転校生の苦悩
和人は珍しく朝早くに学校に来て、机の上に教科書とノートを広げた。だが、勉強に身が入る事もなく、頭の中で何かを考えている。
「俺、ちょうど今の時期に引っ越して来たっけな…」
蝉が鳴き出し、夏休みの噂を聞く頃、和人はこの泉ヶ丘にやって来た。ちょうど四年前の話である。
和人は、転校前の学校で、問題行動を起こしかけた事があり、先生からも同級生からも見捨てられていた。和人は短気な性格で喧嘩早く、そのせいで友達は誰も居なかった。
泉ヶ丘に来たのは、それと父親の仕事が重なったからだ。和人は、転校する事については、別に悲しくなかった。学校は和人にとって、面白くも楽しくもなかったからだ。
転校してから出会ったのが、まずは誠だった。誠は、和人に積極的に興味をもってくれた。恐らく、転校生というのが珍しかったのだろう。誠は和人の話し相手になった。
そして、青葉と健と出会い、三人でよく遊ぶようになった。
元々友達らしい友達が居なかった和人、それが何か分からなかったが、新しい仲間達に出会った事でようやくその意味か分かったような気がした。
和人が勉強をしていると、千歳が教室の中に入ってきた。積極的に人と関わらない学校生活だったからか、女子に対しての扱い方が未だよく分からない。千歳達三人にぶっきらぼうに接するのは、その為だった。
「おはよう、和人君」
千歳は和人にそうにこやかに挨拶した。
「おはよう」
和人は千歳の顔も見ずにそう言うと、何もなかったように勉強を再開した。
「珍しいね、和人君が朝早くから学校に居るのって」
「テストだからだよ」
和人は平然とそう言うと、何かに気づいたように教科書とノートと筆箱を持って立ち上がった。
「青葉も来てるのか?」
「うん、今教室に居るよ」
「ちょっと行ってくる、この時間なら先生も来ないだろ」
和人はそう言って隣の教室に行った。残された千歳は、散らかっている和人の机を見ながら、自分の机で勉強を始めた。
和人は隣の教室で、青葉を見つけ、前の机に座った。
「おはよう、ちょっと勉強教えてもらいたくてな」
和人は、英語の教科書を開いて青葉に見せた。
「この辺だね、ちょっと見るよ」
青葉は、自分のノートを見ながら、和人に丁寧に教えた。
青葉は、和人が知っている中では比較的英語が出来る方で、英語が苦手な和人は、テストの度に毎回教わりに来ていた。
青葉の説明が終わった後、和人はテストとは全く関係ない質問を青葉にした。
「千歳と青葉ってホントに双子なのか?たまに疑わしいと思う事があるぜ」
すると、青葉はこう答えた。
「二卵性双生児って、お母さんは言ってたな。男女の双子は二卵性じゃないと産まれないんだって。だから俺達は似てて非なる存在、同級生の兄弟みたいなもんだよ」
「俺、兄弟居ないからその気持ちがよく分からないな」
和人は、自分にもし兄弟が居たらと想像したが、実感が沸かなかった。
「双子だからって、全部分かり合える訳じゃないからな」
青葉は英語の教科書を閉じて、家庭科の教科書を開いた。
「健に後で家庭科教えてもらうんだ、和人も聞くか?」
「お、おう」
和人は、一旦廊下を出て、二組に家庭科の教科書を取りに行った。そして、一組の教室に戻ると、健が机に教科書を広げていた。
「おはウィーっス!あれ?和人も居るんスか?」
「ああ…、青葉に英語を教えてもらってた」
和人は家庭科の教科書の、範囲を広げて健に見せた。
「健、教えてくれない?実技が散々で…、筆記だけでも点数稼いでおかないと」
「任せるっス!」
健は、まるで授業をするかのように、黒板に絵を描きながら説明した。
今回の範囲は裁縫で、実技では巾着袋を造った。青葉と和人は、実技の点数が悪かったので、せめて筆記テストだけでも点数を取っておきたいと考えている。
「裁縫なぁ…、結菜が上手かったんだよ。刺繍も、ミシン使いも速くて綺麗だった」
「へぇ…、流石裁縫部長なだけはある」
料理は健が上手いが、裁縫は結菜が上手いと、家庭科の先生は言っていた。実際、結菜が来てから裁縫部の腕はめきめきと上がっている。
「健、結菜に直接教えてもらった事あるよな」
「そうっス!花恋ちゃんにプレゼント渡したくて…、結菜ちゃんに裁縫を教えてもらったっスが…、中々厳しかったっス」
健は、その時の事を思い出してげんなりとした。
「ホント、お前らの周りには色んな人が居るよな」
「和人の周りには?」
青葉と健が、一斉に和人の方を向いた。
「和人、転校してきたっスよね?引っ越す前はどんな友達が居たっスか?」
和人は、色々考えて首を捻った。
「いや…、友達居なかったし」
和人は、そう言って挨拶もせずに二組に戻って行った。青葉と健は、お互いの顔を見合わせて首を傾げると、和人が去った廊下をじっと見ていた。
放課後はテスト一週間前なので、部活は無い。それなのに、和人はこの日真っ直ぐ家に帰らず、河川敷で一人佇んでいた。和人の頭の中には、一週間前に迫るテストではなく、転校前の自分が居る。
転校前、和人にはずっと世話していた友達が居た。名前は、鷹取北斗、病気の為に車椅子に乗っていて、下の階の教室で勉強していたが、時々、和人が居る教室に来て勉強していた。和人はその時ずっと側に居た。北斗は、ひ弱で優しい人だった。
そのせいで、北斗はよくいじめられた。車椅子から無理矢理引きずり降ろされたり、無理に歩かせたりとそれは酷いものだった。
和人は、それを必死に止めようとした。だが、クラスメイトはそれに耳を貸さず、更に酷くなる。うんざりした和人は、とうとうその一人に殴りかかったのだ。そのせいで、和人は先生にも、クラスメイトにも問題児扱いされ、見捨てられた。
だが、北斗だけは和人に話しかけてくれた。北斗は、自分を庇ってくれた事を覚えていたからだ。転校する時、和人よりも、北斗の方が悲しがっていた。
和人が転校してから、北斗の方から手紙が来た。その中には写真が入っていて、北斗が友達と仲良く写っていた。北斗は、新しいクラスで友達を作って仲良くやっているらしい。和人はそれを、自分がいなくなってから、幸せになったことを見せつけているように感じた。和人は、同じように、青葉と健と誠と撮った写真を送り返した。まるで、自分が幸せになった事を見せつけるように。
和人は、いつになったら帰ろうかと考えていたが、中々帰る気になれない。その時、青葉と健が現れ、和人の横に来た。
「和人、どうしたっスか?」
「いや、別に…」
和人は、二人から目を背け、川を眺めた。すると、健は和人の肩をそっと叩き、じっと見つめた。
「一人で抱えても、何も始まらないっスよ」
和人は、悩んだが、青葉と健に転校前の話をする事にした。全て明かす事はなかった。ただ、北斗が、自分にとって特別な存在である事は伝えた。
「たった一人の友達を守る為に、他の全てを敵に回した」
すると、健は立ち上がって和人にこう言った。
「和人は良いヤツっス、だって、たった一人の友達に対して立ち向かえるなんて!」
「俺は…、全然良いヤツじゃないよ、短気だし、喧嘩っ早いし、健や青葉や誠に対しても強く当たってしまうし…」
「和人って、正義感に溢れる人だったんだね」
和人は、先生にも親にもあまり褒められた事がなかった。褒められるのに慣れていない和人は、何処かむず痒い気分になった。
「でも、最近は会ってないっスよね?」
「ああ…」
その時、和人を呼ぶ声が上から聞こえてきた。
「和人だよね?」
その声とともに現れたのは、車椅子に乗った小柄な少年とその母親だった。和人は、一瞬驚いたが、すぐに顔を明るくし、少年の元へとやって来た。
「近くを通りかかったら、偶然見かけて…」
その少年は北斗だった。しばらく姿を見ていないが、面影は転校前のまま、変わっていなかった。北斗は、三人の所ヘ向かおうとしたが、河川敷には階段しかなく、降りる事が出来ない。
そこで和人は、北斗の車椅子のベルトを外して、背中に背負った。北斗の身体は軽く、手足は華奢だった。
「中学校、この辺なんだ。秋になったら交流会あるからその時にまた会えるね」
「そうなのか…」
転校前、和人は何度も北斗を背負って階段を登り降りした。その事を思い出して、和人はふと、和人に聞いた。
「俺が居なくて寂しくなかったか?」
すると、北斗は首を横に振った。
「新しい友達は出来たけど…、やっぱり寂しいよ」
「そっか…、寂しかったら、また遊びに来いよ」
和人は、北斗にそっと微笑み、椅子に座らせた。
「ありがとう…、僕、どんなに和人が悪く言われても、僕は和人は良い友達だって思うよ」
「北斗…」
「完璧な人間は居ない、みんな何処か欠けてるんだよ、欠けてながらも、みんな一生懸命に生きてるんだよ」
北斗のその言葉を聞いて、青葉の胸は酷く締め付けられた。
「二人は、和人の中学校の友達なの?」
二人は北斗に向かって頷いた。
「和人は迷惑かけてない?」
「かけてないって言ったら嘘になるけど…、でも、あいつと一緒にいれて俺は楽しいよ」
「そうなんだ…」
北斗は、和人に背負われ、車椅子に乗り込んだ。そして、母親に向かって何か言うと、三人の方を見つめた。
「和人の事、よろしくね」
北斗は、青葉と健に向かって深々とお辞儀をすると、母親と一緒に帰って行った。
夕焼け空の中三人は帰っていく。和人は、青葉達と北斗が出会ったのが事で、転校前の世界と今の世界がくっついたような気がした。そして、自分も、転校前と今が繋がっていると感じている。
「なぁ、青葉、健、俺は変わったか?」
青葉と健はお互いを見合わせてから、和人の方を向いてこういった。
「いや?」
「変わってないっスよ?」
和人の嫌そうな顔を見て何か察したのか、健はこう言った。
「もしかして、変わったって言って欲しかったっスか?」
「いや、別に…」
和人はむすくれた顔をした。
「北斗君に見せた笑顔と俺達に向ける笑顔は同じだったっス、俺達も和人に大切にされてるって事っスよね?」
「ああ…」
「和人は友達思いの良いヤツっス、俺、和人と出会えてホントに良かったっスよ!」
「そう、健にそう言われて、俺は嬉しいよ」
「俺も、和人に出会えて良かったよ」
「青葉…」
和人は二人の肩を持ち、満面の笑みを浮かべた。
「俺、凄く嬉しい!」
それを見て青葉と健も笑顔になった。
三人は、夕日を背中に肩を組みながら仲良く歩いていた。来週はテストなのに、それを考える暇が無い程に、楽しそうに見えた。




