あの麗人には、ちょっと気になる部分もあるけどな
買い物を済ませて帰宅した俺は、リビングに入るなり指摘した。
「ただいま~。おまえさー、今朝は起こす時間を間違った――」
……しかし、指摘の途中で唖然とした。
み、水着だっ。
なんとセアラが水着姿にっ。
「今朝チェンジしたばかりなのに、また着替えたのか」
「そうですそうです、ある統計を参照したところ、誠司さんは多分、水着の方がお気に入りかと思いまして~」
明るい声で両手を広げるセアラは、もちろん単なる3Dホログラフなのだが……こうして見ていると、このホログラフの向こうに人間がいる気がしてならない。
まあ、有り得ないはずだけど。
そんなことする意味がない上に、いくらかかるんだって話だよな。三十万じゃ採算なんかとれんわ。
おまけに、俺の場合は懸賞に当たっただけで、ロハだし。
「と、統計って?」
「インタネーットの調査によると、年頃の男子千名に訊いたところ、女の子を見た時に一番注目するのは、顔ではなくて胸だそうです。次がかなり数が減るけど、お尻だとか……わたしも意外でした。顔だと思ってましたもの! セアラ、びっくり」
「あ、明るく言うなよ、おい」
まあ、その統計はあんまり間違ってない気がするが、俺は先に顔を見るぞ、うん。
「誠司さぁん~」
相変わらず、明るくて甘いトーン以外は、あの夕霧の声にめちゃくちゃ似ている。
そのせいで、俺もたまにキョドる。
「な、なんだ?」
「統計から考えるなら、本当は裸の方がいいですか?」
控えめな声で訊いた後、じぃいいいっと俺を見る。
単なるホログラフなのに、視線が痛い。
「実はわたし、十五歳のバスト86センチで、まだ成長期なんですが――み、見たいです?」
水着越しとはいえ、胸を両手で持ち上げようとしたので、俺は慌てて止めた。
「やめいっ」
だいたいそれ、本来の4分の1だろっ。
あと、なにが成長期じゃ。年齢も嘘設定だし。
「そりゃ嬉しくないとは言わんが、そういうの落ち着かないから。普通に普段着で頼む。俺は着替えてくるから」
AI相手に馬鹿かと思うが、逃げるようにリビングを出た。
わざとゆっくり着替えて戻ると、心底ほっとしたことに、セアラはノースリーブのシャツとショートパンツに着替えていた。
よかったよかった。
「……ちなみにこっそり訊くけど、他のサイズは?」
「えー、やっぱり気になるんじゃないですかー。86、55、85です! 普通の女の子が聞いたら、絶対嘘サイズだって言われそうですね。きゃはっ」
「なにが『きゃはっ』だか。……あー、あの人もこれくらい話しやすいといいんだがな」
「……あの人って誰です?」
「うっ」
いきなり夕霧碧その人のダウナーな声そのものになり、俺はぞっとした。
そっと顔を上げたけど、もちろん円筒形のガラスケースの中には、セアラがいるだけだ。ただし、なんか睨んでいるように見えるが。
「俺の後ろに座るクラスメイトだよ。そういやおまえ、よくクラスメイトのこと訊くけど」
「わあ、後ろに座る人ですか……せ、誠司さん、実はちょ……ちょっと気になったりします?」
いきなり声の調子が戻った。
「なんでそこで妙に口ごもるんだ、おまえ」
俺は眉をひそめた。
なんだかこいつ、本当にAIかと思うような反応見せるよな。
「いいから、教えてくださいよー。ねえねえねえっ」
ガラスケースを小さな拳で叩いて、「教えろアピール」などする。ホログラフとはいえ、可愛くてたまらん。
当たってよかったなあと思う瞬間である。
「うちのクラスの男子は、みんな気になってんじゃない?」
とりあえず、生意気な中坊妹に教えたのと、同じ返事をしてやった。
「ただ……あの麗人には、ちょっと気になる部分もあるけどな」
呟いた後で、返事がないので見ると、なぜかセアラはケースの中で固まっていた。ガラスケースを叩く途中のまま。
「おい、聞いてる? フリーズすんな」
「き、聞いてますとも。なにが気になるんです?」
「それは――」
言いかけて俺は首を振った。
「いや、なんでもない。AI相手とはいえ、悪口に聞こえるかもしれないしな」
あまり話したこともないけど、少なくとも今日の夕霧は俺に優しかった。
お陰で自制心が働き、俺は話題を打ち切った。
セアラは不満そうだったけど、やっぱ陰口みたいなもんだしな。