アイ・ラブ・セイジさん(先頭入れ替えてセアラ)
……関係ないが、たまに俺はセアラの電源を消し忘れて、寝てる時も、サイドボードに置いたまま点けっぱなしの時がある。
たまに夜中、ケースの明かりでふと目が覚めると、セアラはこっち向いたまま、一人で笑顔振り向いたり、デフォルトのショートダンスを披露したりする。
サイレントモードにしてるから、声はしないが。
しかし……このループな動きを見ると、まるっきり市販品と変わらず、いつもはなんなんだという気が。
しかも、俺がそのまま眠らずに見つめ続けていると、ほぼ五分以内にいきなり魂入ったように独自の動きをするのだな、これが。
サイレントモードなのに、軽くスルーして「夜中にどうしましたぁ? また明日、起きるのが辛くなりますよー」なんて声をかけてきたり。
あたかも、遠くにいる誰かが、俺が目覚めたのに気付いて、通常モードから「アイ・ハブ・コントロール」状態になったかのように。
まあ、有り得ないけどな。
くどいが採算とれないし、そもそもそれだと、謎の操縦者は一晩中起きてる理屈になっちまう。そんなの、時給五千円でもやりたくないだろう。
一人で作ったチャーハンを平らげながら、俺は肩をすくめた。
馬鹿なこと考えてないで、さっさとメシを済ませて、宿題でもするか。
「ご飯もセアラが作ってくれたらなあ」
ぼそっと独り言が漏れた途端、当のセアラがすかさず反応した。
「セアラも料理して差し上げたいです……本当はかなりメニューこなせるんですよ、わたし」
「お、おお……」
びっくりした。
こいつ、セリフが無限かと思うほど多いんで、たまにぎょっとする。
おまけに、姿も声も、あの夕霧とそっくりだしな。彼女が耳元で囁いたのかと。
……とりあえず予定通り宿題を済ませ、その夜はたまにセアラに声をかけて会話を楽しむだけにしておいた。
夜はもちろんスイッチ切って――というか、忘れずにログオフしとこう。夜中目覚めて、セアラと目が合ったら、なぜか気まずいからな。
朝は普通に自動でログイン状態になるから、俺はなにもしなくていい。
「というわけで、ログオフの前に、おやすみセアラ」
「おやすみなさ~い、誠司さん。セアラは愛してます!」
「……お、おお」
なんかまた、新しい「おやすみ挨拶」が増えてんじゃ?
俺は気にしないことにして、安らかに眠りについた。
部屋の戸がちょっと開いていたので、好奇心を抑えきれなかったあたしが覗いたら、普段はアダルト(に見える)姉が見えた。
それもなんと、透けるようなというか、実際に透けてる純白のネグリジェと、青いショーツというとんでもない姿で、PC机に向かっていた。
ヘッドセット化したマイク装着して、画面を見つめてる。
ちなみにブラはしてないので、真横に当たるドアから見ているあたしには、バストサイズの割に控えめな乳首まで見えた……いくら姉妹でも、これは生々しいわぁ。今は姉妹で暮らしているとはいえ、気を遣ってほしいわぁ。
上半身動くと、胸も揺れるし。
男の人が見たら、鼻血噴きそう……妹でさえ、どきどきするもんね。
「おやすみなさ~い、誠司さん。セアラは愛してます!」
……い、今の、どっから声出したの、この人!?
聞くだけで虫歯になりそうな甘い声だったけどっ。普段は絶対に聞かないような声だったよ?
そのまま、しばらくログオフ状態のシステム画面を見つめていたけど、「はあぁ」なんてこれも甘いため息をついた後、ようやくあたしに気付いた。
いつもは敏感で、背後に立っても、速攻気付くのにね。
「な、なっ」
あ、真っ赤になった。
ちょっと安心したかも。一応、恥ずかしい行為だという自覚はあるのね。
「見ちゃだめ、聞いちゃだめえっ」
「ぶべっ」
席を立つのと、そばにあったぬいぐるみをひっつかんで投げるのとが、ほぼ同時だった。お陰で鼻に直撃したしっ。
「と、トイレ行くのに通りがかかっただけだしっ」
ぬいぐるみを投げ返し、仕返しに嫌み言ってやった。
「だいたい、『アイ・ラブ・セイジさん』の先頭文字をアナグラム(言葉遊び)にして、セアラが商品名って、よく企画段階で営業部に押し込んだね?」
返事はなく、すぐさまドアが閉められたが、つくづく思う……おねいちゃんはヤバい。
そもそも、おねいちゃんがパパに頼まなきゃ、このセアラなんて商品は生まれなかったはず。そのお願いが通ったばかりか、会社の営業部から開発部からデザイン部、それに妹のあたしに至るまでが、結局おねいちゃんのために全面協力している。
自分で言うのもなんだが、こんなこと、普通は不可能なはずだ。
あの水原君のために、正規予算以外に、余計に数億はかかってる気がするのよ。
そもそもあたしは、どうしておねいちゃんに協力しているんだろう? あと、この人はいつ寝てるんだろう? 場合によっちゃ、深夜でもPC画面に張り付いているけど。
格好だけは寝る姿のくせに、実際に熟睡しているところはあまり見ない。
考え込んでいると、なぜかまたドアが開いた。
濡れたように光る瞳で、あたしを見つめてくる。妹なのに、ときめいてしまうやん。
「な、なに?」
「帰りにも言ったけど……ちょっと頼みたいことがあるの」
あたしの心にまで染み通りそうな微笑を広げ、おねいちゃんが囁いた。