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初めての鮮血提供


「まあ……そういうことなら、俺は特に断る理由もないんで進呈するけど、その前に血を提供しよう」


 普通の人間なら、正気を疑うようなセリフだが、古着希望は本気らしいし、夕霧が鮮血を必要とするのも事実だ。


 訊くところによると、「普通の食事も可能ですが、血を飲まずにずっと過ごすのは無理です」とのことだからな。

 生存のために必要だというなら、なおさら俺が提供することに異存はない。


 そこで、カッターナイフを持ちだし、うちにあったコーラを飲む時のガラスコップの上で、スパッと手首を切ったわけである。

 俺のことだから、普通なら絶対「ああ痛い、絶対痛いし怖いぞっ」と思い、なかなか思い切れなかったはずなのだが……今回は心配そうな瞳で、すぐ隣で夕霧がじいっと見つめている。


 そこで俺は「ここでためらうとかっこ悪いな」と妙な見栄を張り、ホントにスパッと切ってしまった。


 いやもう、自分でも驚くほど、ダクダク出血したね!




「わあっ」


 なんて、声に出たしな。

 それでも使命は忘れず、俺は一滴も無駄にすまいと、ほぼ全部コップで受け止めた。

 いやホント、350ミリリットルのコーラ缶なら、余裕で一杯になるほど出た気がする。


 放置していれば、俺は頭がぼおっとしたまま、いつまでも馬鹿みたいに血を流していたかもしれないが、「そこまでで十分ですっ」と途中で夕霧が止め、魔法じみた治癒能力で俺の出血を止めてくれた。


 その上、まだ少し残った傷口は、夕霧が愛い舌で傷口をペロペロ舐めて癒やしてくれたという。




「……その治療法、正式なもの?」


 大人しくテーブルに座り、身を屈めて舐めてくれる夕霧に尋ねると……彼女も赤い顔で、「これは……わたしの気持ちです」と答えてくれた。


 いや、そういうサービスあるなら、別にもう一回切ってもいいなと思ったほどだ。


「じゃあ、早速どうぞ」


 一応の治療が済むと、俺はやけに生暖かくなった鮮血入りコップを、渡してあげた。


「見られるの嫌なら、後ろ向いてようか?」


 なんて一応の気を回したが、夕霧は「もう全て知られていますし……誠司さんだから、平気です」と気丈に答え、目の前でゆっくりと口を付けて飲み干した。


 本当に飲むんだな……俺の血……特に嫌悪感はなく、妙に感心して眺めてしまった。


 しかも、ゆっくりと飲む間に、たちまち夕霧の両眼が赤く染まり、時折一息ついた時の呼吸が荒くなってきたりして。


「あぁあああ」


 なんて、しばしば悩ましい声まで上げるわ……見守る俺としては、別に卑猥な場面でもなんでもないのに、妙にドキドキしちまった。


 改めて訊かなくても、「こりゃ夕霧にとっては、よほどご馳走らしい」と確信したほどだ。

 飲み干した後も、未練ありそうな顔でコップの底を覗いたりしてるし。


「欲しかったらまた進呈するよ……いつでも」

「当分は大丈夫です……ありがとうございます」


 微笑して舌で赤い唇をなぞる夕霧が、やたらと色っぽく見えて困った。

 本当はまだ子供らしいのにな。


「後でちゃんとお食事採って、倒れたりしないようにしてくださいね」


 なんて心配までされてしまった。




 古着の方は、夏向けのジャケットが余っていたので、「これでいいかな? 安物だけど」と断って渡してやると、これも、嘘みたいに大喜びされた。


 なんか、上着を抱きしめて、「ますます動悸が治まりません」と呟く夕霧を見ていると、「危ない女子だなぁ」と思うより、感激する方が大きいんだから、俺もつくづく単純である。


 それはいいんだが、「もう少し落ち着くまで……休ませてください」と頼む夕霧と一緒に、ソファーで並んで座っていると、どうも怪しい気持ちになってくるのが困る。

 なにしろ、くっついて座っているのは、呼吸の荒い上気した頬をした、年頃の女の子だしな。本当は子供だろうと、見た目はスタイル抜群の同級生だし。


 ただ、少し落ち着くと、夕霧はやはり気になっていたらしく、涼子の話を持ち出してきた。


「元はと言えば、わたしが借りた倉庫が原因です……わたしもお手伝いさせてください」

「あー、そのうち言われそうな気がしてた」


 俺はため息をついたが、考えてみれば一番危ないのは俺であって、夕霧や涼子ではない。二人揃って、俺が十人かかっても勝てない相手だからな。


 だから思い切って提案した。


「じゃあ、夕霧も時間の空いた時にでも、こそっと見張ってた奴を尾行するかい? 今のところ、れっきとした警察幹部も関わっているということしかわかってないけど」

「そもそも……見張るということは、わたしが狙いでしょうか?」

「最初はそう思ったけど、今は違うと思ってる」


 俺は首を振った。


「前に話したけど、俺が出会ったあの二人、普通の人間じゃないようだしな。夕霧と同じヴァンパイアの気がする。だから、夕霧が狙いというわけじゃなく、あの倉庫の血の匂いに誘われる奴を待っているのかも……」

「それは……仲間を増やすために?」


 俺は小さく頷いた。


「あるいは、連中の敵を探り出すために」


 予想に過ぎないけれど、付け加えておく。


「だとしたら、倉庫が空になってる今、もう見張りも撤収したかもな」


 願望に近いようなことを呟いた。

 ……もちろん、バラバラ殺人の件は忘れてないが、何事もなく済むのなら、それはそれで歓迎すべきことかもしれないのだ。


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