おねいちゃんには怖いところもあるから、注意しなさいよ
放課後になってから俺は、あえて夕霧が先に教室を出て行くのを待っていた。
なぜかというと、今日はどういう理由でか、夕霧関連のトラブルが多いので、万が一にもリスクを避けようとしたのだ。
もちろん、彼女自身になんの罪もないけど、今日は俺にとっての鬼門かもしれないしな。
……とはいえ、結局なんだかんだで、夕霧が教室を出たのは、最後から四番目くらいだったけど。
まさか、いつもこんなに遅いんだろうか、あの子。
しかも教室を出る時、なぜか俺をそっと窺っていたような気がするしな……。
まあそれでも、ようやくドジ踏む可能性がなくなったので、俺は軽快な足取りで学校を出ようとしたのだが……そうは問屋が卸さなかった。
校門を出たところで、ふいに前を塞いだ中坊の女が、俺を睨みやがったのだ。
「遅いわよっ」
そいつは、とてつもなく偉そうに決めつけた。
このセーラー服と記章は近所の中学のものみたいだが、もちろん俺は初対面である。
「帰宅部でしょ!? なんでこんな出てくるの遅いのっ」
「……つか、おまえ誰?」
あまりにガミガミ言われたので、さすがの俺もむっとした。
「記憶にないんだけど」
「えっ」
むしろ、向こうが驚いた顔するという……。
「この顔見て、わからない? 歳は二つ上だけど、クラスの女子に似てる人いるでしょ?」
言われてしげしげと見たが……ボブカット風の髪型は他にもいるが、誰とも似てないような。
「いや、知らないんだけど」
「えぇーー」
また不服そうに頬を膨らませる。
「夕霧碧よっ。あたしのおねいちゃん!」
「マジかっ」
慌ててもう一度見直したけど、やっぱ似てない。
この子も可愛いっちゃ可愛いけど、あの氷像美女とは、美人度レベルが違うわ……まあ年齢差のせいかもしれんが。
姉妹にしては、この子はそこまで色白でもなければ、芸術的なほど顔の造作が整っているわけでもなく……言ってみれば、普通の可愛い子だった。
目の前に立たれても、別によい香りもしないし……それは関係ないか。
「いやー、悪いけどさっぱり似てないね!」
正直に告げた後、慌てて言い足した。
「でも、姉さんにはよろしくな」
悪口言われたらたらん。
俺の顔色を見て、なぜかこいつは意地悪そうに笑った。
「そんなこと言うところを見ると、おねいちゃんに興味はあるんでしょ!?」
「いや、うちのクラスの男子は、みんな夕霧に興味あると思うぞ」
「水原君は?」
年下のくせに、君付けかよっ。
だいたい、なんで俺の名字を知ってるのか。
「そりゃ興味ないとは言えないな……俺だって男だし」
「興味あるなら、もっと話しかけてあげてよ。さもないと、あたしにまでとばっちりが来るんだから」
「……は? なんで妹のおまえにとばっちり?」
普通の質問をしただけなのに、なぜかこいつ、俺の遙か背後を見て、「うげっ」と声に出した。
そして慌てて俺に目を戻し、早口で告げた。
「話そうと思ったけど、やっぱりやめた。今日のあたしは、挨拶に来ただけだから。他にはなにも話さなかったし、余計なことも言わなかった。いいっ!?」
「ええと」
展開早すぎて、ついていけん。
うろたえていると、こいつはまた意地悪な目つきで決めつけた。
「おねいちゃんにはそう言わないと、水原君は女の子のパンツ集めるのが趣味のヤバい人だって告げ口するわよっ。たまに頭からかぶって踊ったりするって」
「む、むちゃくちゃ言うなよ、おいっ」
「いいから、挨拶に来ただけだって、言っておいて」
そのままどこかへ去ろうとしたが、なぜか一瞬だけ立ち止まった。
振り向きもせずに、囁く。
「それからね……おねいちゃんには怖いところもあるから、注意しなさいよ。これもあたしが言ったってバラしたら駄目だけどっ」
謎のセリフを残し、後は足早に去ってしまった。
それこそ、駆け足に近い速度で。