運命を共にする人
もちろん俺は、その場で玄関へ走り、据え付けのポストを点検した。
このアパートは、各部屋ごとに独立して郵便入れの切れ込みがあるだけなので、点検するのは簡単だ。
でもって、あの男が言った通り、メモ書きみたいな紙切れがそのポストに入っていた。
摘まむようにして広げると、整然とした字で住所が書かれていて、簡単な地図と、赤い印で目印がつけてある。
そこにいるという意味だろう。
俺はそこで随分と迷った。
もちろん、一人でナントカできないか考えたのだが、考えるまでもなく無理だろう。
第一、俺が足手まといになった上に、あえなく殺されたりしたら、夕霧に対して面目が立たない。
そこで、気は進まないものの、鹿島涼子と夕霧の二人に、それぞれ電話を入れた。
入れて、最善の方法を考えることにした……もちろん、俺も手伝えることがあれば手伝う覚悟で。
というより、俺はこの時、既に一つの案があったのだけど。
十分に予想できたことだが、この時、真っ先に反応があったのは夕霧で、もうその足で飛んできてくれた。
「誠司さんっ、ご無事ですか!」
なんて声に出して。
「もちろん、全然大丈夫」
「よかった」
夕霧は胸元を押さえ、「その不審者がスライドドアを開ければ、こちらで気付いたはずなんですけど」と教えてくれた。
「いいさ。こうしてなにもなかったんだから。それより、今からどうするかだろ?」
「涼子さんという方は?」
「遅れるけど、向かうと言ってる。……ただ、夕暮れになるかもと」
「呑気な方ですわね。それより、なんでしたらわたしが先んじて先制しますがっ」
もう相手に倒される可能性など、全く考えていない口ぶりだった。夕霧らしいとも言える。
「それもいいけど、俺にも提案がある」
俺はあえて夕霧をキッチンテーブルに座らせ、相対した。
「今回はさすがに、いつものように他人事ではいたくない。なにしろ、最初に連中を刺激して、バラバラ殺人を追求しようとしたのは、俺だからな」
「そんなこと!」
夕霧が言いかけたが、俺はあえて首を振った。
「他の誰より、俺自身がそう思ってる。だから、今回は夕霧に、特に覚悟をもって頼みたい」
「な、なんでしょうか?」
夕霧は緊張した顔で俺を見た。
「わたしにできることでしたら、なんでも!」
「俺を吸血してくれ!」
ずばり持ち出すと、夕霧が息を呑んだ。
もちろん、その後は「そこまでされる必要がっ」とか「そいつのことなら、わたしがすぐに懲らしめてっ」とかいろいろ言われたが、俺の考えは変わらなかった。
「今まで何もかも中途半端だったけど、この件では覚悟を決めたよ。相手はどう考えても吸血鬼モドキだろうし、今の俺じゃ歯が立たない。夕霧と一緒に戦うためには、最低でもこれまでの自分を捨てないとな。その覚悟はある」
強く言い切ったせいか、彼女は目を見張って俺を見つめるだけで、それ以上は止めてこなかった。
ただ、じわじわと笑顔が広がり、「ではそれは、わたしと運命を共にしてくださるということですね……もちろん、前に申し上げた通り、誠司さんがヴァンパイア化することはないとはいえ」と尋ねる。
「そういうことだ」
今更びびっても始まらないので、俺はあえて大きく頷いた。
「フェイクでも構わない。夕霧と同じく、ヴァンパイアのつもりで生きる。その前にバトルがあるけど」
本気な証拠に、俺は夕霧の手を取り、奥のソファーへと誘った。
「……夕霧が俺の上に座るやり方で、どうかな?」
「異論はありません」
彼女は落ち着いた態度で頷き、足を伸ばして座した俺の上に乗る形で、同じく少し足を広げて座った。とんでもない格好であり、彼女のフレアスカートが盛大にめくれかけていたが、二人とも緊張していて、そのことについてはなにも言わなかった。
ただ、夕霧のつやつやした唇が、俺の首筋にそっと接近してくる。
「……そう痛むことはないです。用意はよろしいですか?」
優しく尋ねる彼女に、俺は完璧なやせ我慢で頷いた。
「思い切ってやってくれていい」
「はい」
消え入りそうな声で答えた次の瞬間、彼女の牙が俺の首筋に立ったのがわかった。
正直、想像していたより、全然痛くなかった。
むしろ、腕の中の夕霧が愛おしいとさえ思った。




