尾行は、まだバレたことありません
学校に着く段になって思い出したが、なぜかセアラは、早めに俺を起こしたらしい。
到着しても、一人しか生徒がいなかったので、ようやく気付いた。
おまけに、早めに登校していたその一人が、氷像美女こと、夕霧碧である。
人形じみた美貌とヴァンパイアもびっくりの色白美人だが、背筋がびしっと伸びたその姿を見ていると、とても同じ人間だとは思えない。
神様が作ったとしても、俺の工程の四倍くらいは時間かかってる気がする。
しかも、席は俺の後ろ!
こんなガラガラのクラス内で、二人だけ前後に並んで座る?
なんの苦行だよと思った俺は、そのまま教室を出て、どこかへ逃げようかと思った――が。
なぜか今日に限って、問題の夕霧が立ち上がった。
しかも、こっち見たっ。
まともに視線が合ったのは初めてかもしれない。
女子の夏服は、ブレザー抜きだけじゃなくて、まだコルセットみたいな謎の飾りがある。お陰でウエストの細さが際立ち、これまたとても同じ人間とは思えなかった。
「……あの」
なぜか俺をじいいいいっと見るので、やむなく俺は声に出した。
いつも遅刻の寸前の奴が急に入ってきて、向こうは驚いたのかもしれないしな。
「おはよう……いや、俺はいつもは遅いけど」
少しだけ、花びらみたいな口を開けてくれたけど、声は聞こえなかった。
スルーじゃないけど、あまり話したくないのかもしれない。見惚れるほど綺麗な切れ長の目が、おれをやたらと睨むし。
「あ~……急にごめんな」
慌てて謝り、俺はその場で回れ右をする。
「あのっ」
小さくそう聞こえた気がするので、もう一度振り返った。
「なにか?」
夕霧はまた唇を開いたけど、真っ白な歯しか見えなかった。
きょうび、アイドルでもこんな白い歯は見ないが。
辛抱強く待っていると、やっと「今朝は……早いのね」と言われた。
「え? あ、ああ……うん、ちょっとね」
なにか責められてるような気がして、俺は慌てて教室を出た。
やっぱ、俺みたいな奴がたまに早めに登校すると、いいことないな……。
「とにかく、朝の挨拶から始めようね計画」を妹の美樹に提案され、セアラの力も借りて状況をセッティングしたのに、この有様である。
既にあの人は出ていってしまい、碧は一人で教室に残された。
……でも、ちょっとだけ会話できて、実は少し嬉しい。
そこで、スマホが振動した。
「もしもし?」
うっとりしたまま碧が出ると、『あたしだけど、上手くいった?』と挨拶計画の立案者の声がした。つまり、妹である。
なぜか小さい頃から、お姉ちゃんではなく「おねいちゃん」と呼ぶのが気になるが。
「……ちょっとだけ……会話できたの?」
『それはすごいわっ。おねいちゃんにしてはすごいっ。で、どんな会話』
まだ意識が会話シーンに飛んでいた碧は、請われるまま素直に教えてやった――のだが。
途端に、妹の声が険しくなった。
『なにそれっ』
「え?」
『えっ、じゃないわよっ。挨拶はどうしたの、挨拶は!』
「だから、早いのねって」
『それは挨拶じゃなくて、責めてるみたいでしょうがあっ』
「ええっ!?」
自分では、やっと会話できたと思っているのに。
『おねいちゃんは、好きな人の後を尾行したり、こっそり写真撮ったり、おまけにとんでもない手段でコンタクト取ってるくせに、自分自身では挨拶もできないのかー、このストーカー女っ』
なにげにひどいことを言われた。
「せ、誠司さんには、バレたことないものっ」
思わず言い返したものの、『なにが誠司さんじゃー』と言われ、スマホを切られた。