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大勢で楽しむ休日

 今、大勢の人々が一つの所に集まり、話をしている。千歳と青葉、健と久美と両親の律子と康之、結菜と祐一郎といった兄弟達と、和人、誠、涼平、花恋、りんか、ちえりだ。

これで全員揃ったという感じだが、あまりものの大所帯に、異様な光景に見える。

「じゅ、14人、いくら何でも多すぎないか?!」

「このままじゃ、動きにくいっスね…、分けるしかない…」

健がそう考えていると、祐一郎が健の肩を叩いた。

「そういえば、君も妹居るんだね、名前は?」

「立花健っス!妹は久美っス!結菜ちゃんとは違うクラスっスけど…、仲良くしてるっス!」

健は背筋をピンと伸ばしてそう答えた。

「結菜、俺は健君と話してくるから適当に話しといて」

「あっ…」

祐一郎は、健を連れて何処かに行ってしまった。

「ど、どうしましょう…」

「青葉君、ちょっと話したい事があるんだ」

青葉が身の行き場に困っていると、康之と律子が近付いてきた。

「なんでしょうか?」

「ちょっとこっちへ」

青葉は、二人に付いて行った。千歳達は、ポカンとして何も話す気にもならずその場に立ち尽くしていた。


 二人は、少し離れた木陰のベンチに座った。周囲は閑散としている。健は、突然祐一郎に話し掛けられた事に戸惑っていた。

「ど、どうして俺に話し掛けたっスか?!」

「俺も妹持ちの兄さんだから、君の気持ちが分かる気がするんだ」

「あっ…、年上っスよね?失礼っスね、真面目に話さなきゃ…」

健は自分の頭を叩いて口調を必死に直そうとした。

「いや、君が話しやすいようにして良いよ」

祐一郎は優しい口調でそう言った。

「あっ、ありがとうございます!」

「健君は久美ちゃんの事が好きなんだね」

「はい!」

「俺も、結菜の事が好きなんだ。久々に今日帰るから、一緒に遊園地に行こうって」

「そうだったンスね」

「でも、両親の事は毛嫌いしてるんだよね?」

「毛嫌ってる訳じゃないっス、だけど…、今は邪魔されたくないっ思って…」

「そっか…」

健はズボンを掴んだ。

「思春期特有の何かかもしれないな、俺も健君と同じような気持ちになるよ。でも、悲しいかな、人間の性っていうのは…、失った時に初めてそのありがたみが分かるっていうんだ。俺はずっと結菜や両親と離れて暮らしてるんだよ、最初は自分の世界を邪魔されなくて幸せだなって思ったんだけど、だんだん家族が恋しくなるんだよ」

健はズボンから手を離し、首元のネックレスを握り締めた。

「そのネックレスはどうしたの?」

「お父さんのお下がりっス」

健はネックレスを首から外して祐一郎に見せた。

「そう言うって事は…お父さんの事を今でも思ってるんだね?」

「そうっスか?」

祐一郎は、そのネックレスをじっくりと眺めた。プレートの表側には、四葉のクローバーが彫られてある。そして、裏側を見た時、祐一郎はある事に気づいた。

「『KEN』…、健君の名前が彫られてある」

「マジっスか?!でも、これはお父さんの…」

「お父さんも、君の事を思ってるんだね…」

「そうっスか…」

健は、ネックレスを着けて祐一郎を見つめた。

「もし、突然両親が居なくなったら、健君はどうする?」

「青葉…俺の親友は、両親がずっと行方不明になってるっス、もし、俺も両親が急に居なくなったら…、青葉と同じように、探すっスかね…」

「青葉君って、双子の弟の方の?結菜と同級生だから予想出来たけど、しばらく見ない間にあんなに大きくなってたのか」

「青葉の事、知ってるっスか?」

「俺達兄弟で仲良かったんだ」

祐一郎は正面を向いて遠い目をした。

「俺、ずっと好きだった人、お姉さんが居たんだ。健君はもしかしたら聞いたことがあるかもしれないね?その人は俺にずっと優しくしてくれた。いくら妹が好き、って思っても、やっぱり他の誰かを好きになる事はあるよね?」

「俺も、好きな人は居るっス…」

誰にも明かしていなかったが、健は密かに花恋の事を思っていた。向こうは気づいていないかもしれないが、健は花恋に対して優しく接していた。

「さて、そろそろ戻ろう?」

祐一郎はベンチから立ち上がり、健と一瞬にみんなの元に戻った。


 健が祐一郎と話していた頃、青葉は健の両親とカフェのテラス席に座っていた。青葉は、自分のお金でクリームソーダを注文して、二人を見つめた。

「言ったら買ったのに…」

「いや、大丈夫ですよ」

律子はアイスティーに手を添えて、青葉を見つめた。

「大きくなったのね…」

「俺だっていつまでも小さくないですよ」

青葉はアイスをスプーンですくって口に入れた。

「健と仲良くしてくれてるんだな」

「そうですね…」

「あいつって優しいだろう?それに素直で繊細なんだ。だからあいつ、無理してるんじゃないかっていつも思ってるんだ」

「思えば一番親に甘えたい時に妹が産まれて、ずっと付きっきりだから…」

律子は、今この場に居ない健の方を見た。

「健は、久美ちゃんの事が好きなんですよね」

「そうね…」

青葉は、ずっと側に居て、健が無理しているようには、到底思えなかった。

「小さい時に親しい人が亡くなったでしょ?港平君も、あなたの…」

青葉は俯いて胸元を抑えた。

「健は何かを失うのを恐れている」

「えっ?」

「そんな事があったら誰だって…とは思うけど、健にとってあの出来事は大分答えたらしい、当事者は君達のはずなのに」

「俺だって傷は大分癒えましたよ、だけど…、まだ何ともないとは言えないですね…」

青葉はメロンソーダを一気に飲んで咳き込んだ。

「あのネックレス、大事にしてくれてるんだな」

「あれって、おじさんのお下がりなんですよね?」

「いや、あれは健にってプレゼントしたんだよ」

「そうだったのですね…」

「さて、そろそろ戻ろうか、健ももう戻ってるかも知れないからね」

康之は立ち上がり、律子と青葉を連れて千歳達の所に戻った。


 三人が戻ってきて少し経った頃、健と祐一郎が戻ってきた。何があったのか健と祐一郎は親しそうにしている。

「お帰り、健」

「ただいまっス〜」

何事もなく、さっきと同じように青葉と和人に振る舞う健を見て、和人は健に指を指した。

「健って、素が俺達に見せてるこれなんだよな?」

「素ってなンスか?」

健にそう言われて、青葉と和人はお互い顔を見合わせて考えた。

「素か…、う〜ん、健って裏表とかないのか?」

「無いっスよ?」

健は何も考えず平然とそう言った。

「健君、何話してたの?」

「妹を持つ兄同士、語り合ってたっス」

「へぇ…」

千歳は、分かったような、よく分からないような顔をした。

「これからどうするっスか?」

「分かれて行動するんじゃなくて、みんなで行動しない?」

「それ、いつ思いついたんスか?」

「まぁ、そうしおうと今思ったとこだよ」

「ソーっスか?」

「しょうゆーこと」

二人は爆笑したが、周囲は、夏なのに冷たい風が吹いていた。

「じゃあみんなで行動しよう!」

「でも、何するっスか?」

「私、みんなでお化け屋敷行きたい!」

結菜が手を上げて大きな声でそう言った。

「さっき二人で行っただろ…」

祐一郎がもう一回行くのか、と呆れた声でそう言った。

「良いじゃん!もう一回!」

「やれやれ…、仕方ないな…」

祐一郎は結菜の先を歩いた。

「お化け屋敷か…、そういや俺達行ってなかったな」

「私達も…、眼中に無かったしね」

「えっと、この中でどうしても行きたくないっていう人は?」 

和人が一同を見渡すと、久美とちえりが小さく震えているのに気がついた。

「二人は…、おじさんとおばさんに見てもらおうか」

「あの…、俺も…」

青葉が小さく手を上げると、和人に腕を捕まれ、無理やりそれを降ろされた。

「青葉、お前はいいだろ?さっ、行くぞ」

「ええっ…」

「青葉、怖がりなのか?」

「そういう訳じゃないけど…」

青葉は肩に何かが乗っているような感覚を覚えたが、首を振って何ともないと思うようにした。

 千歳達は、結菜も混じって四人で楽しそうに喋っている。一目見ただけでは、この後お化け屋敷に行くとは到底思えない。

「そっか…結菜ちゃんは行ったのか…」

「次は四人で回ろうよ!」

「おっ、良いね!」

「楽しみ!」

「りんかちゃん、そういうのは平気なの?」

「平気ですよ?」

四人は意気揚々と歩いていく。

「千歳は平気なのに、青葉はどうして嫌そうにしてるんだ?」

「そ、それは…」

「和人、あまり根掘り葉掘り聞かないでほしいっス」

今まで黙っていた健が、突然和人に注意した。

「健…どうして…」

「和人は転校して来たから知らないっスよね、これには深い訳があるっス、…最も今はそれは言えないっスけど」

健は、青葉の手を引いて、同じペースで歩いた。


 お化け屋敷は、泉ヶ丘遊園地に昔からある。洋館のような見た目をしていて、庭には墓石がある。レトロで粗削りの仕掛けが見られるという事で、遠距離からわざわざこのお化け屋敷を見に行く人も多かった。

 千歳と青葉は、家が屋敷で、このお化け屋敷は狭いくらいだが、中は迷路状になっていて見た目以上に広く見えた。

 祐一郎と誠と涼平は真っ先にお化け屋敷に入っていく。その後、千歳と花恋と結菜とりんかは手を繋いて仲良く入った。その次は青葉達だが、青葉の足は未だ竦んでいた。

「さ、先行ってよ…」

和人は、青葉の背中を押して無理やり中に入れた。

「和人!やめるっス!もう…」

健は青葉の横に立ち、暗闇の中でそっと寄り添った。


 お化け屋敷の中は薄暗く、外よりも肌寒い。壁には蜘蛛の巣や埃が溜まっていて、窓は全て黒く塗りつぶされていた。道の途中には蝋燭、と言っても今は火災防止なのか、蝋燭風のLEDに代わっていた。屋敷には広い廊下があり、その先には大部屋があった。祐一郎、誠、涼平の三人は、そこを歩いて行く。

「さっき行ったから道順は覚えている、さっさと行くぞ」 

「先輩が居ると心強いです!」

大広間に来た三人の目についたのは、広間の壁にある人の形をした血痕だった。

「血痕…!凄いリアルに出来てるな…」

「中学生探偵の涼平が血痕を調べるって…、ホラーというよりこれサスペンスドラマみたいだよ」

「でも、どんな殺され方をしたらこんな痕が…」

「そこは深く考えないの…」

三人は血痕を見て驚くというよりも楽しそうに話している。血塗れの男性が、背後から三人を脅かそうとしたが、この様子に気づき、口をあんぐり開けて逆に驚いていた。


 大広間を抜けると、小さな小部屋に入る。その中は宝物庫になっていて、鎧や宝石が置かれてある。壁は所々穴が空いていて、その奥から何かの唸り声も聞こえる。千歳と花恋とりんかは、結菜を先頭に歩いて行った。

「このお化け屋敷、小さい頃は怖かったけど、今はそんなに怖くないなぁ…。夏になると色々な所でお化け屋敷やってるでしょ?私色々回ってるんだ」

結菜は、お化け屋敷の中をまるで自分の家のように歩いている。

「そうなんだ…」

「宝物庫って、ピンクジュエルが居そうだよね?!ピンクジュエルももしかしたら…、こんな所に行ってるのかな?」

ピンクジュエルの時は、このお化け屋敷以上の恐ろしい目に散々遭う千歳、色々言いたい事はあるが、三人の前なので、今は耐える事にした。

「ホントだよね?もしかしたら、この中に宝物が…」

「私、色々見に行きましたよ!」

二人の会話にりんかも混じり、混線している。自分の事を言われてむず痒い千歳だが、今は耐えるより他は無い。


 奥の方に行くと、宝物は無くなり、代わりに棺が一つ置かれていた。

「あれ?棺ですよ先輩」

「中にもしかして、イケメンの吸血鬼が居たりして?!」

二人は甲高い悲鳴、ではなく黄色い悲鳴を上げた。

「いや、イケメンって…」

「イケメンだったら、喜んで首筋を差し出すよ!」

「うん!私もそう思う!」

三人がワイワイ盛り上がる中で、千歳は一人苦笑いを浮かべた。

「いや…、嫌だよ私は」

千歳が棺に寄りかかると、スッと棺が開き、隙間から骨の手がゆっくりと飛び出て来た。

「はい、握手」

結菜は骨の手を掴んでニコッと笑った。隙間から更に頭蓋骨も飛び出て来たが、お構いなしだ。

「知り合い、なの?」

「うん、さっきもやったよ?」

結菜が手を離すと、骨の手は棺の中に戻り、蓋も閉まった。

「次行こっか」

結菜はまた先頭を歩いて行った。

 螺旋階段を降りて次に向かったのは、食堂と思われる場所だった。テーブルには美味しそうな料理が並んでおり、赤ワインのグラスもある。千歳達はここで一休みをする。

「もう少しでゴールだね」

「うん…」

 すると、血濡れた肉切包丁を持ったコックが三人に向かって走って来たが、何を思ったのか突然止まった。

「待て!あれ…、結菜ちゃん?」

「雪乃センパイ?!どうしたんですか?!」

その人物は、結菜の裁縫部の先輩である今宮雪乃だった。雪乃は、血濡れたエプロンを着て、長い髪の毛をコック帽の中に押し込んでいる。雪乃は、

「アルバイトだよ、土日限定でやってるの」

「そうなんですね…」

「しばらくしたら夏休みでしょ?だから人手が足りないってさ。このお化け屋敷は泉ヶ丘遊園地では不人気のアトラクションって言われて、志望する人が少ないんだってよ」

「でも…、私は好きですよ、このお化け屋敷」

確かに、このお化け屋敷だけ、行列になっていない。遠方から来る人は居るが、地元の人は遊びに行かないのだろうか。

「さて、夏休みになったら忙しくなるか〜」

「そっか…もうすぐ夏休みだね!」

「でも、その前に期末テストが…」

「うわっ、そっか…、期末か…」

遊園地で思い出したくもない事を思い出してしまった四人は、すっかり項垂れた。

「頑張れよ、中学生ども」

雪乃はニコッと笑って肉切包丁を振り回しながら、何処かに行ってしまった。

「帰ったら…、勉強しなきゃね」

「うん」

しょげた四人は出口に向かって歩いて行った。


 出口に向かう途中、もう一つ大広間がある。そこには大きな鏡がある。この鏡は、生きている者しか映らないと言われ、ここに来た人は、これを覗くというのが定番である。

 青葉と健と和人は、鏡をじっと見つめた。三人の姿はハッキリと映っている。

「ほら、大丈夫だろ?」

「う、うん…」

青葉の身体はガタガタと震えていた。

「青葉って何でこういうのだけは苦手なんだ?青葉って現実主義のはずだろ?」

「そ、それは…」

「和人!あんまり言わないでっス!」

健は和人と青葉の間に立った。

「健…、どうして…」

健は青葉の背中をそっと叩いた。

「青葉、一緒に出よう?」

「う、うん…」

二人が振り返り、青葉も戻ろうとした時だった。鏡に、三人とはまた別のものが映っていた。黒くてボロボロのローブが宙に浮いていて、そこから骸骨が覗いている。そして、手には巨大な鎌があり、明らかに青葉を狙っていた。

「死神が…」

青葉が振り向くと、死神は青葉に向かって鎌を振り上げた。逃げながら冷静に見ると、頭の上から糸が垂れている。この死神はどうやら、このお化け屋敷の仕掛けのようだ。

「仕掛け、だよね?でも…」

青葉が上をみあげたその時、糸がプツリと切れ、死神が床に落ちた。死神は人形で、落ちた後動く気配が無い。

 それを見て、青葉が出口に向かおうとしたその時、壁にあった大きなクローゼットが倒れて来た。避けようとしたが、足が動かない。

「えっ…」

青葉は、もう逃げられないと思い、頭を伏せたその時、クローゼットは一瞬動きを止めた。誰かが支えている訳ではない。だが、青葉は、闇の中で何者かの気配を感じた。

「(逃げて…青葉)」

誰かの声が、闇の中で聞こえた。青葉は辺りを見回したが、誰も居ない。だが、その声に青葉は聞き覚えがあった。

 青葉は、立ち上がって駆け出した。出口は、目の前にあり、光を漏らしている。に青葉は、何も考えずに出口に向かった。


 青葉が外に出ると、それを待ち構えていたかのように、目の前に青年が現れた。名前は知らないが、青葉はその人に会った事がある気がする。青年は、暑いのに、長袖の黒いパーカーを羽織っていた。

「あ、あなたは…」

青葉は、その青年を見た時、恐れと違和感を感じた。ただ、それだけではない。身体が震え、全てが束縛されたように自分の意思では動かせないのだ。何かを話そうとしても、声を発する事すら出来ない。

「まさか、お前はそういうものの気配に敏感なのか?」

青葉は、震える身体をようやく動かして、頷いた。

「もしかして…、俺の事も分かるのか?」

青年の方は、普通に話しているように見える。だが、青葉はその人に殺されるのではないか、と思われるくらいに恐れていた。

「お前、何か憑いてるな?悪いものではないようだが…、いつかは離れないと、お互いが苦しむぞ?」

青年は、青葉の肩にそっと触れた。

「何を恐れているんだ?」

青葉は、青年に向かって何かを言おうとしたが、身体を動かす事も、声を出す事も出来ない。

「喋れない、っていう事はやっぱりそうなんだな…、今のお前にとって、俺は脅威だ。また、話せる時が来たら来るよ。大丈夫さ、俺は善良な奴を無理に連れ込む事はしない。確か、あいつの弟、だったよな?青葉…」

青年は、青葉の元から立ち去った。青葉の身体は脱力し、ようやく動けるようになったが、それが自分の身体ではない気がする。青葉は、悴んだ身体を起こして、こう呟いた。

「そこに、居るんだろ?姉ちゃん…」

だが、青葉の背後には、誰も立ってない。風も吹かず、遊園地の中を楽しそうに人々が行き交うだけだった。



 そこから元居た場所に戻ると、健と和人が青葉の事を待っていた。青葉は疲れ果て、ぐったりとしている。

「ごめん…、遅くなっちゃって…」

すると、和人が青葉の前に立った。

「そっちこそ、無理やり行かせてごめんな」

「青葉、大丈夫っスか?」

青葉はカバンの中から、群青色の小さな巾着を取り出した。それは、ボロボロになったお守り袋で、紐は桃色になっている。青葉はそれを強く握り締めた。

「今は…、大丈夫…」

だが、青葉の手はガタガタと震えていた。

「健、どうして青葉は怖がってるんだ?」

「それは…、今は言えないっス」

「二人揃って、何を俺に隠してるんだ?!」

「隠してる訳じゃないっス!ただ…、言えないだけっス」

「健!」

和人は、事情を自分に何も話さない健に怒りを覚えていた。

「みんなの所に、戻るっス」

健は、青葉の横に立ち、一緒に歩いた。

「うっ…、心が苦しい」

「大丈夫っスか?」

健は、青葉に何があったのか、あえて尋ねる事はしなかった。ただ側に寄り添い、安心させる事が一番良いと思ったからだろう。青葉の身体は震えが収まらず、目は何かに怯えているようだった。


 空はだんだん日が陰り、暑さも和らいでいく。遊園地は閑散となっていた。

「みんな、帰ろう」

健は、久美の手を引いて、両親に付いて行く。和人は、それを横から見ていた。

「俺はここで帰るッス!みんな、また明日〜」

祐一郎は、結菜と並んで歩いていく。

「俺、このまま家に荷物取って、学校に戻るよ。大会前の貴重な休み、一緒に楽しんでくれてありがとな」

祐一郎は、夏休みは合宿や大会で忙しくなる。家に帰って来れるのは、次は秋か冬くらいになるだろう。

「先輩!また会いましょう!」

誠がその後ろから手を振っていた。

涼平は、その様子を横目で見た後、自分には関係ないと思って無言で立ち去った。

「千歳姉、俺達も帰ろう?」

千歳と青葉は、二人並んで、遊園地を出て行った。

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