怪盗!レディ・ピンクジュエル!
窓から朝の光が差して、部屋を照らしていく。その部屋の壁はピンク色で花の絵が飾られてあり、棚には幼い頃から大切にしていたと思われる人形が置かれてある。。その光で一人の少女は目を覚まし、天蓋付きのベッドから飛び起きた。そして、ピンクのパジャマ姿で廊下を歩き、隣の部屋に向かう。
隣の部屋は、少女の部屋と同じ造りになっていたが、壁は青色で、同じ棚には飛行機の模型が置かれてあった。ベッドには少女と同い年の少年が、布団を被って眠っている。
「もう起きよう?」
少女が布団を取り去ると、少年は眠い目を擦って少女の方を見つめた。
「おはよう…」
「今日学校があるでしょ?さっさと支度をして」
少女は少年を置いて、一人螺旋階段を降りて一階に行った。二人が住んでいる家は言わば広い屋敷で、天井には豪勢なシャンデリアが飾られてあった。
一階には、執事と思われる初老の男性が、朝早くから襟元正した燕尾服で、二人を待っていた。ワゴンには朝食のパンとサラダとスープが置かれている。
「おはようございます」
「おはよう、生瀬さん」
生瀬伸人、執事の名前はそう言った。彼は幼い頃から二人の世話をしており、両親に次いで二人の事を理解していた。
「千歳様も、青葉様も、早く食べないと中学校に遅刻しますよ?」
少年はその声を聞いて螺旋階段を駆け下り、伸人の所に現れた。
「ありがとうございます!さっ、千歳姉、早く食べよう!」
「やれやれ…、寝坊したのは誰だっけ?あれ?竜野ご夫妻は不在なんですか?」
千歳はため息をついた後、伸人にそう尋ねた。
「ご夫妻は…、朝早くから外出なされました」
竜野ご夫妻というのは、二人の親戚に当たる。二人は、竜野夫妻と伸人と一緒に、この広い屋敷で暮らしているのだ。
少女の名前は鳳千歳、少年の名前は鳳青葉、二人は泉ヶ丘中学に通う二年生だ。二人は朝食を食べ終わると、制服に着替え、揃って学校に向かった。そして、千歳は二年二組、青葉は二年一組の教室に入った。
千歳が教室に入ると、早速、守山花恋が話し掛けてきた。花恋は二組のクラス委員長である。明るくて面倒見がいい為、クラスのお母さんのような存在と思われ、男子からも女子からも人気があった。千歳と花恋は幼い頃から仲が良く、学校ではいつも一緒に過ごしていた。
「おはよう!今日もいい天気だね」
「この時期にしてはね」
そろそろ梅雨の足音が聞こえ、日差しがだんだんと強くなっていった。花恋は半袖のシャツに赤色のリボンをしている。
「また現れたよね?怪盗レディ・ピンクジュエルが!今回は見事に博物館から『人魚の涙』を盗んだんでしょ?!」
花恋は千歳に顔を近づけて、興奮気味の声でそう言った。
「あぁ…、そうだったね!」
「レディ・ピンクジュエル!彼女は神出鬼没の女怪盗!パフォーマンスのように博物館や大富豪のお屋敷から見事に美術品を盗み、警備の目を掻い潜って華麗に立ち去る!例えるならそれは華凜に咲く一輪の花!でしょ?」
ショートカットで眼鏡を掛けた少女が、くるくる回りながら花恋と千歳の間に立った。
「ピンクジュエル好きだね…、結菜ちゃん…」
比良結菜は、二人のクラスメートだ。怪盗ピンクジュエルについて語らせたら上の者は居ないと、学年を超えて有名になっている。結菜は二年生だが裁縫部の部長をしており、手先が器用な事でも知られる。
「ピンクジュエルも好きだけど、アクアマリンも好きなんだ!」
「ほぉ…、アクアマリンも好きとは…、通ですなぁ…」
アクアマリンとは、警察には属していないが、ピンクジュエルが居る所には必ず現れる女警官だ。ボーイッシュだが可愛い一面もあり、警察が手を焼くピンクジュエルを翻弄すると言われ、同様に人気がある。
「アクアマリン格好いいよね!いつか直接会ってみたい…」
「ピンクジュエルと一対一の所とか最高…」
二人はピンクジュエルとアクアマリンの話をして、うっとりとしていた。
「そういえば、三人で何回かピンクジュエル見に行った事あるけど、千歳ちゃん、一回も見てないよね?」
「あぁ…、運が悪くてね…、いつか会えるといいな」
千歳は頭を掻いて、二人を見つめた。
「本当、女子ってそんな話好きだよな」
三人の様子を呆れたように見るのは、淵垣和人と桜井誠だった。
「誰が可愛いとか、誰が格好いいとかな」
「怪盗が好きで何が悪いのよ!」
男子に張り合おうとする結菜を、花恋は慌ててなだめた。
「まぁまぁ落ち着いてよ…、結菜ちゃんらしくないよ?」
「何よあいつら…」
千歳は苦笑いを浮かべながらその様子を見ていた。
千歳には仲良しの二人には言ってない秘密がある。二人どころか、青葉の友達にも、世間にも知られていない事だ。
実は、怪盗ピンクジュエルの正体は千歳で、女警官アクアマリンは、女装した青葉だ。その事は、二人と執事の伸人しか知らない。
失踪した両親を探す為に、千歳は怪盗として呪宝を集め、手掛かりを探している。呪宝とは、呪われたり想いが込められた宝で、本来の持ち主から奪われたものもある。ピンクジュエルはそれらを奪い返し、本来の持ち主に返しているのだ。その過程で必ず両親の手掛かりが見つかると思っている。
青葉は女装して、警官アクアマリンとして警察の中に入り、内部情報を通して別の方向で両親を追っている。女装をしているのは、男子の割には声が高く、身長が低いというコンプレックスを利用する為だ。また、ピンクジュエルを妨害し、逮捕する事を装って、密かに手助けしている。一歩間違えれば、確実に怪しまれる。そのリスクを負いながら、青葉は姉を支えていた。
青葉は、二年一組の教室で、立花健と挨拶を交わしていた。
「おはウィーッス、イェイ!」
二人はお互いそう言ってハイタッチをする。それが日課だった。
「ピンクジュエル、本当に話題になってるよな」
「そうッスね?俺ピンクジュエルちゃんマジ押しなンスよ!」
「ハハハ…、本人に言ったら喜ぶだろうな」
健は自他共に認めるチャラ男で、独特の癖と喋りをしている。
最も、貞節はあるようで先生にはその一面を見せないが、生徒の中ではかなり話題になっていた。
「この前も盗みを成功されたらしいし、また世間の話題になってるんッスよ!」
「本当だな、アクアマリンは何をしてるんだ」
二人の間に無理矢理割り込んで来たのは、赤い眼鏡を掛けた男子だった。二人より身長が高く、高校生のようにも見える。
「おっ、中学生探偵のりょうへーじゃないっスか!」
「その呼び名、止めてくれないか?」
藤並涼平は学年トップで賢く、探偵業もしている事から中学生探偵として知られていた。また、顔立ちが整っている事から女子からも人気が高い。だが、プライドが高く、男子からの評判は悪かった。
「りょうへー、マジパねぇっしょ!」
「チャラチャラしている奴は嫌いだな」
涼平は健を睨みつけ、青葉の真正面に立った。
「なんであんな奴の相手をする?」
「えっ…、親友だから…。それに、ああ見えてあいつ…」
「友人の為に言い訳をする奴は嫌いだな」
涼平は腕を組んで二人の間から立ち去った。
「何だよあいつ…」
「まぁまぁ、落ち込んでいても始まらないっしょ…。そうだ、今日は部活もないし、いつメンで遊びに行かね?!」
いつメンとは、いつものメンバーの略で、青葉と健と和人の三人だった。
「そうだね!じゃあ放課後行こっか!」
「後で二組に居る和人も誘うっしょ!」
二人はまたハイタッチを交わし、それぞれの席に戻った。
放課後、三人は私服に着替えて近所にある泉ヶ丘ショッピングセンター遊びに行った。青葉は半袖のジャケットとジーンズを着てキャップを被っている。健は白シャツと黒ベストに短パンを着ており、和人は柄物のTシャツにオーバーオールを合わせていた。
「久々にみんなの私服見た気がする」
「みんな、お似合いだな」
和人は財布を取り出して中身を見た。
「小遣いの範囲で、何か買うか?」
「じゃあさ、女子に混じってタピるのはどうっしょ?!」
「お前、中々勇者だな…」
健は、最近出来たタピオカ専門店の行列を指差した。行列は制服を着た女子が多く、スマートフォンを片手に喋り合っている。
「健はそういうのが好きなのか?」
「妹の久美が好きなんっスよ!」
青葉が何気にメニューを見ると、想像以上の値段に驚いた。
「一番安いのでも三百五十円するのか…」
「どうしよう、俺自販機でジュース買えるくらいの額しか持ってない」
和人は財布の中を見てがっくりとした。
「みんなで百円ずつ出して買うッスか?俺もう五十円出すし」
「ありがとう!」
三人は女子ばかりの行列の後ろに並んだ。背の高い涼平なら違和感は無いかも知れないが、三人は成長期真っ只中で高校生の女子よりも身長が低く、目立ってしまった。
何人もの高校生を眺めた後、ようやく三人の順番になった。アルバイトなのか、大学生くらいの女性が二人店に立っている。二人は百円玉、健は百円玉と五十円玉を手に乗せ、カウンターから身を乗り出して、レジの横のお盆に載せた。
「タピオカミルクティー一杯、ストロー三本でお願いします!」
男子中学生が三人並んで注文しているのは珍しいのか、女性は目を丸くしていた。もう一人の女性は、三人をチラチラ見ながらブラックタピオカをコップの中に入れ、紅茶と牛乳を注いでシールの蓋をする。そして、注文通りにストローを三本蓋に挿して、三人に手渡した。
「ありがとうございます!」
店員の二人は、これで良かったのかと言わんばかりに三人の男子中学生の後ろ姿を何度も見た。
三人は、三百円で飲み物を買うにしては少ないそれを、仲良く囲んで吸い始めた。太いストローは、タピオカを吸うには足りないが、ミルクティーを吸い上げるには有り余る程だ。
「タピオカ全部吸うなよ?」
「健!根こそぎミルクティーを吸うな!」
「だって美味いんだもん…」
健はある程度タピオカを吸うと、太いストローから口を離した。
「カフェの飲み物買うと思えば、安いっしょ!」
「これ本当に流行ってるのか?ムニムニするんだけど…」
和人はタピオカを数粒吸って、ガムのようにしつこく噛んでいた。
「映えって奴っしょ?あんま詳しくないけど」
「お前、そう言って絶対詳しいな?」
健は笑って頭を掻いた。
「タピオカとか、クレープとかって、普通は女子と食いに行くもんだよな?」
「良いじゃん良いじゃん、最近はスイーツ男子っていうのもあるし、なんなら、このブームに乗っかって、タピ男っていうのもアリじゃん?」
「それ、単に彼女が居ないのにタピオカを食べる口実にしかなってないか?」
「ううっ…」
和人に痛い所を疲れ、健は急にしょげこんだ。青葉は二人のやり取りをずっと見ていて、いつの間にかコップを持っている。
「まぁ、中学生で彼女が居るのはほんの一握りだよ…、気にすんなって」
すると、三人の様子を珍しいと思ったのか、同じタピオカミルクティーを持った二人の女子高校生が、三人を指差した。二人は制服に金髪で、メイクもネイルもがっつりしている。見た目は話し掛け辛いが、声を聞くと何処か友好的に思えた。
「あっ!ちびっ子がタピってる〜!ねぇ!君達小学生?」
健が真っ先にそれに反応して、二人にこう答えた。
「俺達仲良し中学生トリオっス!今絶賛タピってるところっス!」
「へぇ…、中学生なんだ、仲良さげね!」
「私達もタピってるのアップしなきゃ!それじゃあね!タピオカ男子達!」
二人は仲良く一人一杯タピオカを吸いながら、ショッピングモールを歩いて行った。
「凄いね、あの二人に話せるなんて」
「そうッスか?」
三人はタピオカを吸い尽くし、近くのゴミ箱に捨てた。
「そういえば、今度ここで展覧会やるじゃん、そこにピンクジュエルから予告状が来たんだってよ!」
「マジッスか?!ピンクジュエルちゃんここ来るんスね!」
「そうなんだ…」
ピンクジュエルと聞いて青葉が思い出すのは姉の千歳の姿だ。最初、怪盗業をする時に、千歳は一人ですると言っていたが、青葉はどうしても姉が心配で、影から支える事にしたのだ。実際、ピンクジュエルだけでは盗みは成功出来ない、アクアマリンが追いかけ、追い詰める振りをして抜け道を作っているから、ピンクジュエルは華麗に盗みを成功させる。
「アクアマリンも来るのかな…」
「きっと来るッスよ!ピンクジュエル居る所にアクアマリンは現れるんスから!」
「ハハハ…、そうだね」
三人は、泉ヶ丘ショッピングセンターから出て、それぞれの家に帰った。
家に入ると、千歳が伸人と二人で話していた。机にはパソコンがあり、様々な情報が映っている。
「お帰り、青葉」
「千歳姉、また行くの?」
「当たり前でしょ?ほら、これショッピングの見取り図、確認して」
千歳が手渡した大量の紙を、青葉は全て目を通した。
「俺達が最初に決めた誓い、覚えてる?」
「当たり前よ、一、何としてでもお母さんとお父さんを探す、ニ、呪宝よりも命を優先する、三、逃げるのも作戦だと思え、四、何があっても絶対に命は奪わない、後は…」
「大事な事を忘れてるよ千歳姉、五、この任務の間は、信じられるのは、お互いだけ」
「『信じられるのは、お互いだけ』か…」
「丁度その日はサッカー部も無いから、先行っとくよ」
「うん、分かった」
二人はその日の任務の計画を、念入りに話し合った。今回ねらうのは『王妃の首飾り』、中世ヨーロッパに造られた綺羅びやかな首飾りで、それを巡って王朝が荒れたという曰く付きの秘宝だ。ピンクジュエルが狙うのはそういうものばかり、時には危険な事に巻き込まれるのも、少なくない。
「今回も危険な任務になりそうだけど、やらなくちゃね!」
「あぁ、そうだな!」
月夜の街を駆け巡る怪盗、レディ・ピンクジュエル、彼女はまるでパフォーマンスのように現れ、宝を盗んでいく。だが、その裏というのは決して派手ではなく、誰にも知られる事なく世間の奥底に沈み込んでいた。