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疾走する三人

明日に向かって撃てではないですが、そんなエンディングで申し訳ないです。セアラのことも、放置したままですしね。でも、これ以上書いても、いちゃラブ以上のことにはならないし、なんとなく全部蛇足の気がしますので、本作はここで終わっておきます。

いつものことですが、多少なりともお気に入りでしたら、評価などお願いします。

ありがとうございました!


 血を提供することはあっても、直接唇を当てて吸血されたのは、もちろん初めてだった。これは初体験にもかかわらず、恐ろしく高揚する経験で、しかも俺は夢現の中で、ついに夕霧のことを思い出した。


 全て鮮明に思い出したわけじゃないが、彼女も俺もまだ小学生だったのは確かだ。

 夕霧はおぼつかない口調で、「両親が亡くなり、一人でこの世界に来たのです」と、思わず「どうかしたの?」と尋ねた俺に、応えてくれた。


 駅前で会ったその時は、まさにすがりつくような視線であり、相手が金髪の少女じゃないとしても、多分俺はあっさり心を奪われただろう。


 その証拠に、思わず安物のコートを脱ぎ、当時の夕霧にかけてあげたからだ。

 彼女は一瞬、驚いたように目を瞬き、心底嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます……貴方の優しさを感じます。でも、今のわたしは逃亡者ですから、ご迷惑をかけるわけにはいきません」


 そう言うと、夕霧は俺の額にそっと手を当てた。


「必ずまた会いましょう」


 という言葉だけを残して。

 以後、俺は幼い夕霧のことを、すっかり忘れていた。




 ……やがて吸血が終わり、夕霧が俺の首筋を愛おしそうに舌で何度も舐めているのに気付いた。

 少し声はかすれたが、俺は最初に尋ねた。


「未だに追われているのかな?」

「まだ追っ手は諦めていないでしょうけど、でもここは元の世界から見れば異世界ですから……そろそろ時効だと思いたいですわ」


 夕霧は仕上げに俺の額に軽くキスをして、至近で見つめた。


「あの時の出来事は、ほんの一瞬のやりとりでしたけど、未だにわたしは忘れていません。この世界に絶望しかけてしたわたしは、あの瞬間に生きる望みを取り戻したのです。だから――」


 その言葉を最後に、夕霧は俺をきつく抱きしめてくれた。


「もう二度と、おそばから離れる気はありませんわ」


 俺は真っ赤になって「俺もだ」と小さく頷いた。

 どうせなら、かっこいいセリフの一つも言いたかったのにな。




 ところで、吸血されても特になにか変わったような気はしなかったのだが、やがて、それは大いなる間違いだとわかった。


 いきなり夕霧の香りを濃厚に感じ、しかもこの屋内だけじゃなく、外の他人の匂いまで嗅ぎつけることが可能になっていた。


 これで嗅覚だけなら大したこともないと思えたかもだが、夕霧は首を振った。


「外出したら、軽く走ったりして、少しご自分の運動能力を試してみてください。おそらく、驚くどこではないはずです」

「そうか!」


 俺はようやく身体を起こし、夕霧に手を貸して立たせてあげた。


「なら、後はやるべきことをやるだけだな。これから問題の場所まで遠征するけど、そいつが諦めるとは思えないし」

「そのヴァンパイアは、いわゆる群れをはぐれた手負いの獣のようなもの……覚悟はお有りですか?」


 静かに問われた時、俺には彼女の質問の意味もわかっていた。


「わかってる。説得でどうにかなる相手なら、そもそも死体をバラバラにしたりしないさ」

「ならば、わたしも喜んでお手伝いします!」


 夕霧は魂に響くような声を張り上げ、そっと俺の肩に触れた。




 目指す相手は、都心から少し離れた場所で、今は廃校となっている校外の学校だった。山を背にした奥にあり、俺達はかなり遠くまで遠征させられたと言えるだろう。

 しかし途中の道のりなど、今の俺にとっては全く苦にならなかった。まるで飛ぶように疾走しているのに、息切れすらしなかったからな。


 なにも走ることはないのだが、あまりにも自分の身体が軽く、思い切って新たに得た能力を試したくなったのだ。

 夕霧がついてこられるか心配だったが、それこそ余計なお世話という奴だったらしい。夜が更けた街を疾走する俺達は、まるで二匹のオオカミ、そのものだった。


 それに、涼子はもはや来ないものと思っていたが、人家もまばらになり、目指す場所が近づくと、ふいに足音が聞こえた。それも四つ足の。

 それも、見た目そのままの巨大な人狼であり、青黒い毛皮が月光に映えて美しかった。


「遅いですわよ!」


 俺はかなり驚いていたけど、夕霧は冷静に突っ込みを入れた。


「いやぁ、まさか誠司君まで人間やめちゃうとは思わなくて。あはっ」


 少し発音が違う声でそう言うと、涼子は金色の瞳で俺を見つめた。


「決心ついたのね?」

「うん」


 すっかり人の気配が消えた夜道を駆けつつ、俺はしっかり頷く。


「はぐれ狼に等しい敵だけど、少なくとも負ける気はしない。夕霧もいるし、涼子もいるし」


 生まれて初めてと言っていい爽快感と共に言い切る。


「まだその後に大物も控えているかもしれないけど、始めたからには退く気はないよ」

「上等!」


 元気よく返すと、夕霧はぼんやりとした明かりが漏れる廃校の方へ顎をしゃくった。


「ならば、まずは大仕事の最初に、バラバラ殺人鬼の相手をしましょうっ」

「もちろん!」

「いいですわねっ」


 俺と夕霧の声が揃い、俺達三人はまっすぐに廃校へ走る。

 ちょうど、向こうも中で動き始めた気配がしたが、俺達はなにも気にせず、敵を目指して突っ走った。



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