制服のボタンと古着の格差
「……どしたん?」
チャーハンと惣菜をいくつかテーブルに並べたついでに、訊いてやった。
いや、フリーズしたのかと。
「あ、いえっ」
息を吹き返したように動き出し、「ふ、古着のお話はどなたから伺ったんですかー。やはり、その人の妹さんでしょうか」と訊かれた。
「俺、夕霧に妹がいたって言ったこと、あったっけ?」
不思議に思って尋ねると、「い、いやですねぇ。前に聞いたから知ってるんじゃないですかーーっ」とやたら明るい声で言われた。
まあ……そうかもな。
あの中坊はインパクトあるから、なにかで話したんだろう。
そこで肩をすくめ「まあ、そんな感じかな」と曖昧に答えた。
「驚いたところをみると、おまえは古着の受け渡しとか、とんでもないと思う派か? まあ、それが普通かもしれないけど」
「いいえぇええええ、そうでもありませんよ」
なぜかコホンと咳払いするジェスチャー付きで、セアラは答えた。
「ほら、聞くところによると、中学とか高校の卒業式で、女子生徒が憧れの男子から制服のボタンもらうって話があるじゃないか? 私が経験あるわけじゃないですけど」
「お、おぉ……」
この手の話になると、途端に俺の勢いは激減する……経験ないもんな、そんなリア充イベント。
それでも、正直に白状するのが嫌なので、チャーハン食いつつ頷いた。
「ま、まあ……そういう話はあるだろうな、うん。つまりおまえ、古着を欲しがる夕霧の話が本当だとするなら、それと同じようなことだと? そう主張するわけだ」
「そう、そうなのです!」
いきなり大復活を遂げたセアラが、ガラスケースを叩きつつ、「そうなのですよっ」と連呼する。
「想いを寄せる殿方の持ち物が欲しい……それがその人の香りがほのかに残るものなら、なおよし。そう考えるのは、ごく自然なことじゃないでしょうかっ」
「お、おお……かもな」
たじたじとなったが、客観的に今のをまとめると、「匂い付きの古着欲しい」ってことで、姉のパンツを横流しする中坊妹と、似たようなアレになってしまうが。
……でも、相手が夕霧となると、不思議と嫌な気はしないな、うん。
なので俺は、ここは賛成しといた。
セアラに認めたからって、どこに広まるわけでもなし。
「そうだなあ、そういうのもアリかもしれないな。俺に今まで経験がなかっただけで」
「そうですとも!」
新大陸を発見したコロンブスもかくやというほど、大いなる希望に溢れた返事に聞こえた。
「というわけで、この際はぜひ、誠司さんから夕霧という人に申し出て、古着をざくざく提供しましょう! この際、多ければ多いほどいいと思うのですっ」
「馬鹿いえー、んなの嫌すぎる」
「えーーーーっ、なんでですかああっ」
「いや、妹の話じゃ、夕霧が持ちかけたらしいけど、あの中坊はイマイチ信じられん。だいたい今日だって、姉のパンツと俺の古着を交換しようとしたし」
いつもそこまで言わないのだが、なにせインパクト強かったので、そのまま話した。
すると、またそこでセアラが容器の中で固まり、口を半開きにしていたという……。
注意する前に、いつもの癖でスカートの中を覗いたりする。
薄いブルー? え、さっき夕霧が着替えた後で見ちまった下着と、なんか似てるな。高級そうな光るサテン地似の色合いとか、ステッチの形とかまで……まあ、偶然だろうけど。
それより、最近とっさに覗くことに、あまり抵抗なくなってきて、ヤバい。
俺はいたく反省して、座り直した。
で、まだ復活してなかったセアラだが、なぜか口元が動いているのでケースに近づくと、なにやら小声でブツブツ言ってた……気がする。
ごくごく小さい声で、「おのれっ」とか「許すまじ!」とか、そんな意味不明な単語を。
「おーい、大丈夫かー」
気になって声をかけると、はっとしたように動き、普通にしゃべってくれたが。
「な、なんでもありませーん」
……そこまで劇的に声音変えるなよ。
まあいいけど。
「とにかくさー、妹はおいて、せめて本人が本気で頼んでくれたら、また考えるよ」
俺は話題を打ち切るつもりでそう答えた。
さもなきゃ、古着なんか渡す気になれんし。




