見張りに目をつける
ヤバそうな連中に目を付けられた件については、夕霧が「わたし独自のやり方で防げます」とのことで、このアパートの俺の部屋のみに、防御フィールドを張ってくれた――らしい。
らしいというのは、俺がそばで見ていても、「あぁ、なんか手を舞わせて呪文? みたいなのを唱えているなぁ」くらいしかわからなかったので。
二分くらいの処置だったが、終わった後は「これでもう、この部屋に入ろうとする誠司さん以外の者には即、効果が発動しますし、不審者が入れば、間髪入れずにわたしにわかります」ととびきりの笑顔で言われた。
俺は曖昧に頷いたが、でも効果のほどは疑っていない。
夕霧が遅くに帰宅した後も、セアラにそう明言したほどだ。
いや……なぜかセアラが、寝る前に毛布の下から出してやった途端、「長時間、なにをしてたんです?」と訊くので。
「クラスメイトが俺を心配して、訪問してくれた。いや、俺はむしろ、向こうを心配してたんだけど」
簡単な説明と共に、「防御フィールド的なものを張ってくれたらしいが……それって、洋風な言い方だし、魔法の部類だよなぁ。いや、俺は信用してるけどね」となにげなく言ったわけである。
「す、鋭いですね……誠司さん」
「なにが?」
「いえ、防御フィールドは洋風の思想で、魔法の類いだと今」
「ああ、それね。そりゃ和風とか中華風だと、結界とかいう言い方だろうなと。でも、どうせ俺には理解できないから、いいんだけど」
「でも、信用はしていると? 本当に?」
AIのくせに探るような言い方されたが、俺はしっかり「そうとも」と言ってやった。
「あの子は、そういうことで嘘は言わないと思う」
何気なく答えた後、「それよりおまえ、夕霧が来る前に『冗談じゃないですよっ』とか怒ってたけど、アレは何に腹立ててたんだ?」と尋ねた。
……返事がないので、ベッド横にサイドテーブルを見ると、ケースの中でセアラは固まっていた。
もうこうなると男のサガで、条件反射的にスカートを覗いてしまうわけだが、今日はピンク色だった……こいつ、記憶にある限り、律儀に毎日違う色のパンティー穿いてる気がするが、俺が覗くのも計算のうちかこら。
問い詰めたいところだが、それすると、俺が覗いてるのもバレバレだしな。
AIといえどもちょっと嫌だ。
「おーい、またメンテか?」
代わりにまた呼ぶと、今度は返事があった。
「い、いえっ、違います。ちょっと今、誠司さんのお言葉に感激していたので」
「感激? どの部分に?」
「ま、まあいいじゃないですか。それより、なんの質問でしたっけ?」
「あー……もういい」
どうせ見えないが、俺は肩をすくめた。
ていうか、AIのくせに質問忘れるか、普通……まあこれも人間らしさ表現かもしれんが。
「大した質問じゃないし。それより、夕霧の残り香がして、落ち着かないな……寝るか」
「待って待って!」
セアラをログオフしようとしたが、本人がケースを叩くゼスチャーと共に、激しく止めた。
「な、なんだよ?」
「今の言い方だと、その方の香りは好きじゃないということですか?」
「いや、そんなことない。そばにいる気がして、照れくさい気分になるだけだよ。……切るぞ?」
今度は反論されなかったので、俺はセアラをログオフした。
翌朝は土曜日であり、学校も休みなので、俺はふと思い立って、教えてもらったばかりの涼子のアドレスにメールした。
電話番号も聞いてるが、いきなり女性に電話するのもな。
まだ朝なのに返信もすぐにきて、待ち合わせを了承されたので、そのままアパートを出てしまう。起きて間がないので、セアラもログオフしたままだった。
そういや、防御フィールドは信用してるけど、俺が自分から家を出る分には、どうしようもないよな。
昨日も来た児童公園に行くと、もう涼子は先に来てベンチに座っていた。
相変わらず、すらっとした両足を見せつけるようなぴっちりジーンズで、穿くだけで時間かかりそうに見える。
「ハァイ!」
ニコニコと手を振られ、俺は引きつった笑顔で「わ、悪いな呼び出して」と答え、ベンチの横に座る。
「なんのなんの……協調してことに当たることを約束しましたからね。それで、なにか変化あった?」
「変化というか、実は夜になって夕霧が来てな」
昨晩の顛末を、当たり障りのない部分のみ、教えてやった。
もちろん、例の謎の敵らしき二人組の話もしたが――。
涼子はその部分のみ少し眉をひそめたものの、夕霧訪問については、別に驚きはしなかった。
「ふぅん? どおりであの子の香りがしまくりよね」
しまいには、くすくす笑う涼子である。
「まあ、いいことじゃない。隠し事が一つ減って」
「そうなんだが……夕霧は涼子も知る通り、見た目よりタフなわけで……自分の安全はあんまり考慮してない感じなんだな……俺の安全は気にしてたけど。そこで、俺としては独自に」
言いかけた途端、涼子が止めた。
なぜか足下の小石を拾い上げ、素早いモーションでそれを投げた。しかも、投げられた石が、風切り音立ててすっ飛んでいくほどのスピードで。
「おい、なんの――うわっ」
なんと、また風切り音がしたかと思うと、同じ方向から石が飛んできた!
ニヤついた顔の涼子が、戻ってきた石を軽く片手で受け止める。びしっと結構な音がしたので、当たったら胸に痣くらいできたかもしれない。
「まさか、誰かが投げ返した?」
「そ。夕霧さんがね。さすがに反応いいね」
「は?」
「まあ、いいから」
涼子は首を振り、「それで、水原君はどうしたいの? なにか意見があって呼んだんでしょう?」と直球で訊いてきた。
むしろ、話が早くて助かったかもしれない。
「いろいろ考えたけど、やっぱりあの二人組のことが気になる。他にも仲間がいるみたいだし。なのでこの際、俺は例の倉庫をもう一度訪問しようと思う」
「それは……なんのために?」
「夕霧のレンタル倉庫は、遠目に見張っている奴がいたみたいなんだよ、今もいるかどうかは不明だけど。俺が見つけたいのは、その見張りだ」




