魅惑の等価交換
「はいはい、無駄話は終わりっ」
俺が呆れた顔をしていたせいか、中坊は話はおしまいとばかりに手を叩いた。
「それで、返事は? ハーリーね!」
「やかましいっ」
だいたいなんで俺が、こいつの小遣い稼ぎに手を貸さねばならんのだ、くそっ。
見たところ、こいつより俺の方が、圧倒的にボンビーなのに。
「そもそもおまえ、わかってるのか? あのジーンズの人は、俺が最上階で見かけた人だぞ」
「え……それって、うちのガラス割った人? そこだけはちょっとおねいちゃんから聞いたけど」
そういや、バルコニーのサッシ、涼子が投げつけられて、盛大に割れてたな。
やっぱ夕霧は、詳しい話をこいつにしてないと見える。
「そう、その子。俺はその子の特殊能力に期待して、一時的に協力体制にあってな……別に夕霧のことを調べているわけじゃないけど」
歪んで伝わるとたまらんので、それだけは言っておいた。
「これを返事にしといてくれ」
「う~ん……わけわからないんだけど? うちに忍び込んだのが本当なら、なんでそんな人と協力してんのよ」
「忍び込んだのは、夕霧を敵と勘違いしたからだよ! でも、もうその誤解は解けた。俺から話せることは以上っ」
夕霧も多分、ある程度は予想しているだろうから、これで伝わるだろう。
謎のバラバラ殺人のことは、もう俺が教えたしな。
「ちゅーわけで、解散」
勝手にお開きにしたら、「待って待って!」と慌てて止められた。
「まだなにか?」
渋々座り直すと、こいつにしては珍しく、言いにくそうに口を開いた。
「あのさー、これはまだ水原君への伝言とか頼まれてないけど、あんた、古着提供する気ない?」
「……は? 古着?」
「ここだけの話、おねいちゃんに『上着などを頂ける、よい方法はないか、考えておいてね』とか頼まれてるわけ。この際、水原君が素直に提供してくれたら、あたしとしては助かるわけだけど。あたしからおねいちゃんに渡しといてあげる」
わくわく顔で言われたが……確かに夕霧から古着がどうのの話は聞いた覚えがあるような。
「しかし……古着なんかどうするんだよ?」
「……知らないけど、部屋に飾っておきたいみたいよ」
俺はかなり疑わしい目つきで妹を見た。
「うそつけー」
「本当だってば! 嘘だと思うなら、気にしないでちょうだいよっ」
「いや、どうせ安物だしそりゃ――」
言いかけ、俺はそこで気付く。
「おまえ、さては俺から古着受け取って、姉に売りつけたようとしてない?」
「そ、そんなわけないじゃんっ」
激しく否定したが、この慌てようを見れば、真実は明らかだった。
「おまえは、ブルセラショップの出張店員か、こらっ」
しかも、元は俺の服だしっ。
自分で言うのもなんだが、なんの値打ちもないだろうに。
「それなら、おねいちゃんの下着と交換とかどうっ!? 大サービスで、等価交換ってことにしてあげる。かなりお得な取引でしょ!?」
「――勝手に姉の下着を取引材料にするなよっ」
「いま、ちょっと迷ってたじゃん!」
「ま、迷ってないわーっ」
痛いところをつかれたが、ギリギリで誘惑を撥ね除けた。
「話はおしまい!」
俺は憤然として、今度こそ席を立った。
帰り際にだいぶぶつくさ言われたが、俺は相手にしなかった。
どうせ信じてないが、本当に欲しいなら、夕霧が自分で言ってくるさ。
ようやくアパートに戻り、俺は簡単な食事の用意をすべく、セアラをログオンにした。まあ、ちょっとした準備の間、キッチンに置いて話し相手になってもらうわけだ。
例によってチャーハンと惣菜の準備をしつつ、俺はセアラにせがまれるままに、今日の出来事を話してやる。
なぜかセアラが興味ありそうなので、主に夕霧の話になるけどな。
当然、「実はヴァンパイアだった!」なんて、相手がAIでも言わないが。
セアラが詳しく知りたがるので、「流れ的に、デートをすることになってなあ」と教えてやった。
「デート! いいですね、デートっ。これはきっと、その人は誠司さんにラブラブなんですよ、絶対。この際、押しの一手ですっ。どうも相手は積極的にアプローチするのが苦手なようですから、誠司さんの方からどんどん迫りましょう。きっと上手くいきます、もう絶対!」
……なんで夕霧の話題だと、こいつはこんなに勢いあるのか。
まあ、いいけど。
「それは置いてさー」
「いや、置かないでくださいっ。これから夜を徹して、デートの話を煮詰めましょうよ!?」
「それよりさー」
俺はあえて、勢い良すぎるAIを無視した。
セアラとデートのこと決めてもしょうがないし。
「おまえ、女の子がデート相手の古着ほしがるなんて、本当にあると思う?」
「……え゛」
なぜかセアラは、AIとは思えない声を出して固まった。




