怪盗はテスト期間
屋敷に戻ると、青葉はぐったりとしていて、真っ先に自分の部屋に戻って行った。千歳も、自分の部屋に戻る。そして、机の上に教科書とノートを広げて、勉強を始めた。期末考査まで、後二週間ある。千歳は、壁に掛けられたカレンダーの印を見て、そう思った。
「勉強中に失礼します、千歳様」
すると、伸人が千歳の部屋の扉を開け、恭しく手紙を手渡した。
「何でこんなタイミングで…」
「急ぎの依頼です、何しろ、結婚指輪が盗られてしまったとの事…」
伸人は、深々とお辞儀をして、扉を閉めた。
その知らせは、青葉の耳にも入った。青葉は勉強する元気もないのか、ベッドに横たわり、うっすらと目を開けている。
「何ですか、生瀬さん…」
「急ぎの依頼があります、依頼主の結婚式の前に、この指輪を取り返して下さい」
「えぇ…」
青葉はベッドから起き上がって伸人を見る。
「期末テストもあるのに…、どうしよう」
「…お願いしますよ?」
青葉はベッドから降りると、パソコンを開いて、依頼の手紙にある『メモリアル・リング』と、その在り処である青藍邸の事を調べ始めた。
翌日、千歳と青葉は、友達が来る前に登校し、朝早くから勉強を始めた。怪盗業の時は、家の中でその事を考える癖がある。そこで、早めに学校で勉強し、家に帰ってからは、怪盗の事が出来るようにしているのだ。
千歳のクラスにも、青葉のクラスにも、誰も居なかった。自分のペースで勉強出来る。千歳は早速、数学の提出物に手を付けた。
青葉も、同じように勉強を始めようとしたその時、教室の扉が開いて、中から涼平が現れた。
「青葉も学校で勉強か?」
「そういう涼平も…、あ、さては…」
「そのまさかだよ」
涼平はそう言って口を緩めた。
「涼平、学年トップの成績だろ?毎回順位張り出される時に名前あるよな?」
泉ヶ丘中学校では、考査や小テストの時、上位の者は毎回名前が、廊下に貼り出される。涼平は、そこの常連だった。りんかも、毎回上位に貼り出されているらしい。
「まっ、自慢じゃないけどね」
青葉は、教科書越しに顔をしかめた。
「そういうのが嫌味っぽく聞こえるんだよ」
「お前と千歳は、僕と争う事が二つあって大変だね」
涼平は、そう他人事のように言うと、自分の机で勉強を始めた。
千歳が提出物を進めていると、花恋と結菜が教室に入ってきた。勉強をしている千歳を見て、花恋は慌て、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんね、変な時期に遊園地に誘って…」
「ううん、全然良いよ。ってか二人も勉強しないとまずいんじゃないの?」
「そうだよね…、ううっ」
花恋は、カバンから理科のワークを取り出した。今回は、一学期のまとめで、生物と地学の範囲が出てくるそうだ。
「でも、提出範囲は授業中に終わらせてるから、焦らなくて良いんだよね?」
「そう言って範囲の内容忘れるのが花恋でしょ?」
結菜にそう言われて、花恋は縮こまった。
「そ、その通りだよ結菜ちゃん…」
結菜は、教科書を開いて、範囲の内容を見た。
「さて、私も勉強しないとね、なんせ先輩に言われたもん」
結菜は二人から離れ、自分の勉強を始めた。
テスト期間中というが、授業は普通に進む。二学期に向けての対策なのか、テストの範囲外の事もやる。それに加えて次回の盗みの事も考えているので、千歳と青葉の頭は、パンクしそうになった。涼平の方は、大丈夫なのだろうか。
涼平は、小学校の時から頭が良かった。顔立ちの良さから女子に人気があるが、周りを見下している感じがして、男子の人気は悪かった。だが、弟の港平が生きていた頃は、青葉と健、誠とも仲が良かったのだ。和人が来る前までは、青葉と健の仲良しトリオの中に、涼平が入っていた。
青葉は、港平が亡くなってから、涼平はすっかり変わってしまったと思っている。かつての涼平は、健と同じように、兄弟にも友達にも優しかった。ところが、今の涼平は、誰に対しても冷たい態度を取っている。
何が涼平を変えてしまったのだろうか。港平が亡くなった事が原因のようだが、青葉も健も港平が亡くなった理由を知らない。
青葉が教科書越しに涼平を見ていると、クラスの女子の九条小百合が涼平に近づいて来た。
「涼平君!これ教えてくれない?」
小百合はそう言って、数学のワークを広げた。涼平は、小百合に丁寧に教えるが、目は合わせていない。
「(こいつ、アウトオブ眼中だな)」
「女子には優しくしないとダメっスよ?」
健にそう言われると、涼平は健を睨み付け、一瞬で黙らせた。
「りょうへー、賢いんスよね?俺も教えてもらいたいっスが…」
「お前は青葉にでも教えてもらったらどうだ?」
「は?!意味分かんないんだけど!」
涼平は、怒る青葉の前で、涼しい顔をすると、また自分の勉強に戻った。
「りょうへー、なんで冷たくなったっスか…」
「それを俺が聞きたい気分だよ…」
「青葉、ここ教えてくれないっスか?」
健は、社会の歴史の範囲を指さした。
「分かったよ、その代わり…家庭科教えろよ、健の方が得意だろ?」
「任せるっス!」
健は、青葉の説明を真剣に聞き始めた。
千歳は、花恋と一緒に勉強を始めた。
「朝早いと勉強こんなに出来るんだ、驚き」
「私は家でする派だけどね」
結菜はそう言いながらも、教科書を広げていた。
「今回の期末範囲広すぎ…、覚えきれるかなぁ…」
「まぁ、頑張ってよ」
花恋は、自分の教科書と千歳の教科書を交互に見つめた。千歳の方は、花恋のノートを見て、何か写している。
「ノート提出あるから空白のとこ埋めとかなきゃね、借りていい?」
「ごめんね、汚い字で…」
花恋のノートの文字は並んでいて、見やすくなっている。
「ううん、全然良いよ」
千歳は、空白の部分を写しきり、花恋に返した。
「勉強の時間欲しいなぁ…、明日、千歳ちゃんと同じ時間に来ようかな?」
「私も一緒に勉強したい」
「うん、良いよ!」
仲良さそうに勉強をしてきる女子三人を、端の方で、和人と誠が遠くを眺めるような目で見ていた。
家に帰ってからは、千歳は勉強ではなく、次の盗みについて考えていた。指輪は小さく、無くしたり奪われたりするリスクが高い。また、在り処以外の場所に隠されたりする事があれは、お手上げだ。依頼主の為にも、何としてでも取り返さないといけない。
「しかし、指輪なんて盗むの初めてだな…」
千歳は、青藍邸の見取り図を見ながら、考えていた。
一方、青葉の方もパソコンを開いて何かを調べていた。『メモリアル・リング』とは、素性不明の職人が、気に入った人に対して造っているらしい。この世界に僅かにしか存在しない幻の指輪、結婚指輪にしたいというのと納得がいく。それが盗まれたのは恐らく、この『メモリアル・リング』が貴重なものと分かってだろう。
写真を見ると、『メモリアル・リング』は、銀色の指輪に、名前が彫られていて、小さな石が填められているものだった。
職人から聞いた話によると、指輪自体は普通だが、石がとても貴重なものらしい。
青葉は、この写真を見た時、今までの呪宝とは違う何かを感じた。
「なんだろう…、この違和感は」
青葉は、そのページをプリンターでコピーすると、パソコンを閉じた。そして、何事もなかったように、教科書を開いて、勉強を始めた。