にわかリア充
名残惜しそうな夕霧が帰宅してから、あたかも交代するように、涼子から電話があった。
『また新しい見張りを探り当てたわよ』
「今日も監視してたのか?」
『うん。でも、今日は倉庫全体の血の匂いが、かなり薄くなってた気がする……夕霧さん、もしかして中身を移動させた?』
「ああ、先に教えなくて悪かったが、早急に移すって言ってたからな。現地へ行って中身を移動させるわけじゃないというから、特に反対しなかった」
『そう……あたしもいいことだと思うけど、でも、連中は見張りを継続してたわねぇ。でも、見張り交代の時に、なにやら見張り同士で話し込んでたから、早速気付いたのかも』
「そりゃ、仮にもヴァンパイアの関係者なら、気付くだろうさ。嗅覚も尋常じゃないだろうし。でもだからといって、見張りに夕霧が付き合う必要もないだろうしな」
『彼らが見張りを辞めた場合、なんなら、身元を突き止めた見張りから元を辿りますか……』
「そう言うからには、涼子はあくまで、バラバラ殺人犯を突き止めたいわけな? その連中が確実に関係しているとは限らなくても?」
『ええ、突き止めたいわね。もしも、あの連中の一部が暴走した結果だというなら、少なくとも、当事者は責任を取るべきじゃない?』
「確かにな……殺された人はたまったもんじゃないだろうし」
俺も、そこは賛成するしかない。
誰も怪我して欲しくないという思いは当然あるが、だからといって、殺人犯が野放しでいいという話にもならない。
「ところで、今日突き止めた見張りは、どんな奴?」
『そうそう、忘れてたわね……なんと今日の見張りは、美人女子高生! 顔の表情が乏しいのがアレだけど、あの人はもしかしたら有名人かも……どこかで見た記憶あるもの』
「そんな子まで、二人組のグループにいるのか……むう」
俺は思わず唸った。
「一体、どんな繋がりだろうな? どうせろくでもないんだろうけど」
話しながら、顔をしかめてしまう。
「そいつらはともかく、犯人に繋がる手がかりが欲しいよな。夕霧も手伝いたいって言うし、例えば俺が囮になって、本命をを誘き寄せる方法があるといいんだけど」
『本当に囮が必要なら、あたしがなるわよー。誠司君になにかあったら、夕霧さんに殺されちゃうものね』
冗談に紛らわせるようにそう言われたが、涼子の口調は完全に本気だった。
……この時の話はそれっきりだったが……後になってから、俺は好むと好まざるとに関わらず、犯人の手がかりを得ることになる。
寝る前に、いつものようにセアラをログイン状態にして、少し話した。
この場合、一番の話題はやはりうちにきた夕霧の話で……こういう話になると、こいつは俄然張り切り出す。
その夜は「学食でうどんとかそばばかり食べてないで、夕霧さんに頼んで、お弁当を作ってもらいましょう!」と、いきなりハードルが高すぎる提案をしてきた。
俺の昼飯が貧しい内容って話はしただろうか? と例によって思ったが、言わなきゃ知るはずないんだし、そりゃ話したんだろう……多分。
「そんなの頼めるわけないだろー。おまえ、前もそんなこと言ったけど」
「でも、自分のことをいろいろ打ち明けるような人なら、きっと大いに誠司さんに関心があるんですよ。もしかしたら、頼まれるのを待っているかもしれません! かなり高確率でっ」
「まあ……夕霧は優しいから可能性皆無じゃないだろうけど――」
「でしょっ、でしょっ!?」
わたし、いまよい提案しましたっ的な笑顔のセアラに、俺は呆れて言ってやる。
「だからって、俺が頼むのは、また別の話だろ。ハードル高すぎる」
「むうっ。じゃあ、その人が勝手に作ってきたらどうします?」
「そりゃ有り難く頂くけど、さすがにないわー、そんなの」
俺は言い切り、セアラとの話を打ち切った。
世の中、そんな甘くないんだぜ?
ところがである……翌日の月曜日、いつものように授業を受け、昼が来ていつものように学食へ行こうとした俺を、夕霧が止めた。
「あの……お弁当作ってきましたから、一緒に頂きませんか?」
「なんと!」
タイミング良すぎで、思わず素で叫びかけたがな。
もしかして、セアラと連絡でもしてる? と問いそうになったほどだ。さすがに「ないわー」と思って訊くのやめたけど。
「な、なんだか悪いな」
「いえ、誠司さんにはいろいろよくして頂きましたし、この程度はお礼にもなりません」
「とりあえず、他で食べようか?」
周囲が聞き耳立ててる気がして、俺は夕霧を連れて廊下へ出た。
うちは高校にしては珍しく、屋上を開放している。
しかしそこはカップルも多いので、俺はあえて化学室へ誘った。
いやここが意外と穴場で、昼休みの間はほぼ誰も来ないからな。
重ねた重箱みたいな豪勢な弁当を持参した夕霧は、わざわざ俺の前に並べ、保温機能付き水筒に入れたお茶まで出してくれた。
重箱の中身は、容れ物の割に洋風のハンバーグがメインだったが、これがまためちゃくちゃ美味いわ、長椅子に二人で寄り添うにようにして座っていると、夕霧がやたらと優しいわで、かつてないほど幸せな昼飯時間だった。
さすがに、「食べさせて差し上げましょうか?」と真顔で言われた時は、断ったが。でも、食後に俺の口元をハンカチで拭ってくれたり、「俺のお袋ですかっ」と思うようなサービスぶりで……なんか一気にリア充になったような気分だったな。
「喜んで頂いて、わたしも幸せです……今後は、毎日ご用意致しますね」
「いや、そこまで迷惑かけるわけには」
「そんなこと、仰らないで」
夕霧は俺の手を握り、じっと見つめてきた。
「ご迷惑でなければ、ぜひ……誠司さんのお食事をご用意するのは、わたしにとっても幸せですから」
「……そ、そう?」
そこまで言われて断れる奴がいるだろうか?
少なくとも、俺には無理だった。
ただ……急にこんなに幸せだと、そのうち不幸がまとめて来そうな気がするな。ネガティブ野郎の俺だけに、密かにそう思った。




