本当に見張りがいた
危ないことと言われてちょっと緊張したが、途中まで涼子は普通に歩いていた。
当然、彼女を案内する俺も普通に歩いてたし、「尾行されてる」と言われて、さりげなく後ろを何度か見たけど、得に夕霧は見なかった。
ただ、涼子の嗅覚を俺は疑っていない。
なのに本人の影すら見えないとなると、夕霧は忍者顔負けの素質があるってことだろう。
「それはいいけど、俺達今、最寄りの地下鉄と逆方向に歩いてるんだぜ? これも、撒くための工夫か?」
元が涼子の指示なので、そっと尋ねたが、彼女は当然のように頷いた。
「そのままだと、どこへ向かうか悟られるかもでしょ? もうすぐ仕掛けるから安心して」
「お、おう」
間髪入れず、小声で指示された。
「次の信号を渡った瞬間、道路向こうのショーウィンドウを横目で見て……ただし、そっと」
ショーウィンドウって、あの国産車の代理店か?
俺は小さく頷き、言われた通りに歩道の信号を渡った時、横目だけでそっちを見た。
「――っ!」
声が出そうになった。
いや、本当に夕霧を見たぞっ。
ほんの一瞬、ショーウィンドウに写っただけで、すぐに路地の方へ消えたけど。
言われなきゃ、気のせいだと思っただろう。
「いざ証拠見ると、たまげたなあ」
「いやー、誠司君、やたらと好かれてるわねぇ」
「えーーーっ」
他の理由じゃないのか、尾行はー。
そう切り返そうとした時、ふいに涼子が動いた。
「ごめんっ。しばらく我慢して!」
早口で言うのと、俺を抱き上げて疾走するのが同時である。
しかも、飛び出したのは、なんと信号が変わって間がない、国道だ。しかも、素人目に見ても、「これは死んだっ」と思うような勢いで、車がガンガン走ってるのだ。
「ば、馬鹿っ。信号見ろ、信号――わあっ」
言ってるそばからトラックの運ちゃんの、恐怖に歪んだ顔を見てしまった。一瞬、ばっちり視線まで合ったほどだ。
もう絶対に間に合わないタイミングであり、ブレーキの音すらしなかった。
しかし……どうも俺が思う以上に、涼子は凄まじい反射神経だったらしい。
驚くべきことに、鼻歌など歌いつつ、四車線の国道を風のように駆け抜けてしまった。どう工夫しても無理だと思ったのに。
しかも、俺があっけにとられている間にそのまま横道に飛び込み、俺ですらよく知らん道を路地から路地へと駆け抜け、気がついた時には、地下鉄の入り口に飛び込んでいた。
「はい、ご苦労さま」
ようやく降ろしてもらえた。
「大した差じゃないけど、意表をついたお陰で、少しだけ引き離したかな。地下に入ったから、もう大丈夫でしょう」
「そ、そうか」
足がガクガクするのを堪えて振り向くと、二人ほどぽかんと口を開けて、階段の途中から俺達を見ていた。多分、風が吹いたと思ったら、いきなり俺達が前に登場した感じか。
俺は知らん顔して前へ向き直り、そのまま涼子とホームへ急いだ。
言い訳のしようもないしな。
涼子に苦情を言いたかったが、まあ夕霧ほどの女の子を引き離すなら……やむなしなのか。
結局、一つ手前の東池袋で地下鉄を降り、そこからは歩いて現場へ向かった。
今更だが問題のレンタル倉庫は、バラバラ事件があった池袋駅近くの公園にも近い。
今になって緊張してきたが、ここまで来たら引き返すわけにもいかない。
俺は無言で涼子を案内し、問題のレンタル倉庫の近所まで来た。
あと信号一つ向こうの角にあるのが、その倉庫が並ぶ場所だ。
「……あー、なるほど。うんうん、もうわかった」
「ま、マジ?」
まだ、百メートルちょいくらいの距離があるんだけど。
「ホントホント……だって、多分、中身が大量だものね。そりゃあたしの嗅覚なら一発だわ。同じように、こういうのを警戒する敵がいて、それで見つかったんでしょう、うんうん」
「……で、ものはなに?」
緊張してギチギチに固まる俺を見て、涼子は小さく笑った。
「あたしとしては予想通りだけど、誠司君も予想はしてたかも。中身はねぇ――」
言いかけてふっと押し黙ったので、俺は地団駄踏む思いだった。
「おいこら、そこで黙るなよっ。ここまで来たんだから、もう言えって」
「しっ」
涼子が俺の腕を採り、そのまま近くの映画館の影に隠れた。
「な、なんだ?」
「なんだじゃないわよ、当初の目的、忘れたの?」
涼子がわざとらしく低い声で言う。
「誠司君が予想してた見張り、本当にいたわ!」
「……うっ」
それは確かに冗談ごとじゃないが、今は中身の方が気になるぞっ。




