チャラ男の恋と優しさ
翌日、青葉が教室に入ると、早速健が近づいてきた。
「おはウィーっス!青葉、昨日のニュースびっくりしたっス!」
「昨日のニュース?」
「ピンクジュエルちゃんとアクアマリンちゃんが同時に消えたって話!もう、びっくりっス!」
青葉は、自分達の行為が、早速情報として出回っている事に、驚き、自分達では止められない何かを感じた。
「そんな事があったのか…」
「そうっス!びっくりっス!」
健は、驚きを隠せないと大声で叫んでいた。
「そういえば、もうすぐ夏休み!みんなで何するっスか?」
「そうだな…、海行くとか?!」
「泉ヶ丘夏祭りも行かなきゃっスね!」
二人はクスクスと笑いあった。すると、
「あっ、りょうへー!りょうへーも何処か一緒に遊びに行かないっスか?!」
涼平は、冷たい目で健を見つめた。
「僕は遊ぶ暇なんてないんだよ」
健は、それに構わず涼平を興味の目で見つめてくる。
「鬱陶しいな…」
「一緒に行こうっス!」
涼平は、健の事を蔑み、嘲笑った。
「だいたい、君は当事者でもないのに痛みを分かろうとするよな?僕の痛みなんて分かる訳ないのに。みんなを慰めてるのも、そうやって優しい自分を見せたいだけだろう?」
「そ、そんな事ないっス!」
「そうやって、お前らは友達ごっこしてお互いの傷を舐め合う事しか出来ないんだな?!そういうのに付き合う暇は無いんだよ!」
涼平は立ち上がって教室を出た。
「まっ、健にはその傷すら無かったか」
涼平は、そう吐き捨てると、教室の扉を勢い良く締めた。青葉は、涼平に怒りを覚えたが、健の身体は震えていた。
「ううっ…」
「大丈夫か?健」
「りょうへーは、変わってしまったっスか?」
「えっ?」
「生生流転していく世界っス…変化を受け入れなけば、明日なんて来ないっス…。」
健はそう言いながら啜り泣いた。
「俺は何度も謝ったっス、だけど…、それでも許してくれないなら、仕方ないと思って諦めるしかないっス…俺の事なんか、嫌いになって全然構わないっス!」
「健…、そうやって自分を蔑ろにするなよ」
青葉は、健を慰めた。
「夏休み、いつメンで遊びに行こっか」
「うん…」
健は、涙を拭って、青葉を見つめた。
その日の放課後の事だった。和人と誠は二人並んで河川敷のベンチに座っている。この日は野球部もサッカー部も無かったので、こうして二人で帰っていた。和人は、今までずっと気になっていた事を和人に聞いてみる事にした。
「青葉と健が、涼平と仲良かったって本当か?」
「ああ…、本当だよ、丁度今の和人と同じ感じでな」
「…俺?」
和人は、自分を指差して首を傾げた。
「昔は仲良かったのにな…、港平が死んでからあいつは変わってしまった」
「そうだったのか…」
涼平の弟である港平が亡くなった事は健から聞いていたが、誠もその事実を言った事で、和人の中でより現実味を増した。
「健、あいつは真面目で素直で、優しいんだよ」
「えっ?」
「和人が引っ越してくる前の話だったっけな…。青葉が姉ちゃんのお見舞いがあるって早くに帰ったんだ。その時青葉の班が掃除当番で、俺も掃除のはずだったんだけど、忘れて遊びに行ってしまったんだ。それを思い出して慌てて教室に戻ったら、健が一人で掃除してたんだよ。どうやらみんながさぼっていた時、健は一人で掃除してたんだってよ。その話を聞いて、俺凄く申し訳ない気持ちになってな…、健に謝ったら『俺は当たり前の事をしてるだけだよ』ってニコニコしてたんだ」
「なんか…、健らしいな」
「和人がその話が聞いてそう思えるのは、健の事を大分知ってきた証だな」
すると、和人はある事に気付いた。
「でもちょっと待って、青葉って姉の千歳の事は、千歳姉って呼んでたじゃないか?なのに、姉ちゃんって…」
「居たんだよ、千歳と青葉には姉ちゃんが…。もしかして、聞いてなかったか?」
「ああ、うん…」
「その時あまり二人に関わりがなかったから知らないけど、青葉の姉ちゃんは病弱だけど凄く優しかったんだって」
和人は、健と青葉が隠し事をしているのを思い出した。
「もしかして、遊園地の時、青葉は姉ちゃんの事を思い出して辛くなったのかも…」
「そうかもな…」
「俺、青葉に凄く申し訳ない事をしたかもな…」
和人は、今度青葉に会った時謝ろうと思った。
「健は人の兄弟も自分の兄弟も大切にする人でな…、妹居るだろ?その妹が入院した時があったんだよ。その時健は泣きながら外に飛びてて行ってな…。その日は大雨だった。なのに傘も持たずに走って行ったんだよ」
和人は、実際にそれを見ていないはずなのに、不思議とその時の健の様子を想像する事が出来た。
「久美の為に、真剣だったんだな…」
和人は目を閉じると、不思議と健の事を考えていた。
その頃、青葉と健は一緒に学校から帰っていた。健も、誠と同じ話を青葉にしている。
「その時は必死に走ったっス、青葉と涼平が兄弟を亡くした話を聞いていたから…、自分の兄弟を、久美を失うのが怖くて…。だから、久美は助かって欲しいって、本気で思ったっス。
病院に着いた時はびしょびしょだったっス、それでも、俺は久美の所に行こうとしたっス。
だけど…、お父さんとお母さんは、病室で寝込んでいる久美じゃなくて、俺に駆け寄ってくれたっス。その時、久美と同じかそれ以上に、お父さんとお母さんは俺の事を心配してくれてるんだ、って…。」
「健…」
健は静かに涙を流していた。
「俺、時々自分が嫌になるっス。俺は不器用で頭も悪いし、嫌な事ばっかり目がいってしまう時だってあるっス…。」
「そんな事ない、健だって、良い所はたくさんあるよ。人柄は良いし、優しいし、真面目だよ」
「そうっスか?」
「健の事を誰かが好きになってくれてると思う」
「花恋ちゃんは、俺の事どう思ってるっスかね…」
健の目線の先に小さく花恋の姿が映った。
「俺、決心したっス!」
「えっ、何?!」
「花恋ちゃんに、告って来るっス!」
「あっ!ちょ?!振られたらどうするの?!」
「男は当たって砕けろっス!」
健は、花恋に向かって一直線に走って行った。
「砕けたら立ち直れなさそうなのに…」
青葉はやれやれと腕を撫で下ろすと、一人で帰って行った。
健は一人で花恋に近づいた。花恋も下校途中なのか、制服を来て一人歩いている。健は、花恋の背後に立ってこう叫んだ。
「花恋ちゃん!」
花恋は健の声に驚き、その場に立ち止まる。
「ずっと、好きだったっス!言いたいのは、それだけっス…」
健はくるりと振り向いて走り去ろうとする。
「待って!」
花恋は健の腕を掴んでじっと見つめた。
「ありがとう、私の為に勇気を振り絞ってくれたんだね」
「花恋ちゃん…」
健は顔から湯気を出して、花恋から目を背けた。
「私、健君にどう返事をすればいいか分からない…」
「それで良いっスよ、花恋ちゃんが言えるタイミングになったら、教えて欲しいっス」
花恋は頷いた。健は花恋の様子を見てホッとすると、その場から逃げるように立ち去った。恥ずかしがる自分を花恋に見られるのが、恥ずかしかったからだ。