絶望と転生と解放
初めまして。
この作品はあまり更新できないと思いますが、楽しみにしていただけると幸いです。
皆さんは聞いたことがあるだろうか?
これは遠い遠い異世界の話。
潤いのない枯れ果てた荒野をひたすら歩き続けるような人生を送っていた男が一滴の愛という雫を受け取ったその日から英雄と呼ばれまでの
そんな物語を………
魔導暦300年。
列強5大国の一国クレイアルザム王国、その第5王子が元気な産声と共に誕生した。
生まれたばかりの赤ん坊を乳母が抱き上げる。
「リアナ様、元気な赤ん坊ですよ!」
「………」
しかし、反応がない。
クレイアルザム王国第3王妃である彼女、リアーニベル・ゼアス・クレイアルザムはすでに息を引き取った後であった。
国王のドレイクレアス・クレイアルザムは妻の手を握りしめて俯いている。その手には震えが見られた。
そして、美しく漆黒に輝くその王妃の黒髪はその色を失い、白く抜け落ちていく。
「リアナ様!リアナ様!」
乳母の王妃を叫ぶ声と赤ん坊の元気な産声だけが部屋中に響き渡った。
ここはどこだろう?
周りを見渡しても何も見えない。ただ暗闇が終わりを知らず、その遥か彼方まで続いていることしか分からなかった。
「ーーーッ!!」
頭が痛む……気がする。
確かにどこかが痛む、しかし、それが頭なのかは分からない。もっと正確に言うならば己が頭だと認識している場所が痛む…だ。これ以上に関してはどうとも言えない。
しかし、その痛みによって、少し前の記憶が蘇る。
俺は確か………コミケの帰りに………電車に乗ろうとして………
非常に曖昧だが、その後、確かに俺は死んだ。満員のホームから溢れて線路に落ちた後の記憶からはここに至る。
死んだ。その事実が俺を蝕む。ということはなく、寧ろ嬉しくもあった。確かに好きな声優の声が聞けなくなったり、あのラノベの続きがもう読めなくなったり、あのエロゲをもう二度とプレイできないとなると少し悔しくも感じるが、それでもあんなクソみたいな世界から解放されて俺は安堵したところもあった。
ふと、これまで生きた32年間を振り返ってみる。
父の顔など見たことなく、母はいつも男を連れて出かけていた。何度殴られたことか数えたこともない。所謂虐待というやつだ。
そのこともあって、俺は施設に預けられることになった。
しかし、そんな所に俺の平穏な日常はなかった。
俺はイジメられていたのだ。
眼鏡にオカッパ、顎にある大きなホクロに脂ぎった鼻と額、そして豚の如く丸々と太った身体。
その特徴的な個性は格好の的だった。そしてそれは中学を卒業するまで続いた。
本気で死のうと思ったことも何度もあった。
だが俺は臆病だった。
自分で自分自身を傷つけることができなかった。
俺は高校に進学した。
やはり立場は変わらないようだった。
その頃からアニメやゲーム、漫画にハマって、二次元以外信じられなくなっていった。
それから大学を出て、社会人になっても俺は蔑むような目で見られ、会社では無理な残業を強いられていた。
俺は頑張った方ではないだろうか?
普通はこんな人生耐えられる筈はない。
いや、俺の場合はそれ以上にチキンだっただけか……
だから俺は安堵しているのだ。
神が俺に休息を与えくれたのだから。
さて、話を戻そう。ここはどこだ?
自分がどうなったのかはわかった。しかし、ここがどこなのか。これからどうなるのかは分からない。俺は自分で言うのもなんだが、天国には行けるだろうと思っている。しかし、ここは天国とは言い難い場所である事は天国を知らなくても分かることだ。
すると、突然視界が明るくなり次第に身体の感覚も感じてきた。
何だったんだ?
俺はそう声に出した筈だった。しかし、俺から聞こえたのは、余りにも言語とはかけ離れたまるで赤ん坊のような声。
「アゥ?」
「あらあら、またこんなにお顔をお汚しになさって……貴方は仮にもこの国の王子なのですから、赤ん坊とは言えしっかり離乳食は食べれないといけませんよ?アルシュレイズ様」
誰だ?この女?
メイド服のような物を着ている女性が俺の顔をハンカチで拭う。メイド服のような物と言っているのは実物を見たことがないからだ。メイド喫茶ですら行った事がなければ本物のメイドなんて尚更だ。
それにしてもデカイな。
確かに胸もデカイが、それだけじゃない。俺の一人称からは2mは超えているんじゃないかと思うくらい女性の背丈は大きかった。
そこで俺はふと自分の足に目をやる。そこであることに気づく。
あれ?俺、こんなにも足が短かったか?
短いというか短すぎる。まるでこれでは赤ん坊だ。さらに俺は気づく。
先程、声を出そうとした時だ。確かに俺は言語を喋っていた。しかし、それと同時に赤ん坊の声がしたのだ。
そこで俺は一つの仮説を立てる。というかこんな仮説を一々立てなくても俺には既に解っていた。今の俺が赤ん坊になっている事など……。
二次元しか信じてこなかった俺にこんな事は受け入れられない。
それに俺は天国という場所で誰にも咎められずに只々永遠に日向ぼっこのような生活をしていたかったのだけれども。
どうやらその願いは聞き入れられなかったらしい。
こうして俺はこの国、クレイアルザム王国の第5王子アルシュレイズ・ゼアス・クレイアルザムとして転生することになった。
これから見る恐ろしい悪夢も知らずに………
魔導暦303年。
アルシュレイズも3歳の誕生日を迎える。
この3年間俺は王家の誰とも会っていない。父である王ですら、俺は会うことが無かった。母が既に死んでいると聞かされた時は少し驚いたが、ショックを受ける事はなかった。寧ろいなくて安心もした。やはり前世での事がトラウマにでもなっているのだろう。
しかし、末の弟が生まれたのに誰も会いに来ないとは、やはり王家というのは複雑だなと思っていたのだが、どうもそうではない事が発覚した。
去年の夏頃だ。俺はあまりの暑さに窓を開けて本を読んでいた。すると、窓の外から庭師だろうか、声が聞こえた。他人の声なんて乳母のシェアリスぐらいしか知らないものだから、少し気になったのだ。
俺は椅子を押し、窓の近くに設置すると窓の外に耳を傾ける。
『なぁ、聞いたか?』
『何がだ?』
『なんでも、第5王子のアルシュレイズ様は黒髪だそうだ』
『おい、それってあの魔女のーーー』
『バカ、それは禁句だ。ただ、あの王子はいずれにしてもこの国には居られないだろうな、なんせ黒髪はーーー』
俺は絶望した。と言うよりは呆れた、と言った方が正しいだろう。どうやらこの世界でも俺は蔑まされるらしい。
大体おかしいとは前々から思っていたのだ。他の王子達には少なくとも3人以上の世話係が付くのに対し、俺にはシェアリスただ一人だけという、差別があることは明らかであった。それでも不満はない。前世に比べたらマシな方だからな。
それにしてもこの髪に原因があったとはな。それにあんな事を聞いてしまってはどうしようもない。俺にできることは来たるべき時に備える準備をするくらいだった。
そして今に至る。それから俺はシェアリスに頼んで、様々な本を持ってきてもらった。まず始めに言語を理解した。話したり聞くのは勿論のこと、読み書きもできるまでに至った。そして次に俺は魔法に目をつけた。やはりこの世界には魔法は存在していた。火、水、風、土の四元素に加え、光と闇の合計6属性が確認されている。俺は母の本を片っ端から読み漁り色んな魔法を試した。
結論から言おう。全て成功した。過程が正しいかどうかは置いておいて、母の本、魔導書に書かれたその魔法を全て扱う事ができたのだ。血筋だからだろうか。それにこれがどのくらい凄いことかは比べる対象がないので分からない。しかし、ある程度の自己防衛には使えるだろうと思った。
魔導暦305年。
アルシュレイズも遂に5歳の誕生日を迎える。そして今日、初めて父、ドレイクレアス王と面会するのだ。5歳になった挨拶をするらしい。
緊張など特にしない。
そもそも親には何も求めていない。それは前世から引きずっているところもあるが、この歳になるまで一度も俺に顔を見せなかった男だ。親としてすら認識していない。
俺は俺の従者のシェアリスに連れられて、王の書斎にまで来た。
シェアリスがドアをノックする。
中から「入れ」と、聞こえ、俺達は部屋の中へと進む。
「ドレイクレアス王、アルシュレイズ王子をお連れしました」
「うむ、下がって良いぞ」
ドレイクレアスの低い声は威圧感を感じさせた。そしてシェアリスはお辞儀をして部屋を出る。
俺は目の前で座る自分の父を見つめる。
「ここは公の場ではない。座れ」
その言葉に従い、俺はソファーに腰をかける。ソファーはいかにも高級そうで、座り心地もとても良い。
「アルシュレイズ、すまない」
ドレイクレアスは突然俺に謝る。俺は少し驚いた。
「国王陛下、何を謝られていられるのですか?」
5歳児にしてはあまりにはきはきとした喋りで少し不自然でもあったのだろう、ドレイクレアスはこちらを驚いた様子で見る。しかし、すぐに調子を取り戻し、話し始める。
「………お前にしてきた仕打ち全てだ。いや、これから起こることも含めてだな」
ドレイクレアスは悲しい目で俺を見つめる。俺には何のことかは分かっていた。
「ワシではもうお前を守る事が難しい」
俺を守る?なるほど、これまで俺を外界から遠ざけていたのは守っていたということか……
「陛下、私はどのような結果になろうともそれを謹んで受け止めます」
俺は立ち上がり、胸に手を当て、ドレイクレアスに言う。
俺は一礼をして、書斎を出た。
「………すまない………すまない………」
ドレイクレアスは震える声でアルシュレイズに背を向け、同じ言葉を繰り返した。
その夜。
俺は眠ってしまっていたのだろう、それまでのことに気づく事がなかった。
何が起こったのか、簡単に言えば俺は誘拐されたのだ。しかし、それは単なる表向きの話。簡単に言うと救われたのだと思う。俺はあそこには居られなかった。だから王、いや、父が俺を逃してくれたのだ。今俺は王都を出て、森の中を担がれながら移動している。
「シェアリス………ごめんね」
俺を攫ったのは俺の従者であるシェアリスだ。母の友人であり、ライバルでもあったという彼女はどんな気持ちでここにいるのだろうかと俺には理解し難かった。彼女ならもっと良い道があったはずだ。それなのに今、こうして俺を抱き上げて過酷な険しい茨道を進んで行こうだなんて本当に解らない。
「良いのです。アルシュレイズ様、貴方は彼女の形見、私は貴方のためなら何処にでも付いて行きますよ」
シェアリスは俺に微笑みながらそう告げる。俺はそんな彼女を見て安心でもしたのかまた眠りに落ちてしまった。
魔導暦309年
アルシュレイズも9歳となり、よく食べてよく遊ぶ、元気な男の子に成長していた。
「シェアリス!猪を5匹も狩ってきたよ!」
そう言って俺の魔法、『ウインドバインド』で捕らえられた猪が宙に浮かびながら運ばれていく。
「では今日は猪料理にしましょうか」
「やった!猪だ!」
俺は喜びながら猪達を地面に置き、血抜きなどの解体処理をする。
それにしてもあれから早四年、時が経つのは早いものだ。
俺達は王都から山を二つほど超えたこの森で狩りや農作をしながら暮らしていた。まさにリアルマイ○ラである。この四年で気づいた事がある。まずこの世界には魔物が存在しないということだ。いや、それでは語弊があるな。正確には魔王が復活したときだけ魔物が現れる。まさしくファンタジーだ。しかし、魔王なんてものは300年以上復活しておらず、神話的な扱いになっていた。
俺は作業を終えて、外に出る。
今俺達が住んでいる家はこじんまりとした家だが、中々立派である。崖に面した二階建ての木の家で、外には柵を敷いて、猪などを妨げる対策も万全だ。元々は母が使っていた家で、古くなっていたのを少々改築したのだ。俺は魔法で木を切ったりして装飾などはシェアリスがやってくれた。中々の出来栄えに俺は気に入っている。
俺はこの四年、シェアリスに稽古をつけてもらい魔術、武術、馬術などを教わっていた。偉大な魔術師、リアナ・ゼアスのライバルということもあって、その腕は確かであった。
そしてここではただの少年として居ることができた。この黒髪を咎められることもなければ、自由に暮らせる。素晴らしい生活であった。
「アルス〜、少し調味料を買いに町の方まで出かけて行きますね〜」
玄関からシェアリスは顔を覗かせて俺に声をかける。町とはここから数十キロ離れた小さい町である。俺は髪が目立つのと、安全のためにここで待つことが多かった。
俺はシェアリスを見送り、家に戻る。
シェアリスが街に行った後は2日は戻らない。なので俺は家でゴロゴロしたり外で動物や精霊達と遊んだりしていた。
おっと、そういえば紹介していなかったな。大体予想がつくとは思うが、この世界には精霊が住んでいた。そもそも魔法が使えるのもこの精霊達が居るかららしい。
そしてもう一つ、俺はこの精霊達と会話ができるのだ。初めは声が聞こえて、なんだか怖かったが、分かれば今はなんてことない。シェアリスに言ったときはとても驚かれたのをよく覚えている。なんでも、精霊と話している人間を見るのは母に次いで2人目らしい。遺伝とかなんとか言っていた気もする。それでも、母と似ているところが確認できたのは喜ばしいことなのだろう、シェアリスはご馳走を振舞ってくれた。
「今日は何をしようか」
暇になった俺は、精霊達と遊ぶことにした。