おねいちゃんには、なにか妙なところがあると思っている?
「いってらっしゃーい」
いつも元気なセアラの声に送られ、いつも通りに登校したのはいいが。
珍しく先に来ていた吉岡の顔を見て、俺は目を瞬いた。
「額にガーゼ貼ってるのは、そういうおしゃれなのか?」
「んなわけないだろっ」
さすがの友人も、不機嫌そうに首を振る。
こいつは俺の斜め後ろの席だが、よく見るとガーゼの下には青あざもあるような。
「昨晩塾の帰りに、頭を思いっきりぶつけてひっくり返ったんだよ」
「ぶつけた? なにに?」
「知らん。スーパーボールみたいな何かかもしれん。どっからか飛んできて、モロに額に当たった。その謎の何かは、俺が倒れている間に消えていたけどな」
「へぇえええええ」
まあ、大したことなさそうなので、むしろ俺は好奇心丸出しで尋ねてやった。
「気絶とかしたのか? なにか盗られたとか?」
「ほぼ数秒くらい? ちょっと大の字でくらくらしてたけど、別に気絶はしてない……と思う」
吉岡は自信なさそうに言う。
「盗られたものも特にないな……ノートが一冊だけ、なぜか行方不明になってるけど、それは盗られたわけじゃないだろうしなあ。それにしても、アレが石とかなら、死んでたぞ」
「ははは、日頃の行いってやつだなっ」
「けっ、言ってろー」
お互いに憎まれ口を叩き合い、その時はそれで終わった。
なにしろ、昨日はこいつのせいで恥かいたし、いい気味だと言えよう。
なぜか本日は夕霧も休んでたのが、ちょっと意外だったけど。
しかし、この日最大のイベントは、実は放課後に控えていたらしい。
俺がいつものようにぶらぶら校門を出ると、見覚えのある中坊女子が立ち塞がったのだ。そう、おかっぱ頭の夕霧妹である。
「おろ?」
ふくれっ面で俺を見る妹に、俺は眉をひそめた。
「夕霧の妹……ええと、名前なんだっけ」
「まだ名乗ってないけど、夕霧美樹よ」
「あ、そう」
姉ちゃんと違って似合わない名だな、という感想を飲み込み、俺は問い返した。
「昨日はそそくさと帰ったのに、今日はまた、なに?」
尋ねたものの、美樹とやらはじろじろ俺を見て、深々とため息なんかつきやがる。あたかも、百万円の値札ついた福袋の中身が、実はただの百円ライターだったような、巨大ながっかり感が透けて見えた。
「数億円かける価値ないわー……絶対ないわよね……」
むかつくセリフまで、なぜかそれっぽい。
「なんだそれ? 今日の昼飯なら、二百五十円のキツネうどんだけど」
「誰が水原君の学食の話してんのよっ」
不機嫌そうに言うと、中坊は俺に命じた。
「質問があるから、ちょっと付き合って」
「……えー」
「嫌そうな顔するなっ。断るの勝手だけど、おねいちゃん関連だからね」
「それを先に言えよ」
断ろうとした俺は慌てて了承した。
「それは置いて、夕霧は今日、どうした? 休んでるけど」
「……家で踊ってる」
「は?」
「なんでもないっ、ただの風邪だそうよ! いいからついてきてっ」
「あ、ああ」
自分から押しかけてきて、なんで不機嫌なんだ、この中坊はー。
駅前近くのマクドナルドに向かったわけだが、この女子はカウンターで、しこたまハンバーガーやらコーラやらを頼んでいた。
どんだけ食うんだっつーくらい。
「俺のおごりとか言うなよ?」
先に釘を刺し、俺はアイスティーのみを頼む。
「お金はおねいちゃんからもらってるから、言わないわよ。それどころか、水原君の分もさりげなく出してあげなさいってさ。内緒だけど」
「おまえ……そういうの、先に言えよ」
一瞬、改めて自分も死ぬほど選ぼうかと思ったが、自重した。
ここは調子に乗らない方がいいだろう……せっかくの食べ放題チャンスだけど。
「それで、なに?」
ようやく席について尋ねると、美樹とやらは言った。
「おねいちゃんに『わたしが訊いたことにせず、あくまで自分が知りたいことのように、さりげなく訊いて』って頼まれたんだけどさ」
うんざりしたように顔をしかめる。
「直球のあたしは、そんな器用なことできないから、ズバリ訊くわ。だいたい、他にも頼まれごとあるから忙しいし」
最後に謎の愚痴を述べた後、本当にずばっと訊かれた。
「水原君、おねいちゃんには、なにか妙なところがあると思っている?」




