けになったショッピングセンターのバルコニーに鉤爪を引っ掛けて、一気に屋上まで上がって行った。
「ここまで来れば、追えないでしょ?!」
「待て!ピンクジュエル!」
アクアマリンは非常用階段でピンクジュエルを追い、同じように屋上に辿り着いた。
「もう逃さないよ!」
「それはどうかしら?」
ピンクジュエルはリモコンを取り出すと、ピンクのドローンを呼び出した。そして、さっきと同じようにロープの鉤爪を引っ掛けて、そのまま月夜を飛んで行った。
アクアマリンが悔しがる中、りんかと他の警官達、厄神警部が遅れて屋上に現れた。
「まさか彼奴は空を飛ぶ事が出来るとは…、対策を考えねばならんな…。アクアマリン、ピンクジュエルに怯まず追ってくれた事に感謝する、次こそは確保してくれよ?」
「は、はい…」
ピンクジュエルを捕まえられなかったはずなのに、りんかはアクアマリンを憧れの眼差しで見つめた。
「ピンクジュエルに果敢に挑むアクアマリンさん…、格好いいです!」
「そうか…?褒められるのは、なれてないんでな…」
「ではこれからも使わせてもらうぞ、覚悟しとけ、ガハハハハハ!」
「は、はぁ…」
アクアマリンは警部の圧に押され、項垂れた。
そして、アクアマリンは署から出て、公園の滑り台の下で着替え、青葉の姿になった、外に出ると、真夜中なのに公園に人の気配がある。気になって調べてみると、茂みに人影があった。
「こんな所に落ちてたのか、千歳姉」
ピンクジュエルは、ドローンの飛行に失敗し、茂みの中にはまっていた。
「ううっ…」
「こんな所を見られてしまったら、ピンクジュエルのカリスマ性が薄れるからな、さっさと出ろよ。荷物は俺が持ってやるからな」
「青葉、冷たいよぉ…」
青葉は、千歳の衣装と『王妃の首飾り』が入ったカバンを持って、家に帰ろうとした。
「重っ…!これ持って逃げてたのかよ!」
「こんなの着けてたら肩凝りそうだよね…」
千歳は、いつの間にか着替え、青葉の横に立っている。
「夜遅いし、生瀬さんに連絡して迎えに来てもらおっか、これ持ってたら確実に怪しまれるし…」
青葉は公園の入り口で電話をした。
「そういえば…、ずっと気になってた事があるんだけど、千歳姉ってどうやって呪宝と、そうでない宝物を見分けてるんだ?」
「う〜ん…、生瀬さんからの依頼とかもあるけど…。私のシックスセンスってやつ?」
「第六感か…、千歳姉にそんなのがあるのか?」
「後は…、財閥に盗まれた宝のリストからも」
すると青葉は、深刻な顔になった。
「そうか…、そうだな」
千歳が青葉を見て頷いたその時、黒い車が二人の前に止まった。伸人が運転席から顔を出す。
「二人共、お乗り下さいませ」
千歳と青葉は、伸人が運転する車に乗り、屋敷まで戻って行った。